今夜まで恋人

オグリアヤ

今夜まで恋人―じゃあ明日からは?

「冷めるくらいなら、好きだなんて言うなよー!!!!」

本日、3度目の咆哮。

やたら美人の"彼女"に振られたこの人は、いつもより大きな声でなく。

「そもそも自分から1ヶ月連絡とらなかったからって冷めるようなら、愛してなんかいなかったんだよ。絶対」

そんな事を言いながら、カシスオレンジをあおる。最初こそビールばかり飲んでいたけど、甘党なこの人はもともとカクテルくらいしか飲まない。私もそれに合わせてソルティドッグ。

(なんて、塩気を求めてるだけかもしれないけど)

「私はあんたから話聞いてただけだけどさ、それはないんじゃない?」

「どうして」

ほら、そう言えばすぐに涙目。まだ未練あるの私はわかってるんだから。

くりくりとした瞳に居酒屋の安っぽい光が映し出される。たぶん、別れを告げた彼女にも同じ顔をしてすがったんだろう。

その光景を思い浮かべて、彼女(今は元彼女だけど)にすこし同情した。

「彼女も忙しい中で疲れちゃったんでしょ。じゃなきゃ誕生日プレゼントにバレンタインデーのチョコも用意して会いにこないって」

「それが別れ話でも?」

「それは……彼女の気持ちはわからないけど。愛してなかったらそんなことできないよ」

すくなくとも私は。

そう言いかけてやめた。私のカバンの中には2週間遅れのチョコが出番を待ちわびている。

彼女持ちの友人に、冗談のつもりで渡す予定だったチョコレートが。

「それに、誕生日のお祝いもされたんでしょ?」

「されたよ。『今夜まで恋人だから』って最後の会計までね」

視線をついと横にずらし、目をほそめる。よほど泣きたくないのか、もう薄くなったカシオレのグラスを傾けた。溶けて小さくなった氷を口に含んで噛む。そのくちびるは小さく震えていた。

「そこまでするなら、なんで別れるの。すこしでも好きなら、私は恋人でいたかった」

「でも、だめだったんでしょ?」

あ、いじわる言った。

気づいてすぐにフォローの言葉を思い浮かべる。

傷心の女性が言われてときめくような、最高の言葉を。

なんて、そんなものが見つかるはずもなく、目の前の人は予想よりもずっと落ち着いた声で笑う。

「これでだめなら、もうだめだったんだよ。それにこれで終わりだなんて考えてないから」

「……終わりって彼女との関係が?」

「それもだけど。私自身の恋愛が」

そうして笑みを浮かべると、もう話は終わったとでも言うように彼女は手を挙げて店員を呼んだ。

「鯛茶漬けお願いします。あとお茶ふたつ」と告げて、私をちらりと伺う。

ああもうなんて勝手な女!

自分のなかで決めたことは変えないくせに、私の意見はきいてくるんだから。

「……い」

以上で。そう言いかけた彼女の言葉をさえぎるように、私は手を軽くあげた。

「あとお会計も」

そう付け加えた私に、目の前の人は目を丸くする。

注文を一通り打ち終えた店員は「ありがとうございますー」と適当な挨拶とともに去っていった。

店員はたぶん数分もしたら、伝票を持ってくるだろう。

そしたら、奪い取って最高にかっこよく言ってやるんだ。



『これで今夜から恋人になれる?』って。

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今夜まで恋人 オグリアヤ @oguri_aya

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