【17】すまん、オレのミスだ!
「だだっ広いとこだな」
これまでの道のりは酷いものだった。ほとんどが育ちに育った緑に囲まれて、なかにはホバーバイクで通るのもやっとなところもあったから、今はなおさらその印象が強い。
フェンスの向こうでは、人間大のマシンが幾つか行き交っているのが見えた。よく整地されたアスファルト、その上をただひたすらブラシで磨いている。
「よかっタ。まだシステムが生きていル」
クゥが言うには、街の重要な施設はエネルギーの自給自足が成り立っているらしい。ゆえに人間がいなくなった後も延々と稼働を続けているのだと。
空港も例外ではなく、それはクゥにとって好都合だった。デジタルな仕組みが動いていれば、クゥなら操作ができる。
「あ、ちょっと待てって」
バイクを降りて、弾むように施設の中に向かったクゥ。その背中を追ってカイも向かうと、
「へぇ……」
その内観にカイは思わず感嘆のため息を漏らした。
曲線を多用したデザイン。丸い照明に、弧を描いた天井はどこかハイビスカスを思い出させる。これまで通り抜けたボロボロの崩れかけと違って、ホコリひとつない様は幻想的ですらあった。
目の前ではクゥが丸い床を乗り回していた。白いコインみたいなパネルが少し地面から浮き上がって、半分飛ぶようにクゥの身体を運んでいるのだ。
「カイもそこにあるのを使っテ。体重を預ければ進みたい方へ動ク」
言われるがままに乗ってみると、ふわんと浮き上がって思わずカイは転びそうになった。しかし持ち前の運動神経ですぐにコツをつかんでいく。
「おっ、おおっ、これ面白いな」
ハイビスカスでのスクリューボードを使った移動より、何倍も楽だった。何より独特の浮遊感が心地よい。これも電磁力を使った仕組みなのだろうか。
どれだけの間、人が来るのを待ってたんだろうな……。
クゥの後を追いながら、そんなことをカイはぼんやりと考えた。
なんだかさびしい気分にもなった。人が来なければ、この照明がどれだけ照らしたって意味はなく、この浮き上がる床だって活躍の機会はないままだ。飛行機だって人を乗せて空を飛ぶこともない。みんなそれぞれ、そのために作られたっていうのに。
時々カイは考えることがある。
自分たちが何のために生まれてきたのかを。
「まぁきっと、空を飛ぶためじゃあないよな」
そう言ってカイは自嘲気味に笑った。
いつだかマムは言っていた。次の命を継いでいくために生まれてきたんだと。他の命を助けるために生きていくんだと。人類を存続させていくために。
あるいはそれがひとつの答えなのかもしれない。だからマムの言う通り、誰かとつがいになって、子供を産んで、ハイビスカスを存続させることが、次のマムとしてハイビスカスの皆をまとめていくことこそが、カイという設計図に予め書かれていた正しい生き方なのかもしれない。
そうなると、今カイがしていることはただの逃避に過ぎないことになる。
でも、仮にそうだとして。
設計図通りに動くことが、こんなにも、こんなにもさびしいことがあるのなら。
あるいは――
気がつけば、前を進んでいたクゥは通路が交差する中央、背丈の倍以上はある大きな電子案内板の前にたどり着いていた。
画面にはこの施設の地図だろう図形が表示されている。が、それもクゥにはさして重要ではないらしい。すぐに右手をかざして光り輝く魔法を唱えると、画面内はぐるんぐるんと大きくかき混ぜられた。
「少し待ってテ。使える飛行機を探ス」
それだけのことがクゥには確かにできるのだろう。
そしてこうなるとカイは特にやることがない。何気なくあたりを見回したとき、カイはあるものに気づいた。ガラス張りのケース。中に並ぶ丸い皿。盛り付けられたものに見覚えはなかったが、
ぐぅぅぅ――
本能的な反応が引き起こされる。忘れていた空腹による激しい自己主張。そういえばもう丸一日は何も食べていない。
「なんか食う物はあるかなぁ」
奥を覗くと、椅子やテーブルの群れがあった。その後ろの壁に置かれているのは四角い機械。ハイビスカスの
機械に表示されているのは食べ物と思しき画像のパネル、それを指で押せば、ありつけるんじゃないだろうか。
その時のカイは完全に頭が回っていなかった。だからハイビスカスと同じような網膜認証がその機械にあるのを見るなり、何の警戒もなく顔を近づけていく。
試す価値はあると思ったのだ。それが悪い結果をもたらすとも知らず。
ヴィィィィ――――ヴィィィィ――――ヴィィィィ――――
食べ物は出てこなかった。
