地球の終わりとエリーゼ

木々 たまき

地球の終わりとエリーゼ


「来年の五月、地球に巨大隕石が激突します。衛星写真によるとどうやら小惑星のようで……」


 八月の中ほどの、むわっとした夜でした。

テレビ番組がカチッと切り替わって、母が麦茶をこぼしたのを覚えています。

私もびっくりしたけど、ま、しょうがないかと腹を括りました。


「コンニチハ。ドイツから来ましタ。エリーゼです。」


 衝撃の発表から一ヶ月たったとき、最期は日本で迎えたい と言う両親に連れられて、エリーゼがやって来ました。まだ暑さが残るころでした。

「日本語上手だね。勉強してたの? 」

「ムカシ。」

「短い間だけど仲良くしようよ。よろしく。」

ずっと探していたパズルのピースが見つかったみたいでした。


 私達が刻々と仲を深める間、五人のクラスメイトがいなくなりました。

エリーゼ一家のように、どうせ死ぬなら、と引越したのが四人。

のこりの一人は飛び降りたそうです。

「もう少ししたら絶対死ぬんだから、今死ななくてもいいのに。」

私がそう言うとエリーゼは悲しそうにしていました。


 十一、十二と月を重ねるごとに、みんな普通に生活していくようになりました。

生から脱落する人はポツポツといましたが、他はみんないつも通りでした。

みんな何事にも慣れてしまうんデスね、とエリーゼが笑いました。


 四月になると、終末が近いということで、私とエリーゼは自転車で少し遠くまで行って、お花見をしました。

「桜は変わらないね。人間は大忙しなのに。」

私がそう言うと、エリーゼが続けます。


「当たり前デス。桜は知っているんデスヨ。死は生の逆じゃないッテ。知らないのは人間だけデス。」

「どういう意味。」

「死は終わりじゃナイんですヨ。」

「えっ、なんで。死んだらもう会えないんだよ? それって終わりじゃん。」

エリーゼは、ん〜と唸ります。唸りに合わせて、長めの金髪が揺れました。


「Tod und Leben sind Zwillinge.(死と命は双子。)

むずかしい話だケド、そういうコトです。だからどっちも怖いものじゃナイ。きっと頭のいい人にはすぐわかるコト。わからない人にはずっとわからナイ。」


 エリーゼがこんなに難しいことを話したのは初めてでした。

「私はわからないなぁ…。一生わからないのかな。」

冷たい風がひゅっと私たちをかすめ、桜の花びらがひらと数枚落ちてきました。隕石もこんなふうに綺麗に落ちてくれば少しは報われるのに、と思ったけど口には出さずにいました。

「あなたならきっとわかりマスヨ。惑星の最期を見たらすぐニ。」

 ほんと? と聞くと、彼女はこくりと頷きました。

 明るい瞳が陽を受けて透けるようでした。世界が終わるのは仕方ないけど、エリーゼが死ぬのは何か嫌だなぁと、彼女の手を握りました。

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地球の終わりとエリーゼ 木々 たまき @koparu

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