048 別れの儀式です。
部屋の中は、静かだ。
しかし必ずゾンビはいる。それも六体。
その中には、真白もいる。
「入るよ」
結城を先頭に、俺達は部屋に突入した。
すぐさま中にいたゾンビ達が襲い掛かってくる。
結城とスライムが足止めしている間に、俺は一番奥いた安藤の元に躍り出た。
「……安藤、お前にプレゼントしたその本。返してもらうぞ」
アイ・ラヴ・熟女Tシャツの下に、くっきりと形をつくる熟女本。
その本が今回のゾンビ事件の元凶だ。
「……コレハ、ダレニモ、ワタサナイ」
ゾンビ化した安藤が意味のある言葉を発した。
他のゾンビとは違い、多少意識が残っているようだ。
魔導書の近くにいたからか、安藤の体は一回り大きくなっている気がした。
明らかに力が増している様子だ。
分かりやすく言えば、ボスゾンビと言ったところだろう。
「おーけー、なら力ずくで奪うまでだ」
「……ウガアア」
そして俺と安藤との殴り合いが始まった。
ゾンビは基本的に引っかき攻撃なのだが、安藤は拳で攻撃してくる。
なんとか安藤の攻撃を往なしながら、チャンスをうかがう。
防戦一方で殴られた腕が、じんじんと痛む。
「……ぐっ」
重たい一発を食らい、俺の体がグラリと揺れる。
安藤は好機と見たのか、トドメの一撃を放つ。
――ここだっ!
俺は大振りの一撃に合わせる形で、左のカウンターを放つ。
安藤の顎にクリーンヒットし、安藤は崩れ落ちた。
……小虎、ありがとう。
心の中で御礼を言う。
俺の左手には、しっかりと小虎のパンツが握られていた。
小虎にはいつも重要な場面で助けられている。まさにラッキーアイテム。
倒れた安藤から、腹に抱えていた本を奪い取る。
本の表紙には〝
俺が安藤のために買ったシリーズものの熟女本だ。
死者の書ネクロノミコンとなった本は、禍々しいオーラを放っている。
……これを破壊すれば、すべてが終わる。
俺は本を両手に持ち、引き裂こうと力を入れる。
しかし、俺の力で本を引き裂くことは出来なかった。
本気を出せば、やぶけないこともないが、俺が良いところを持っていくのは悪いと思い結城にゆずることにした。
「結城! やってくれ」
俺はポイッと結城の方に向かって本を投げる。
結城は、一瞬のうちに光の剣を振るう。
空中で切られた魔導書はバラバラになり、地面にバサリと落ちる。
そして中からウィスプがふわりと、浮かびあがる。
結城がウィスプを切り裂くと、空気に溶けるように消えていった。
ゾンビ化していた人間の体から、
これでゾンビ化した人間は、すべて元に戻る。
ウィスプを切り裂くと、人間は魔物に関する記憶を失う。
藩出と大仲は、なぜ自分達がボロボロの服装で男子部屋にいるのか、不思議がっていた。
諏訪も人間の体に戻り、役目を終えたオーブとウィスプの両方が、自然と体から抜け出て、空気に溶けていった。
今、すべてが終わった。
この大規模なゾンビ事件を覚えている者は、俺と結城しかいない。
そして、あの狼人遊戯のことは、もう俺しか覚えていない。
諏訪は記憶を失い、そもそもこの世界では神狼を呼び出してすらいない。
俺は祭りの後のような寂しさを感じていた。
女子達が部屋を出て行き、結城だけが部屋に残った。
「ねえ、そういえば。どうして
人間に戻った真白を見下ろしながら、結城は質問をする。
ゾンビ化していたら、男も女も分からない。
しかし人間に戻った今の真白は、はっきりと女だと分かる。
「ゾンビ化して、紛れ込んだんじゃないか?」
まさか夜中に俺の布団に侵入してきたとはいえない。
「この部屋、ずっと閉まってて、私達が入ってくるまで、出入りなかったよね?」
「俺が部屋から逃げ出したときに、入れ違いになったのかも?」
「……そうなんだ。まあ、いいけど。
私は行くね。桜璃のことよろしく」
そう言って結城は部屋を後にした。
少しして目を覚ました真白を女子部屋エリアの境界線まで送った。
その際、廊下で寝ている複数の生徒達を見て、真白は目を丸くしていた。
俺は知らないフリでお茶を濁しつつ、そそくさと自分の部屋に戻って寝た。
翌朝、施設内は大騒ぎだった。
大勢の人間が、部屋以外のへんな場所で寝ているという異常事態。
食事に幻覚作用を引き起こす何かが入っていたのではないかと、先生達が大騒ぎ。
風邪を引いた人や、寝違えた人が多数発生。
二日目の予定はすべてキャンセルになり、自由時間になった。
そんな中、俺は小虎を探して、施設内を歩き回っていた。
女子部屋エリアには立ち入れないため、共同スペースや食堂で時間を潰す。
すると、食堂でジュースを買いに来た小虎達に出会った。
