機構少女の信じた命運②

 私は今、倉敷ここみの葬式に出席している。悲壮感あふれる雰囲気を纏い、どうして彼女が死ななければならなかったのか、と涙する。


 これだけで空間は同情に支配される。ははは。なんて楽なんだ。私は倉敷ここみと話したことなんて無いよ。学生は制服で良かったと思うが、たまたま家にあった喪服を着ることにした。どうして喪服があったのかはもう覚えていない。

 辺りを見回し、私の運命を探す。きっと着ているはずだ。いた!自然な足運びで彼女の左後方に着席する。


 喪主の女が何か喋っていたが興味はなかった。適当に神妙な顔をしておく。ああ!運命の人は今何を考えているのだろうか。貴女に私以外の人間は必要無い。

 少し顔を上向きにし、どうやら遺影を眺めているらしい彼女。倉敷ここみ。こいつは男女問わず人気が高い学校の王子様のような存在だった。かっこいいだとか運動ができるだとか頭がいいだとか、絶えず褒め称える言葉が飛び交っていたのを覚えている。だがそれなりに嫌っている人間もいた。自分に無いものの殆どを持っている倉敷ここみが憎い。妬ましい。そういった感情の否定はしない。私は知っている。


 例えばあの女。いつも倉敷ここみを馬鹿にした発言をしていた。動物の鳴き声はわからないので何を言ってるのかは知らないが、大声で泣き喚いている。可哀想な自分のアピールなのかは知らないがやりすぎだな。しかしそれがウケると思ったのかパシャパシャ写真を撮っている集団がいる。はは、地獄絵図だな。私たちに近付かなければそれでいいのだが。


 あれ、雨音はどこに?見失った。ちらほら空席が目立ち、式は終わったのか?何も聞いてなかったのがあだになったか。

 いや、みつけた。一緒にいるのは……綾間紫苑?いや、まさか、そうか?私はクラス内の評判から雨音が倉敷ここみに注目しているとばかり考えていた。微笑む二人。

 どうして……?雨音は倉敷ここみを眺めていたんじゃ……くそっ!!指を噛る。失敗……?倉敷ここみじゃなかった。綾間紫苑だ。急がなければならない。綾間紫苑。倉敷ここみに隠れてはいたが可能性は無くはなかった。思い込みがあった。少しずつ解散となっていき、綾間紫苑と雨音の二人も帰路につく。そこは私の場所なのに。二人が歩いて行く。その後方を着いていく私。どうして私じゃないのか。


 いや……この考えは良くない。劇的な出会い。それが出来なかった時点でもうそれは違うのだ。登校中にぶつかってそこから仲良くなる、という計画は頓挫した。雨音が私のいる道を通らなかったのだ。

 一度失敗したことを何度もやりたくなかった。別の出会いを考えていたところだったが、雨音が倉敷ここみの集団を眺めていることに気が付いた。クラスの中心的存在なのだろう。彼女たちが笑顔になることでクラスそのものの活気となっている。私には関係無かったが。


 思考を巡らせていると二人が立ち止まる。バレるような尾行はしていなかった。つまり……思わず笑顔になる。綾間紫苑が目の前のマンションに入っていく。雨音は手を振り、自動ドアが閉まったのを確認すると自分の家に向かって歩き出した。ここが綾間紫苑のマンションだ。

 雨音を眺めるのもそこそこにマンションに急いで入る。綾間紫苑は入力をしているところだった。四桁の暗証番号と部屋番号。ああー!駄目だよ、綾間紫苑。手元を隠さずにそんなことしちゃあさー!私はとても嬉しくなった。綾間紫苑は私を部屋に招待しようとしているのだ。そういうことなら遠慮なく。


 私はタイミングを見計らい人がロックを解除した後についていき中に入った。綾間紫苑の真後ろを通るのはバレてしまうからね。途中でフロアマップを覗き部屋の場所を把握しておいた。

 屋上に上がる。解放はされていなかったがエレベーターで行ける限りの最上階から立ち入り禁止の階段を昇る。


「この辺かな」


 柵を乗り越えてゆっくりと壁を降りていく。数階下がり、無事に綾間紫苑のベランダにたどり着いた。流石に上の方の階だからって油断しすぎでは無いだろうか?窓に鍵はかかっていない。私みたいなのが来るかもしれないでしょう?思わず口元が歪む。

