終章
終章
華岡は急いで署に戻ってきた。
「おい、どういうことだ、あの藤樹園の職員殺しの犯人が、出頭してきたって。」
「もう、五回も電話かけてやっと来たんですか。警視も、遅すぎますよ!」
部下の刑事たちは、かなりいら立っている様子だった。
「とにかく出頭してきた人物の名前をおしえろよ。」
「わかりました。えーと、都村涼子、年齢は49歳の女性です。」
「へ、女だって!」
華岡は思わずぽかんとしてしまった。
「そうですよ。それがどうしたんです?」
「い、い、いや、女にあそこまでできるものだろうかと。」
「女だから、ああいう殺しかたができるんじゃありませんか!」
「そうだなあ、、、。」
と、華岡は、そう考えなおして、その「被疑者」に会いに行くことにした。
とりあえず、その人物は、取調室で待っていた。華岡の顔を見ると、すみませんという顔をして、一礼する。
「あ、あの、、、。」
華岡は、おどろいてしまった。とても殺人をしそうな女性には見えないのだが、、、。
「あの、本当に、本当にそうなんでしょうか。」
本当にあなたがしたのかとはどうしても言えなくて、華岡はそういってしまう。そうじゃなくて、ほかにいうことはあるでしょう?と、ほかの刑事があきれた顔をして、華岡を見た。
「そうじゃなくて、ちゃんと取り調べをやってくださいよ。」
部下の刑事に言われて、華岡は、とりあえず椅子に座る。
「じゃあ、あなたの名前と、年齢をおっしゃってください。」
「都村涼子、49歳です。」
華岡に聞かれて、彼女はそう答えた。
「えーと家族構成は何でしょうか。」
「はい、娘が一人います。」
「えーと、それでは、娘さんはお幾つでしょうか。」
「はい、15歳です。中学三年生です。」
華岡と都村はそういうやり取りを始める。全く警視ったら、そういうくだらない話ばかりで、なんですぐに本題に入らないのだろう?と部下たちはあきれて顔を見合わせた。
「それでは、えーと、なぜ、鷺沢を殺害したのか、動機を教えてくれませんかね。」
やっと華岡は、そんな話を始めた。その前に、事件の概要を聞くのが先でしょ、と、部下たちが注意する。
「ええ、動機は、すぐにわかっています。娘を藤樹園に預けたのですが、鷺沢に娘が暴行を受けて、けがをしてしまって、さらにひどい状態で帰ってきたからです。」
「娘さんは、どんなことで、藤樹園に入れられたのでしょう?」
「ええ、中学校でいじめにあい、人間を誰も信じなくなりました。何かあれば、大声を出して暴れました。それで、どうしようもなくなって、藤樹園に入れてもらいました。しかし、それでは、私から余計に見捨てられたと思ってしまった様です。藤樹園の職員、つまり、鷺沢が、娘にさんざん暴行を加えたのも、それを助長してしまったようです。」
「ははあ、女の子にもそうやって暴力を?」
「ええ、そうです。それでは、更生どころか、さらに悪くしてしまうような気がして、、、。私も、そこへ入れてしまったことを何度も悔やみました。もどってきたばかりのころは、大暴ればかりして、誰が娘を暴行したのか、わからないのですが、やっと、娘から聞き出すことに成功し、私はその鷺沢という人物を殺してしまうことにしました。娘の話の真偽なんて、聞く必要はありません。私に暴力をふるうことが、その答えです。ですから、私にできることは、その鷺沢を殺すことだと思いました。だって、私たちがこれほど苦しんで来ているのに、鷺沢はおそらくそういう経験はなかったのではないかと思うんです。それは、すぐにわかります。平気で暴力をふるう人は、自身がくるしんだという経験はありません。」
彼女の話はとてもしっかりしていて、鷺沢を殺害した動機もしっかりわかった。
「それではなぜ、凶器も指紋も何も残さなかったんですか?それは持ち去ったんでしょうか?」
「ええ、私が殺したと見せびらかしてもいいと思いました。でも、其れよりも、あの人がひどいことをしたという事を知らせたかったんです。複数回刺したのは、そのためです。」
「というとつまり、都村さん。複数回刺す必要は本来なかったと?」
「ええ、有りませんでした。一度刺しただけで、鷺沢は動かなくなりました。でも、それだけでは、私と娘の気持ちは伝わらないような気がして、複数回刺しました。」
つまり、一度で殺害が完了してしまったから、13回刺すことができた、という事である。其れなら女の都村でも可能だなと華岡は考え直した。