「よう、小虎。ちょっと良いか?」
「え、なに? 上野くん? 何か用?」
小虎は俺に話しかけられ、
ゾンビ化事件が解決されたため、小虎には昨日の夜の記憶はない。
俺が告白して、恋人になったこともすべて忘れている。
「あれー、私達お邪魔っぽいし先にいくね。ごゆっくり~」
小虎と一緒にいた二人の女子達が気を利かせて二人きりにしてくれた。
内心で御礼をしつつ、小虎に話しかける。
「昨日の夜は大変だったみたいだな。大丈夫だったか?」
「ああ、毒キノコでも入ってたのかな。
私も目が覚めたら、部屋の外にいて、ビックリした。上野くんは?」
小虎は自分の下半身を覗き込み、下を穿いているか確認するような仕草をした。
「俺はちゃんと布団で寝た。同じ部屋の奴も大丈夫だったよ」
「そう、運が良かったね。そういえば昨日は変な夢を見た気がする」
「変な夢? どんな?」
「何か怖いものに追いかけられて、上野くんと一緒に逃げた夢。
なんで上野くんだったのかな? 不思議だね」
小虎は魔物に関することを忘れている。
だが完全に忘れたわけではなく、俺と一緒にいたことは、うっすらと覚えている。
それを夢だと思い込んでいるだけで、記憶は確かにある。
小虎が昨日のことを覚えているのは、嬉しくもあり、寂しくもある。
完全に忘れているなら、俺はすぐにこの場を去っただろう。
しかし、少しでも覚えているならば、俺にはやるべきことがある。
「俺も小虎の夢を見たよ」
「……そ、そうなんだ。偶然だね、ははは」
「それで、呼び止めた理由なんだが、小虎に渡したいモノがある」
「渡したいもの?」
「これだ。これがあったから俺は頑張れた。
ピンチを救われたこともある。ありがとう」
俺は折りたたまれた小虎のパンツを見せる。
小虎はパンツを手にとり広げる。
それが自分のだと分かると、顔を真っ赤にさせ、頬を引きつらせていた。
「ど、どうして、上野くんがこれを持ってるの?」
「ああ、それは、ええと。
寝ぼけたお前が階段から落ちそうなのを助けたときに、指に引っ掛けて脱げて、それでそのまま?」
「……そう、助けてくれたんだ。ってなるか! バカ! 変態!」
「――うぎゃ!」
小虎のビンタが俺の頬を直撃する。
「私が気を失ってるときに、脱がせたんでしょ? 最低! 死ね!
もう最悪、ありえない。ちょっと期待した私がバカみたい」
小虎は怒りをあらわに、食堂を後にした。
すると、物陰から結城がひょこりと顔を出す。
「上野って、もしかしてM?」
「いや、俺はノーマルだ」
「私から、返してあげても良かったのに。どうして?」
小虎のパンツを結城から返してもらえば、ビンタをされることはなかった。
穏便に事は済んだだろう。
だが俺は自分の手であえて返した。
落下しそうな小虎を助けようとして、結果的にパンツを脱がせたのは事実。
しかし、いくら事実でも直接、見ていなければ誰も信じない突飛な話。
俺は小虎が絶対に信じないと分かったうえで、その事実を話した。
「小虎は覚えてないけど、俺は小虎に告白したことを覚えてる。
そのままにして、もやもやした気持ちだと落ち着かない。
踏ん切りをつけるためにも、別れの儀式をしたかった。
そういうことだ」
「小虎さんのためではなく、自分のためだって言い張るのね」
「…………」
結城には俺の考えが見透かされているようだ。
認めるのは悔しいので、肯定も否定もしない。
「まあ良いわ。
おに、上野が変態だって、小虎さんが言い振らさないよう私がフォローしておく」
「ありがとう、助かる」
「ゾンビ化事件。上野も頑張ってくれたし、それくらいはしないとね」
こうして山奥の校外学習で発生したゾンビ化事件は幕を閉じた。
■あとがき
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回で最終話となります。
本当は続きを書こうと思っていました。
しかし、皆様からあまり良い評価をいただけませんでした。
それならば、続きを書くよりも書き直した方が良いという結論になりました。
このお話はこれで最後ですが、別の形で生まれ変われたら良いなと思っています。
よろしければ、作者の別作品もチェックしてみてください。
そしてブックマーク・評価等してくださった方、ありがとうございました。
どうも勇者と魔王の兄です。~クラスメイトの女子二人が勇者と魔王の生まれ変わりで、俺を好きすぎる~ やなぎもち @yanagimothi
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