047 決死のダイブです。


 ――バンバンバン!


 扉を大勢のゾンビが叩いている。

 このまま扉を開けば、ゾンビ達が部屋になだれ込んでくる。


「廊下が無理なら、どうするの?」


「……あの、いいですか?

 ゾンビ達を後ろの扉におびき寄せて、その間に前の扉から出る、というのはどうでしょうか?」


 行き詰ったところで、藩出が作戦を提案した。

 この会議室は、前後に扉がある。

 ゾンビ達を後ろに引き付けて、前側の数を減らして廊下に出る、という作戦らしい。


 非常に現実味のある作戦だ。

 俺としては、窓から飛び降りても全然構わないのだが、藩出が考えてくれた作戦を無下むげにするのも良くない。


「良い作戦だ。だがそれだとゾンビの数を十分には減らせない。

 だから、後ろの扉を開けて、ゾンビを部屋に引き込み。

 ある程度、廊下のゾンビが減ったところで、前の扉から安藤のいる部屋に向かう。

 それでどうだ?」


「良いんじゃない?」


 結城が作戦に同意する。他の面々も頷く。


「よし、決まりだ。俺が扉を開けるから、みんなは準備してくれ」


 俺は後ろの扉に近づく。

 残りの面々は、部屋の中ごろまで下がり、ゾンビに備える。

 結城は光の剣を構え、他は椅子を鈍器にして戦うつもりのようだ。


 そして俺には、何も武器は無い。

 いや、小虎のパンツと未使用のオーブを持っていた。

 俺はオーブをパンツでくるみ、左手に握り締めた。


 ……俺の武器は、小虎の想いだ!


