四枚目



 犯人は周りを警戒することもなく、まるでそれが当然成されるべき正しい行為であるかのようにごく自然に、軽い身のこなしでベランダへと侵入してきました。慣れた手つきで洗濯バサミに挟まれたどストライクパンツを抜き取り、その手に収めたことを確認するかのように一度だけぎゅっと握り締めると、再びベランダの塀を乗り越え、深い夜の闇へと吸い込まれるようにして消えていったのです。


 その時に初めて、私は知ったのです。真実とは、人を傷付けることもあるのだと。


 なんだか、自分の手放したナイフが、頭上で一周した後真っ逆さまに落下し、そのまま自分の胸に突き刺さったような気分でした。それを引き抜けないまま、翌日、私は先生のいる進路相談室のドアを叩きました。もう進路と言うよりは、単なる人生相談になっていたのですが。


 自分の信じた道を行くことで、誰かを傷付けるかもしれない。私はそれが怖いのだと、先生に話しました。先生はいつも通り、優しさと厳しさの入り交じった愛情深い表情で言ってくれましたね。

 それでも、君は、君の信じた道を行けと。君にしか掴めないものを、君の手で掴めと。


 私はじっと先生を見つめました。先生もじっと、私を見つめました。


 先生が女子生徒にとても人気である理由は、その凛々しい外見や聡明な内面はもちろん、生徒に対する真っ直ぐな視線にこそあるのだと、その時わかりました。いえ、前からわかってはいましたが、その時にはっきりと、理解しました。

 その目で見つめられると、先生の放つ言葉が、自分へ向けられた完全な真実であると思い込んでしまう。たとえそれが、嘘で塗り固められたものであろうと……。




 先生。


 あの日、あのベランダでパンツを手に取ったのは先生でしたね?


 五枚目に続きます→


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る