046 魔導書です。


 光が収まると、俺達は会議室に戻っていた。

 円形に五つ並べた椅子にちょこんと座っている。

 だが、そのうちの二つが空席になっていた。

 それは結城と藩出が座っていた椅子だ。

 二人は、負けた陣営だったので、神狼の生贄になった。


 ここにいるのは俺、諏訪、大仲。そして神狼だ。

 諏訪と大仲も空席を見つめて、呆然としている。


「約束通り、ゾンビの元凶を教えてくれよ」


 俺はさっそく本題にはいる。

 狼人遊戯を行なった理由は、生贄を選ぶためだ。

 最初から、俺と諏訪以外を生贄に出来ていたなら、ゲームをやる必要はなかった。

 随分と遠回りして、ようやくこの場所にたどり着いた。


『……良かろう。死人しびとが発生した原因。

 それは〝魔導書まどうしょ〟だ』


「魔導書?」


 人の名前が挙げられると思ったところに、予想外の単語が出てきて戸惑う。

 今回の魔物化事件はではなく、が原因のようだ。


『……純粋な魔導書ではなく。ただの書物が魔力を帯びて魔導書と化した。

 それが暴走して、周りの人間たちを死人に変えている。

 その魔導書を破壊すれば、死人は人に戻るだろう』


「それで、その魔導書はどこにあるんだ?」


 原因が本なのは分かった。重要なのはそれが今どこにあるのか。


『……ある人物が懐に仕舞っている。こやつだ』


 空中に人の顔のアップ映像が映る。

 神狼が言うには、この人物が魔導書を持っているらしい。

 だが、


「誰だよ! 顔がゾンビで誰かわかんねーよ」


 ゾンビ化してしまっては、誰かを判別することはかなり難しい。


『……そうか、ならば……。これでどうだ?』


 顔のアップから少し引いて、上半身が映る。

 着ている服装から判別しろということらしい。

 そして神狼の思惑通り、俺は魔導書を所持している人物が誰なのかを判別した。

 その人物は、Tシャツを着ており、前面に文字がデカデカと書かれている。


〝アイ・ラヴ・熟女〟


「まさか、安藤が……」


 熟女好きの安藤こと、安藤哲あんどうてつ

 神狼いわく、安藤が魔導書を持っているらしい。

 安藤を良く見ると、Tシャツの下に本らしきふくらみがある。

 あの本は俺がプレゼントした熟女本だ。

 安藤はよほど嬉しかったようで、Tシャツの下に本を入れて、ずっと抱きしめていた。

 それが魔導書に変わり、今は災厄さいやくを振りまいている。


 ただの熟女本がなぜ魔導書に変わったのか。

 おそらくウィスプが、本に入ったのだろう。

 それしか考えられない。


『……魔導書の所持者が誰なのか、分かったようだな。

 これで約束は果たしたぞ』


「ああ、こっちの欲しい情報は手に入れられた。

 ついでに、もう一つ願いを聞いてくれないか?」


 ゾンビ化の原因は判明した。

 この世界にもう用はないが、この世界から脱出するためにループを発生させなければならない。

 発生条件は、俺が死ぬか諏訪が死ぬか。

 ただ死ぬだけなのは、もったいないので、神狼に提案を持ちかける。


『……なんだ言ってみろ』


「俺の魂をお前にやる。その代わりに、魔導書を破壊して欲しい」


 この世界に結城はいない。

 ゾンビの原因が分かったところで、この世界は助からない。

 だからループのついでに、この世界も救ってやろうという作戦だ。


『……その願いを叶えるには、五人の魂をもらうと言ったはずだ』

「そこをなんとか、負けてくれないか?」

『…………』

「あたしの魂もあげるよ」


 神狼との値切り交渉に諏訪も名乗りをあげる。

 俺と諏訪の魂をあげるとなると、四人の魂を捧げることになる。

 五人ではないが、ほぼ五人と似たようなものだ。


『……良かろう。魔導書の破壊、その願いを叶えてやる』


 無事に値切りを成功させた。


「諏訪さん、どうしてあなたまで?」


 一人残された大仲は、愕然がくぜんとしている。