 覚悟を決め、結城達に視線で最終確認をする。

 結城達は、無言で頷く。準備OKだ。

 俺は解錠して、扉を少しだけ開く。

 ゾンビ一体がギリギリ通れるスペースを維持することで、ゾンビ達がなだれ込んでこないように調整する。

 そうすれば、結城達の対処が楽になる。


 一体のゾンビが部屋に入り、結城に飛び掛る。

 それを難なく結城は、光の剣で切り伏せた。

 一対一ならば、結城がゾンビに負けることはない。


 心太式ところてんしきにゾンビが部屋に押し入ってくる。

 それを一体、二体と結城が切り伏せる。

 かなり作戦は順調に進んでいた。

 俺は安心感から、一瞬だけ扉を押さえる力を弱めてしまう。

 すると、四体のゾンビが一気に、ドドドッと部屋に入ってきてしまう。


 たとえ結城でも四体を同時に相手にするのは難しい。

 一瞬、まずいと思ったが、結城以外のメンバーが椅子でゾンビをぶん殴って、上手く足止めをしていた。

 その間に、結城が一体ずつ処理をして、上手くゾンビをなした。


 十体以上のゾンビを倒し、そろそろ頃合かと思い始める。

 あまり時間を掛けると、最初に倒したゾンビが復活してしまう。

 タイミングを計っていると、一体のゾンビが結城の方には向かわず、扉のすぐ横にいる俺に襲い掛かってきた。


 俺は飛び退いて、ゾンビの振りかぶり攻撃を避ける。

 ゾンビの爪が、俺の乳首をかすった。


「ふぅ、あぶねえ。――うりゃ!」


 俺はゾンビのあごを狙って、拳を放った。

 顎を殴ることで、脳を素早く揺らし脳震盪のうしんとうを発生させる。

 見事に拳が顎にヒットして、ゾンビはその場に倒れた。


 俺はゾンビを倒せた喜びを感じていた。

 しかし、それも束の間。

 扉の開き具合を調節していた俺が、持ち場を離れたため、扉は全開放。

 一気に、ゾンビ達が部屋になだれ込んでくる。

 こうなってしまっては、乱戦必至らんせんひっし


「みんな部屋を出るぞ!」


 俺はみんなに指示を出し、先行して前の扉に向かう。

 扉の外にゾンビがいないことを確認して扉を開く。

 作戦が上手く行き、後ろの扉にゾンビ達を誘導できたようだ。

 それでも完全にゾンビ達を排除できたわけではない。

 廊下のところどころに、ゾンビ達が徘徊している。

 女子達がゾンビを振り払いながら、扉に殺到する。


「結城、お前が先行するんだ」


 全員が部屋を出て廊下を進む。

 女子達は椅子を武器にしていたが、それを持ったまま移動は出来ないため、部屋を出るときに投げ捨てた。

 そのため、結城以外はほぼ丸腰だ。

 俺達は、結城を先頭に二階の廊下を順調に進んだ。

 だが、階段前で足がぱたりと止まる。


「……これは」


 ゾンビ達が這いつくばった状態で、階段全体を埋め尽くしていた。

 これでは階段を使えない。

 目的地である安藤のいる部屋は一階。

 どうにかして一階に下りる必要がある。


「おに、上野、どうするの?」

「…………」


 階段を上がりきりそうなゾンビの頭を蹴っ飛ばしながら、俺は考える。

 階段を使わずに、飛び降りれば一階にはいける。

 しかし、誰かが着地の際に足を挫く可能性がある。

 足を挫いた人間をフォローしながら、安藤の場所にいくのは難しい。

 かといって、置き去りにすることもできない。

 飛び降りた場所にクッションか何かがあれば、良いのだが……。

 そう思って、視線を彷徨わせると、手すりの奥の空中に光が揺らめいているのを見つける。


「……あれは?」

「あれはウィスプね」


 結城が忌々いまいましげに呟く。

 オーブは青みかがった光で、ウィスプは赤みがかった光をしている。

 二つは別物だ。

 オーブは奇跡を起こし、ウィスプは人を魔物に変える。

 俺はそこで一つのアイデアを思いついた。


「ウィスプを使えば、いけるかもしれない」

「どういうこと?」


「あれを諏訪に入れて、魔物化させる。

 諏訪をスライム化させて、クッションにすれば、ここから飛び降りられる」


「本気なの?」

「ああ、本気だ。時間も無いし、他に良い案もない」


「分かった。でもあのウィスプは空中にあるけど、どうするの?

 ここからじゃ手は届かないけど」

 

「空中でキャッチして、空中で諏訪に入れる」

「もし失敗したら、大怪我するわよ?」

「覚悟の上だ」

「そう」


 結城は短く呟いて、俺の作戦に納得した。


「諏訪、そういうわけだ。

 俺と一緒にここから飛び降りてくれるか?」


「うん、いいよん」


 諏訪は二つ返事で了承してくれた。


「それじゃあ、俺と諏訪が先に飛び降りて、クッションを作る。

 クッションが出来たら、後からみんなも飛んでくれ」


 作戦の概要を伝えて、俺と諏訪は手すりの上に立つ。

 俺の足は、自分の足ではないぐらいにガクガクと震えた。

 マグニチュード8の大地震が俺だけを襲う。

 必至に震えを止めようとするが、さらに震えは大きくなる。

 このままでは、ウィスプめがけてジャンプが出来ない。

 それどころか、手すりの上に立っていることもままならない。


「上野ちゃん、大丈夫だよ。今度は一人じゃない。

 あたしも一緒だから」


 諏訪がぎゅっと俺の手を握り締める。

 その瞬間、嘘のように足の震えが止まった。


「ああ、そうだな。

 よし、せーので。出来る限り遠くまで飛ぶ。準備はいいか?」


「うん」

「いくぞ……せーのッ!」


 俺と諏訪は息を合わせて、空中に飛び出す。

 空中を漂うウィスプに、俺は右手を伸ばした。

 しかし、ほんのちょっとだけ、指が届かない。

 このままウィスプを取れなかったら、俺と諏訪は地面に叩きつけられる。


 ……なにか距離を伸ばすモノがあれば!


 俺は小虎のパンツを握っていたことを思い出し、すぐさま左手を伸ばした。

 手を開いた際にオーブが零れ落ちる。

 その瞬間、空中のウィスプがオーブに引き寄せられたように少しだけ近づた。

 俺はウィスプにパンツを引っ掛けて、自分の元に引き寄せた。

 そのまま流れるように俺は諏訪の胸を鷲掴わしづかみにする。

 いや違う。諏訪の体にウィスプを入れた。

 そして俺と諏訪は、そのまま抱き合うように落下した。


 ――バシャアアアアンッ!!


 ギリギリで諏訪がスライムに変化し、落下の衝撃を和らげてくれた。

 といっても、プールに腹から飛び込んだぐらいの衝撃を受けた。


「……うっ」


 俺は一瞬だけ息を詰まらせた。

 その後、俺の体は諏訪の体に、ズブズブと沈み込んでいく。

 スライムの中は人肌の温かさで、とても気持ちが良い。

 パンツ一丁で肌寒さを感じていた俺にとっては、まさに天国。

 あまりの気持ちよさに、意識を失いかけたところで、俺はスライムの体から、ペッと吐き出されて床に転がった。

 どうやら諏訪に人間としての意識が残っているようだ。


 諏訪は次の人を受け止める準備を始める。

 ぷくぅーっとスライムの体が膨張し、クッション性能を上げる。

 上に残った三人が、スライムめがけて飛び込む。

 俺の時とは違って、三人はそれほど強い衝撃を受けずに着地をさせた。


「上手くいったな。諏訪、意識はどうだ?」


 俺は青い塊に話しかける。

 スライムにはもう人間としての原型はない。


「ぼーっとするけど、意識はあるよ」


 青い塊は、俺の質問に答えた。

 今回は魔物化しても意識があるようで、襲ってこないようだ。

 襲ってこないなら、倒す必要もない。


「なら、このまま行こう」


 結城の剣でスライム化を戻してもいいのだが、その場合、諏訪は気を失う。

 諏訪を抱えたまま移動するのは難しいので、スライムのまま付いてきてもらうことにする。

 階段付近のゾンビが俺達に気付き、近寄ってくる。

 それを無視して、安藤のいる男子部屋に向かった。

 廊下を徘徊していたはぐれゾンビを軽々と片付けて、目的地の部屋の前まで来た。

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