「じゃあ、凶器の刃物はどこに?」
「ええ、自宅にあった包丁です。事件のあった日は、藤樹園の保護者会がありました。それで私は出席し、会議が終了した後で、鷺沢を呼び出し、持ってきた肉切り包丁で刺しました。死体の処理はそのままにして、凶器だけもって帰りました。凶器は今でも自宅に保管しています。あたしたちは、もう社会からはじき出されたというか、一歩道を間違えて、もう身動きが取れなくなって、言ってみれば、人生もう終わりなんですよ。だから、もう、どこでも構いません。静かな場所で余生を送らせてくれさえすれば、それで結構です。娘も、家庭内暴力をしたことを反省し、それで刑務所に逝けるだろうからと言っています。もう、ここではやり直そうなんて、できるはずもないんですから。そのほうがいいでしょう。」
つまり、彼女は、生きることを諦めてしまっている。もうそうなるしかないと思ってしまったのだろうか。華岡も、そうしてしまったら、ほかに救いの手段もないことを知っていた。
「せめて、最期に、娘を苦しめた、あの鷺沢に対しては、気持ちを伝えたかったですね。私、娘を見ているからわかるんですけど、暴力をふるうようになりますと、もう、言葉にして怒りを話すことはできないんですよ。だから、そうやって表現するしかないんです。鷺沢たちは、そういう風にするのは甘えだと言っていますけど、其れよりもっと強い怒りを表すには、言葉で言っても通じないでしょうから。それで、ああするしかなかったんです。」
たしかに、殺人とは許されない行為だが、今回の事件はそれも疑問視してしまうほど、難しい内容であった。それはどう解釈したらいいのか。人によって解釈は違ってくるだろう。
ブッチャーは家の中でめったに見ることのないテレビを見ていた。
「えーここで、今はいってきたニュースです。静岡県富士市内にある、情緒障碍児支援施設であります、藤樹園の園舎内部で職員が刺殺された事件で、利用者の母親が逮捕されました。母親は、職員殺害の容疑を認めており、娘が利用していた際、職員から暴行などの虐待を受けたことにより、それによって、けがをさせられたことに腹を立て、犯行に及んだと供述しています。この施設へ捜査に入った捜査員の話によりますと、この施設では、利用者を殴る蹴るなどの虐待が、日常的に行われていたこともわかりました。それでは次のニュース、、、。」
ブッチャーは普段は不細工だと思っていたアナウンサーが、こんなことをいってくれて、本当によかったなあと思いながら、テレビを止めた。
丁度そこへ、姉有希が、そろそろ天気予報が始まるかなと言いながら、部屋に入ってくる。
「姉ちゃん、こないだの藤樹園の話だけどさあ。」
ブッチャーは、できるかぎり、感情を抑えてそういった。
「姉ちゃん。まだ藤樹園に行こうと思っている?」
有希は、ええ、と黙って頷いた。
「あのな、俺が今日見たテレビのニュースでやっていたんだが、あの施設では、しょっちゅう虐待があったそうなんだ。だから俺、そんなところに姉ちゃんを行かせたくない。行かないでもらえないだろうか。」
ブッチャーがそういうと、
「どうして?迷惑な私をどこかに追い出したいって、聰も多かれ少なかれ、考えているんじゃないの?」
と有希は答えた。
「まあ、思わないと言ったらうそになるが、姉ちゃんが虐待をされるというのは俺もつらいからな。だから、そういう危険な組織に手を出すのはやめてほしい!」
ブッチャーははっきりという。
「そうなの?」
有希が聞くと、
「そうだよ、だって俺の姉ちゃんだもの。」
ブッチャーは答える。
「そうか。」
有希は、静かにいった。果たしてわかってくれたかどうかは不明だが、どうやら危険なことを考えるのは、やめてくれた様である。
ブッチャーは、ああよかったと思いながら、静かにため息をついた。
これからも、姉との暮らしはとどめなく続いていくだろう。俺たちは、どんな幸せが舞い込んでくるだろうか。一般的な幸せではなくても、別の形で何か得られるだろうかな、それを思いながら、ブッチャーは、テレビのリモコンに手を伸ばす。
「テレビは、見たくないわ。」
また有希が言う。ブッチャーはそれはそうだったと急いでテレビのリモコンを、机の上に置いた。
サスペンス篇4、もう一度 増田朋美 @masubuchi4996
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