「大仲ちゃん、一人だけ残しちゃってごめんね。

 あたしは上野ちゃんと、みんなと一緒に逝く」


「諏訪さん、いかないで! 私を一人にしないで!」


 大仲は諏訪に抱きつき、顔を諏訪の胸にうずめる。

 諏訪はよしよしと、子供をあやすように、優しく大仲の頭をなでる。

 大仲は、諏訪の胸を二度と堪能できなくなる悲しみと、今まさに堪能している喜び。

 その両方の入り混じった感情のなんともいえない表情を浮かべていた。


『……そろそろ良いか?』


 空気を呼んで待っていた神狼が、しびれを切らして口を開く。

 大仲は諏訪の胸に夢中で、神狼の声は届いていない。

 代わり俺が答える。


「ああ、待たせて悪かったな。

 無視して、願いを叶えてくれ」


『……では、二人の魂をもらう』


 神狼がそういうと、俺と諏訪の体が光に包まれる。

 やがて体が空気に溶けて実体がなくなっていく。

 諏訪を抱きしめていた大仲はバランスを崩して床に倒れる。

 堪能していた胸の感触が失われ、大仲は絶望に顔を歪ませ涙をこぼす。

 もう大仲の声は聞こえないが、諏訪の名前を叫び続けている。


 俺と諏訪は、そんな大仲に手を振って別れを告げた。






 暗闇に漂う俺の意識。

 いつものように光に導かれるままに手を伸ばし、おっぱいを揉む。

 いや、意識を覚醒させる光の球に触れる。

 そして俺は自分の意識を覚醒させた。


 目の前には諏訪がいる。

 これでループは四回目。五週目の世界だ。

 俺は諏訪の胸から手を離す。


「知りたい情報は、手に入れた」

「ゾンビの原因。魔導書だって言ってたね」


「その魔導書を破壊すれば、すべて解決だ。

 そして魔導書は、安藤の奴が持っている」


「上野ちゃんと安藤ちゃん。たしか同じ部屋だったよね?」


「ああ、おそらく今も、俺の部屋にいる。

 問題は、どうやって安藤の場所まで行くかだ」


 廊下は今もゾンビが溢れている。

 正面突破はかなり厳しい。

 かといって、窓から飛び降りて、外から回り込むのも……。


 俺は構わない。

 全然怖いとかはないのだが、俺以外に飛び降りをさせるのは可哀相だ。

 足を挫いて、痛い思いをさせるのは忍びない。

 俺は構わないのだが……。


 諏訪の背後に回り、肩を揉みながら思考する。

 すると、三人娘が、荒い足取りでドタドタをやってくる。

 三人娘の批難を、右から左に聞き流して俺は口を開く。


「そんなことより、分かったんだよ」


「そんなこと? それで何が分かったのよ?

 くだらないことだったら、ただじゃすまないからね」


 結城がぎゅっと拳を握る。

 ここで「胸のやわらかさ」なんて答えたら、鉄拳制裁をされそうなので、真面目に答える。


「ゾンビ化の元凶だ」

「え? 分からないって言ってたでしょ? どうして分かったの?」


「ゾンビ化が発生する少し前、安藤の本にウィスプが入るのを見たんだ。

 だけど、めちゃくちゃ眠かったから、気のせいだと思って、そのまま無視して寝ちまった。

 それを今、思い出した」


 神狼やループのこというと長くなるので、適当な理由で端的に伝えた。

 結城は俺の言葉を聞くと、一人で何かに納得している。


「……なるほど、だからか」

「どうした?」


「ゾンビ化の被害が拡大している理由がやっと分かった。

 ウィスプが人に入ったら、その人だけが魔物化する。

 だけど、今回はゾンビ化の霧を発生させている。

 それは、人ではなく本にウィスプが入ったから。

 本が魔書化した。死者の書ネクロノミコンになったのね」


「何でも良い。とにかく安藤の本を破壊すれば、ゾンビ化は解決する。

 そして安藤は俺の部屋にいる」


「それじゃ、行きましょ!」

「いや、待て。廊下からは無理だ」


 歩き出す結城を俺は引き止めた。

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