刑事

北 流亡

【短編】刑事

 荻野と萩原が荻駅に着いたときには、昼を少し回っていた。

 荻市の空は、冷気がどこまでも続くような青空だった。

 荻野は息を吐いた。白く濁って、消えた。

 風が顔をなぞる。季節が冬に変遷しつつある。そんなことを感じるような冷たさだった。

 この街に荻原がいる。愛人の下に身を寄せているらしい。

 情報屋の萩本からの情報タレコミだった。念入りに裏を取る男だ。他の情報と照らしても、正しい可能性は高いと思われた。


 荻野は手帳を見た。親友が殺されたあの日から、ちょうど2年が経っていた。

 大きい麻薬ヤクのルートを押さえた。その電話を最後に、萩宮は消えた。

 その翌日、萩宮は隅田川に浮いていた。顔は大きく腫れ上がり、指は残さず潰されていた。その姿は、鮮明に脳にこびりついている。

 萩山組か萩倉組が糸が引いている。それは確かだった。萩山組に絞るまでに、長い時間を要した。

 そこから、若頭の荻原の犯行だと断定するまでに、時間はかからなかった。

 一度、別件で顔を合わせたことがあった。手段を選ばない。そんな目をしていた。


 荻野が手帳を見ながら歩く。萩原は、周囲に注意を向けながら着いてきていた。

 スナック萩美の文字が見えてきた。繁華街に埋もれるように、その店は建っていた。

 荻原の愛人の萩美がやってる店だという。扉に耳をあてると、人の気配がした。ドアノブに手を回す。鍵はかかっていない。

 気配を殺して、中を覗く。荻原が、いた。ソファで煙草を吹かしていた。萩美と思われる女が、床を掃除していた。

 萩原と視線を合わせる。小さく頷きあった。ドアを開け、一気に踏み込む。

「荻原」

 叫んだ。荻原と視線が交差する。瞬間、飛びかかっていた。

 組み付く。しかし、弾かれた。背中が加勢に来た萩原に当たる。

 今度は、荻野と萩原が同時に荻原に飛びかかった。しかし、荻原はそれに背中を向け、非常口に走った。萩美はずっと狼狽していた。


 狭い路地裏だった。荻原の背中が少しづつ遠ざかる。

 疾駆した。荻野を先頭に、力の限り足を動かした。

 スピードは荻野と萩原の方が上だった。少しづつ距離が縮まっていた。あと5メートル。3メートル。

 そこで、前から男が二人、走ってくるのが見えた。萩村と荻本。荻原の直属の鉄砲玉だ。

 荻原とすれ違うと、止まった。荻野と萩原の前に立ち塞がった。

 足音。背後から響いていた。こちらは萩川と荻川だ。

 挟撃される形になった。荻野と萩原は萩村と荻本と萩川と荻川に行く手を阻まれた。

 萩原は背後を向き、荻野と背中合わせになった。つまり、荻野が萩村と荻本の相手をして萩原が萩川と荻川の相手をする形になる。

 萩原はファイティングポーズを取った。学生ボクシングでそこそこ良いところまで行った。荻野はそんな話を思い出していた。

 萩川と荻川が同時に殴りかかる。萩原はジャブを荻川に浴びせる。一発。二発。その横から萩川が萩原に掴みかかろうとする。萩原は冷静に萩川の顎を右拳で打ち抜く。萩川が地面に崩れた。荻野は間髪入れずに荻村に大外刈りを極めると、荻本を掴もうとした。そのとき、萩本と荻川が飛んだ。荻野と萩原の真上を萩本と荻川が飛んだ。萩原と対峙していた荻川が荻野と対峙して、荻野と対峙していた荻本が萩原と対峙する形になった。荻野は萩原の頬に拳を入れ、怯んだ隙に荻川を掴み、投げた。一本背負いだ。荻川が宙を舞ったとき、既に萩原は荻本を倒していた。

「急ぐぞ」

 荻野は短く言った。萩原はそれを無視して走った。萩原の右頬が腫れていた。


 路地裏を抜けると、港湾地帯に出た。

 埠頭の先端に荻原が立っていた。

 冷たい目で、こちらを見ていた。

 荻野は走って向かった。

 荻原は銃を地面に投げた。あくまで拳で決着をつけるつもりなのだろう。荻野も、同じように懐から銃を出し、地面に投げた。

 組み付いた。荻原の膂力は強い。荻野も力には自信があるが、さっきは弾き飛ばされた。

 荻原はにやりと笑った。力には自信があるのだろう。荻野が押すと、荻原は押し返してきた。誘いだった。その力を利用して、荻野は思い切り倒れる。巴投げだ。萩原の体が宙を舞い。背中から落ちた。

 追撃。荻野は荻原の顔に拳を落とす。しかし転がって避けた。次は足を落とす。荻原はそれも避けた。荻野は追撃の拳を繰り出す。萩原の腹に当たった。萩原の動きが止まった。それを見逃さず、荻野は萩原の顎・鳩尾・股間に次々に拳を当てた。萩原がその場で崩れ落ちる。その際に右足で蹴り上げる。萩原の体が少し浮き、そして今度こそ倒れた。荻原は唖然としてた。

 荻野は苦悶の声を上げながら地面を這いつくばる萩原を見て驚愕した。殴っていたのは荻原ではなく萩原だった。

 なんということだ。こんなくだらない叙述トリックで俺の部下は死ぬのか。

 萩野は咆哮した。慟哭が、港湾地帯に響き渡った。

 荻野は地面の銃を取ると、荻原に向け、撃った。銃弾は荻原の胸を貫通した。荻原は舞うように身を捩らせ、倒れた。最初からこうすれば良かった。


 こうして親友萩宮の命を奪った事件は幕を閉じた。

 帰りの車中、萩原は一度も口を聞いてくれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

刑事 北 流亡 @gauge71almi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