代わりに響いたのは警報だ。まるでどこかで聞いたような音が、耳をつんざかんばかりに鳴り響く。
「カイを発見、カイを発見、至急警備ユニットは出動セヨ」
「まさか……ティムか!?」
機械音声では区別のつけようがないが、それでもカイはすぐにピンときた。
そして自身の考えの甘さを呪った。ティムがシステムの産物ならば、その支配域はハイビスカスだけとは限らない。
「随分遠くまで来マシたね、カイ。でも今回は大人しく捕まってもらいマス」
「クゥ、すまん、オレのミスだ!」
すぐさまクゥのもとへ駆け寄って、そこでカイはさらに状況が悪い方に転んだことを知る。
「クゥ、おいクゥ!」
床に横たわる白い身体。抱き起こすも、意識がないようだった。
潮風病。最悪のタイミングだ。
「くそ、どうしたらいい」
カシャン――カシャン――
見回すカイの視点がある一点で止まる。足音だった。ただし機械の。
カイたちがやってきた方から一体の人型の黒いロボットがゆっくりとこちらに向かってくる。そしてその顔にふたつの赤い光が輝いた。罪人を睨みつける目のように。
「しゃらくせぇ!」
バシュ――
ろくに構えずに撃ち放ったマンタの光球が、その頭を粉々に砕き散らす。
「へっ、大したことねぇな……あ?」
軽口をたたいたカイの顔が、一瞬にして青ざめた。
カシャン――カシャン――
カシャン――カシャン――
すぐさま奥から別のロボットが現れたのだ。それも並大抵の数ではない。ざっと数えるだけでも数十。通路を塞がんばかりの影が、一斉にカイに向かって走り出した。速い。スプリンターのような動きは、重力など感じさせないかのようだ。
「うわ、やべっ」
慌てて逃げようとするも、浮き上がる床は今や完全に動力を失っていた。
制御を取り戻そうにも、クゥが意識を失っている。
「くそ、ティム、覚えてろよ! いつかぜってー蹴っ飛ばしてやるからなっ!!」
捨て台詞と共に、クゥを抱えて、なんとか走り出そうとした時だった。
激しいモーター音を響かせて、どこからともなく四輪のカートが突っ込んでくる。カイのもとへ、猛スピードで。
本来は客の荷物を運搬するためのものだろう。それがカイの手前で急停止したかと思えば、
「乗りなさい。クゥも忘れずに」
ゴーグルからそんな言葉が告げられた。
一瞬ぽかんと口を開けたカイだったが、
「早く!」
当然、選択の余地などなかった。
急かされるまま、クゥの身体を放り投げるように上に乗せ、続けてヒラメのような動きでカイも転がり込む。
そのまま正面のロボット一体に照準を合わせ、撃ち抜いた。すでに破片がカイに降りかかるまで接近を許していた。
別の一体もカイの脇に迫っていたが、そこでカートが急発進。伸びた手がカイのほほをかすめて空を切る。
「あっっぶねぇ、助かったぜ」
いまだ後方に追いすがるロボットの大群。お礼の言葉が上ずるのも無理はない。
しかしどうやら動きはこのカートの方が勝るらしい。通路を縦横無尽に走りながら、少しずつ追手との距離を広げていく。
「なぁアンタは誰だ? どうしてオレたちを助けてくれる?」
ずり落ちそうになるクゥの身体を必死で押さえこみながら、カイは尋ねた。
「なに、お互い様さ。クゥを助けてくれているからね」
聞こえてきたのは、初老の男性のような声だった。ハイビスカスではなかなか聞くことがない。
バーナクのしゃがれ声とは違う。どこか年季の入った余裕を感じさせた。
「そうか、あんたが爺やだな」
爺や。クジラに住まう者。クゥの親玉。
クゥのピンチに動き出してきたということなのだろうか。
「いかにも。ただ、細かい話は後だ。今はこちらの指示に従ってもらいたい」
「指示……ね。いいぜ。何したらいい?」
実際、カイにとってはありがたい申し出だった。気絶したクゥを守りながら、あの大群を相手にするのは相当に難しいのは間違いない。
それならば物事を知っている人に指示してもらったほうがいい。
「いい返事だ。なに、難しいことじゃない。こちらで飛行機を用意する。クゥと一緒に乗り込んでくれたまえ」
「おいおい、まじかよ、それじゃあ……」
とうとう来たか、という気持ちだった。
マンタを握る手がカタカタと震えだす。もちろん恐怖や緊張なんかじゃない。
クゥが倒れて、ひょっとしたら難しいかもしれないと思っていた。その道はまだ生きていたのだ。
反動で、カイの高揚は最高潮にまで達していた。
「君は空を飛ぶんだ、カイ」
その響きを、カイはいつまでも噛みしめていられそうな気がした。
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