La sorto de la murdinto

 Sorto。どこの言葉が忘れたが、日本語で運、という意味らしい。私と彼女が出会ったのは、運が良かったのか、そうじゃなかったのか。ただ言えるのは、今の私はこの手で彼女を選んだだけ。ということである。



◆◆◆◆



★真奈香雨音


 綾間さんを眺めていくうちに、憧れの対象になっていたことに気が付いた私はこの行為をやめると決意した。目的と手段が入れ替わるとろくなことになら無い。誰がそう言い出したのかは私にはわからない。でも、“話しかけに行きたいけど行けない”という思いで廊下に居たのが、“彼女を遠くから眺めていたい”となった私。それに気が付いたとき私は私に失望した。なんて意思の弱い人間なのだろうか!


 そして、行くのをやめた。もともと居場所なんて無かったのだ。学校でどこにいて、何をしているかなんて、本当にどうでもいいことだったんだ。

 ……だが、綾間さんの友人である倉敷ここみさんが突然死んでしまう。私は、誰が倉敷ここみさんなのか知りもしなかった。

 綾間さんのことを知ろうともしていなかった。それを見透かされたような気分になった……そして、もしかしたら綾間さんも来るかもしれない。そんな憐れな期待から知りもしないのに葬式に出た。そこには世界に絶望したような綾間さん。あれから月日が流れても、まだ頭の中にあの顔が残っている。私が知っている人は、そんな顔はしてほしくない。そんな偽善者のような感情が芽生えていく。私は、ことの重大さがわかっていなかった。


 心のこもっていない慰めの言葉。そんなもので綾間さんが元気になったとでも勘違いをしたのだ。マンションまで送ったものの、彼女はそのマンションの一室で命を絶つ。飛び降り自殺だったそうだ。死体の損壊が激しく、彼女の姿を見ることはできなかった。お墓にも彼女の体は入っていないのかもしれない………いや、それは感傷に浸りすぎただろうか。


 絶望しつつも、現実が受け入れられずにいた私に声をかけてくれたのは、銀髪、蒼い、美しい目をした彼女だった。彼女は綾間さんと倉敷さんのクラスメートであり、学校でも有名人だった二人のことに詳しかった。……私は有名人であることは知らなかったが。私の綾間さんへの感情は何だったのか。それを知ることはもう無いのだろう、と思っている。あの―――目を奪われ、足しげく通い、自分に失望した―――感情。塩を舐め続けることを楽しみ始める自分を無理矢理に止めさせた。


 そして今、私は。




★銀色の少女


「おはよう、雨音」


「おっ……おはようございます…!」


「そんなに固くならなくても良いのに」


 私は楽しくなって微笑む。コンビニの壁に寄りかかり、雨音を待っていた私は小走りでやってくる雨音を見て大層興奮したが、それを表情や手足の動きに出すことはしなかった。


「じゃあ行こうか」


 雨音の手を取り、歩き出す。


「う、うう……」


 顔を赤くする雨音。どうしてこんなにも可愛い反応をするんだ。私はかなり気分が良くなった。でも独りよがりは良くない……少し心配になった。


「ご、ごめんね?やっぱり恥ずかしいよね……今日は止めとく?」


「あっ、え、えっと、だ、大丈夫です!安心、するので……!」


「そっか」


 やっぱり雨音と居ると安心できる。自然と笑顔になる……幸福。その形を自分が体現していることにとてつもない全能感と官能を覚えた。


「ま……前」


「うん?どうしたの?」


 雨音が何かを言おうとしてる。神の恩寵を授かる準備をした。具体的にはいつもより深く、雨音に集中し、周りの雑音を流す動物たちをシャットアウトした。


「前、私の笑顔が好き、って言ってくれましたよね」


「うん」


「私……貴方の笑顔が好きです。だから……その……同じ、ですね」


「ふふ、ありがと」


 ああ、毎日が楽しい。雨音が私に話しかけてくれ、近くにいてくれる。どうして今までの私は気が付かなかったのだろうか?近くにいた方が幸せで、守るのにもこっちの方がいいに決まっているのに!


