流星のモノローグ

鍋島小骨

流星のモノローグ

20XX/12/08/23:56(UTC)




 どうやら高確率に死ぬ見通しになってきた。

 生まれた以上は必ず死ぬわけだけど、建設中のスペースコロニーでテロられて死ぬというのはかなり新しい死に方なんじゃないかって気がするし、自分の乗ってる乗り物がオシャカになって間もなく死ぬ予定ができた時には家族とか友人に手紙を書くのが伝統的な態度だったような覚えもあるから、記念に何か書こうと思う。いちいちめんどくせえから日本語で書く。


 とは言え、それで書く相手が結局お前かよって感じだ。クソ晴周はるちか。人生の最後に考えることがお前の事かと思うと本当に報われない。でも他の奴のこと考えながら死を待つのもめちゃくちゃ時間の無駄って感じがするしどうしてもお前になってしまう。心からムカつく。七度生まれ変わってもお前だけはもう一回殴りたい。生まれ変わりとか別に信じてないけど。


 言っておくことは色々ある。


 煙草の吸い殻をそのままゴミ箱に捨てるのをやめろ。

 ちゃんと消してるし大丈夫とかお前はすぐ言うけど本当にやめろ。何時間も前に消えたと思った吸い殻を捨てたらゴミ箱から火事になった例なんていくらでもある。何度でも言う、まあこれが最後だけど言う、火をなめるな。何なら俺自身がいま火のせいで死ぬ段階に来てる。なめるな。

 お前はぺそぺそのジジイになるまで長生きしろ。そのためには火事で借金背負うのもダメだし火事で死ぬのもダメだ。分かったらこれを読んだ瞬間から煙草は完全消火したあとさらに水につけて消してから区のルール通りに捨てろ。

 もっといい方法があるぞ。この際、煙草をやめろ。煙草のせいでお前はなんか息が臭い。


 次だ。辛塩の焼き鮭をどばどばの醤油で洗って食うスタイルをやめろ。減塩生活を送れ。

 あの醤油どばどば鮭は何度見ても気分が悪い。アホじゃないのか。お前の故郷では普通とかそんなことは関係ない。その故郷とやらの風習が完全に異常なんだよ。塩分摂取教か。いいか、あんなもん緩やかな自殺だからな。

 あの量の醤油がないと不味いとかほざいてたが、はっきり言う、お前の味覚は死んでいる。信用するな。過剰な醤油は食材を殺す。鮭に懺悔しろ。

 黙って野菜と豆腐を食え。


 家のことだが、そろそろ雪が積もる。去年までと同じ排雪業者を頼むのがいいと思う。家の場所も、周りのどこからどこまで削ってほしいかももう知ってるから。

 リビングのテレビの横に、茶色の「大事なもの箱」を置いてあるのは覚えてるな。俺とお前の保険証書とか色々入れてあるやつだ。中に緑の表紙のノートがある。それに排雪業者の連絡先とか、去年までの依頼内容、料金とか全部書いてあるから確認すること。

 除雪排雪しないと道路を塞ぐから、いくらお前が引きこもりといってもこれは絶対やるように。近隣に迷惑掛けるからな。

 ちなみにそのノートには、暖房のメンテ業者とか住宅会社の担当者とか、灯油配達してくれてる店、車の営業さんとかのことも書いてある。適宜参照。

 あと俺の保険証書はその箱から掘り出しておけ。なんか死亡保険金が出るはずだから忘れず受け取るように。これまでの掛け金と、俺のこの珍しい死に方を無駄にするな。


 俺の持ち物は好きに処分していい。

 ただ、机の上に置いてあるブサイクな粘土の猫と、引き出しの二段目に入ってるダイヤのペンダントは妹のサバンナにやってくれ。猫はサバンナが小学生の時に作ってくれたもので、ダイヤは死んだ母親の形見だ。俺からだと言って渡してくれると助かる。

 サバンナがもしお前に何か酷いことを言うようなら、悪いけど2回目くらいまでは許してやってくれないか。俺があいつに何も説明できてなかったのが悪い。何ひとつ説明してないんだ。あいつは本当に何も知らない。

 約束通り、本棚の中身は全部お前にやる。


 葬式はしなくていいようなもんだが、一応サバンナに聞いてみてほしい。やりたいと言うかもしれない。あいつは母親の葬式をしなかったことを後悔してるみたいだったから。

 墓は要らない。どうせ俺の死体は地上に帰らないだろうし、空の骨壺をどうこうしても意味がない。散骨したってことでいいんじゃないか。ちょっと高度はあれだが宇宙葬だよな。


 それから机の話に戻るが、一段めの鍵付き引き出しだ。スペアキーは本棚の裏に貼ってある。引き出しを開けたら青い封筒に入った注文伝票があるから、9日になったらそこに書かれた店に行って受け取ってくれ。金は先に払ってある。

 オーダーメイドだからたぶん返品はできない。気に入らなかったらどうとでも処分してくれ。


 そんなもんかな。


 まだちょっと時間がありそうだ。あと忘れたことはないかな。俺もたいがい雑な性格だから、必要なことが全部書けたかは分からない。

 割と冷静だな。現実味がない。2つ隣のモジュールが盛大に火災を起こしてて空調も酸素残量もなかなかのヤバさなんだけど、こういう時、人間の頭ってイカれて逆に平静になるのかもしれない。

 多分このコロニーはもうすぐ墜ちる。

 この仕事を始めた時から、自分が流れ星になる可能性はあると知ってたけど、それはなんか工事の上での事故とかだと思ってて、まさかテロで星になるとは思わねえじゃん。びっくりするわ。俺は現場見てないんで確実なことは分からないけど、見てたやつの通信によると自爆テロ。結局、工事クルーだよ。正規のルートで入ってた内装屋がテロリストだってさ。どうしようもねえな。


 この文章がお前に届かないことなんて分かってる。

 こんな端末なんか絶対燃えるか砕けて後に残らないだろう。ネットワークも繋がらなくなってるからどこにも送り出せないし。

 お前は何にも受け取れずに、吸い殻でボヤ出したり醤油を飲むような飯の食い方続けたりするんだろう。

 俺を恨んだりもするんだろう。

 ぺそぺそのジジイになるまでお前を見ていたかった。お前はさぞ手が掛かってかわいい年寄りになっただろうよ。


 晴周、お前が好きだったよ。

 本当に、人生丸ごとくれてやってもいいくらい好きだった。

 好きなまま死ぬことになって、それ自体は良かったって気がしてる。もうお前の近くにはいられないけど。


 どうにかして幸せに暮らしてくれ。

 俺のことなんか思い出の箱に片付けても、いっそ忘れてもいいから。


 こんな風に急に一人にすることを許してくれ。


 息が苦しくなってきた。

 揺れが始まった。


 晴周、お前に会いたい。

 だけどお前はこっちに来るな。

 死に近づいて来るな。

 生きてくれ。

 俺のいない未来を生きてくれ。


 もう9日になったんだな。

 誕生日おめでとう。


 晴周、お前の声が聞きたい。




20XX/12/09/00:07(UTC)






〈了〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

流星のモノローグ 鍋島小骨 @alphecca_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説