「ヴィリーアリデートピリカプタスオルレート…」


「びり……えっ?」


「女性の微笑みは網よりも捕まえやすいものだ。私はね、雨音が好き……特に笑顔が、好き。無理矢理笑ってほしいってことじゃないんだ。貴女の自然な笑顔が好きなんだ……貴女が、自然に笑えるよう、貴方の隣に居続けても……いい、かな?」


「は……はい!わ、私……貴女が居ないと、とても困ります……」


「ふふ、ありがとね。……じゃあこのまま、学校まで行こうか」


 繋いだ手を雨音に見せつけ、ゆっくりとふたりで歩いていく。

 ここが人生の最高潮で、きっとそれは更新され続ける。私はコンビニから数十メートル進んだ歩道の真ん中で勝利の喝采を心の中で叫んだ。


◆◆◆◆


「何?調子乗ってんの?」


 ドン、と雨音が突き飛ばされる。複数人の女子に囲まれている雨音。私は三階の廊下の窓からそれを見た。

 雨音が害されている!これだけで私の足は動いた。人目が無いことを一瞬で確認し、窓から身を乗り出す。そして壁伝いに下へ降りる。その間も会話は続いている。


「何なの?私らへの当て付けのつもり?綾間さんと倉敷さんをお前が……」


「当て付け。それを言うなら君たちじゃない?」


 ある程度の高さになったら飛び降りて着地する。彼女たちから見ると真上から現れ何か言ってきたおかしなやつに見えるかもしれない。


「……誰?」


 おそらく、そう言うのが精一杯だったのだろう。私は続けた。


「君たちのグループの中心が連続で死んでしまったからって、何も関係無い子に当たるのかい?」


「何も関係無い?こいつがうちのクラスに来てから何もかもおかしくなったんだ!だから!こいつがあの方たちを……!」


 取り巻きのひとりは顔を真っ赤にして激情している。やれやれ。――殺すか?……いや、連続でやり過ぎた。それは私の確かな失敗だ。これ以上は駄目だろう。それに、雨音への影響まで考えていなかった。これも私の失敗。私の運命の為の根回しが間に合っていなかった。今までは用意周到に雨音を人から遠ざけ、集団の興味から外すことで守ってきた。

 でも少し目立てばこれだ。思わず、私は長いため息を吐いた。


「……悲しいのは分かるよ」


 いや分からないが。雨音の前だが仕方ない……私は嘘をついた。


「だけど関係無い人に当たるのは良くないね。無理矢理学校になんて来ないで引きこもってれば良かったんじゃないか?」


 取り巻きたちは黙っている。


「……次、雨音の前に来たら許さない」


 睨み付け、拳を握った。――納得したのかどうかは分からないが、渋々といった様子で取り巻きたちは去っていった。


「あ……ありがとう……ございます……」


「良いんだよ……何かあったらすぐ私を呼んでね。すぐ近くにいるようにはしてるけど目を離した隙に何かあったら、大変だから……」


 雨音が涙ぐみながら、私に抱きついてきた。女の子特有の柔らかい感触がする。腰が抜けそうになった。


「私、こういう経験無くて……う、怖かった……」


 私より少し身長の低い雨音。誕生日が同じでどうしてこんな差が生まれるのだろう?私が完璧に作り上げた雨音に対する環境が軋み始めているのを感じた。抱き締め返そうとしたが決心がつかず、私の手は宙に浮いてしまった。きっとこの手をくっつけたら本当に二度と立てなくなってしまう気がした。


 今は私が近くにいることができる。今までとは大きな違いだ。今までとは違うアプローチができる。……ああ、私の運命の人。まだ、私たちの話は出来ていないけれど。それでも、ゆっくりと。ふたりで平和に生きて行ければ。


「絶対に、守り抜くからね」



◆◆◆◆



 絶対に、守り抜く。

 そう言ったときのその、蒼く輝く美しい目は。獲物を逃さない狩人のような鋭い視線だった。

 これは依存なのだろうか?生まれて初めて見たものを親だと思い込む雛鳥。ならば私はきっと、この銀色の髪をした彼女を見たときに二度、生まれたのだろう……と曖昧なことを彼女に抱き付きながら、私は考えていた。

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矛盾少女にソルトを重ねて @rinzaki_

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