 正直なところ、こんなことをする意味なんてない。これは私の趣味だ。世界を揺るがす大怪盗。それのごっこ遊びをしているに過ぎない。


「失礼しまーす」


 ベランダから部屋に入る。この部屋には居なかったか。あっちの部屋かな?あっ居た。ベッドですやすや寝ている。呑気なものだな。上から乗り掛かる。


「……!?貴女、一体……!」


 起きてしまったようだ。口を押さえる。


「騒がれちゃ困るのだな。いや困らないか。全部無かったことにしてもらえばいいんだし……。でも面倒だな、うん。じゃあ静かにしててね」


 口にタオルを突っ込み固定する。腕と足をポケットから取り出した結束バンドで拘束する。その瞳は混乱、困惑……敵意。様々な感情を内包して見えた。


「綾間紫苑、あなたはね。倉敷ここみのように死ぬの。楽しみでしょ?」


 拘束した綾間紫苑を放置し、部屋を出る。キッチンで手頃な包丁を探す……うーん、これがいいかな?私が選んだのはパン切り包丁だ。


「あのねー、こういうのは痛め付けるのに便利だよね」


 縛った部屋だと不便だったので、ベッドから私が入ってきたリビングまで引き摺る。ところどころぶつけたがこれくらいで壊れてはいないだろう。上品そうな白い清楚な部屋着。それをめくってお腹を出す。


「痛かったら言ってね」


 お腹にパン切り包丁を当ててしならせる。恐怖に怯えた表情。あはは。優しく包丁を当て、引く。細かくついたトゲのような刃が肉体をくすぐる。


「~~~ッ!」


 嬌声をあげる綾間紫苑。倉敷ここみの時も思ったがこれを映像として残しておきたいぐらいだった。


「クラスのみんなにどのくらいで売れるかな」


 訳がわからない、という目……涙目で見てくる。包丁を操る手を激しくさせた。最後に軽く振り下ろす。お腹には赤い線が無数に出来ていた。


「ほらほら見て見て~。可愛くない?」


 ピースして赤いお腹と一緒に自撮りをし、写真を綾間紫苑に見せる。微塵も可愛くないけど。こういう時に思ってもないことを言ってしまうのは私の悪い癖だと思う。それを知る者は誰もいないけど。


「じゃあ、中も見てみてよっか」


 安心させるため、笑顔で語りかける。暴れられても面倒なだけだから。恐怖という感情で支配しなければならない。私はとある人から貰った特性の解体ナイフを取り出した。


「えへへ、これはねー?人が切りやすいナイフなの」


 医者は患者に何をするのか説明する責任がある。


「これで綾間紫苑さんの臓器を取っちゃおうと思います」


 目をひんむく綾間紫苑。写真とっとこ。クラウドに保存して消去。


「あっ放置してごめんね。でも静かにしてたら一個で終わるから。大人しくしててね」


 よし。まずはどこにしようか。人体の構造には詳しくないんだけど……女の子と言えば子宮だよね。そんな気がする。よし!私、子宮摘出します!いや面倒だな。よし。


「あっ手が滑っちゃった」


 涙が鬱陶しかったので、私から見て右目にナイフの柄を差し込んだ。ぶちゅ、という音をたてて、私はきっと眼球が潰れたんだろうなあと感じた。


「ごめんねー!ほんとにごめんね!今度はちゃんとやるから!」


 嗚咽し、体をびくびくさせる綾間紫苑。


「だめだよー、そんな反応しちゃ」


 私は口元をペロッと舐める。


「そんなえっちな反応する子にはお仕置きが必要だね」


 思い立ち、服を脱ぐ私。ソファーの上にパーカー、シャツ、ズボンを手際よく畳んで積み上げる。

 下着姿になった私を見つめる綾間紫苑。

 近付き、脱いだ服から出したライターを左手首に火を当てる。身をよじる綾間紫苑。


「熱い?熱い?そっか、熱いかー。でも、もし。熱くなかったら手錠、取ってあげてもいいよ」


 私がそう言うと彼女は大人しくなり、(私から見て)左目から涙を流していた。それでも、変色していく手首を見ながら静かにしていたので私はとても気分が良くなった。


「うん!いいよ!手錠は取ってあげる。でも逃げようなんて思わないこと。………次は真奈香雨音さんだから」


 その一言で全てを理解したのか、激しく頷く綾間紫苑。私がそんなことするわけないのにね。ナイフを向けながら手錠を外す。綾間紫苑はすっかり諦めたようで、きっとその頭の中は雨音で一杯なのだろう。ふざけるな。


「服、脱いで」


 私はスマホを構えながら言った。


「ふが…ふが…」


 倉敷ここみも楽しかったが綾間紫苑も楽しい。倉敷ここみはプライドが高かったが、目の前で父親の死体を弄っていると言うことを次第に聞いてくれるようになった。……雨音のことには鈍い反応だった気がする。あの時から気付くべきだったか。


 震える手で自分から服を脱ぎ出した綾間紫苑の映像を撮り、満足した私はその辺にあった手頃な置物でお腹を殴った。おぐっ、と声にならない悲鳴を上げた綾間紫苑は動かなくなる。

 耳元により囁く。


「真奈香雨音さんのところに行っちゃおうかな」


 ぴくっ、と体が反応する。


「へえ、そんなにいじめて欲しいんだ」


 特性ナイフで素肌をすーっと撫でる。ところどころが赤く滲む。


「どう?興奮しない?」


 ふらふらと何かを手で探る綾間紫苑。


「反撃でもしようって?あはは」


 ぐじゅぐじゅになったお腹を踏みつけ、右手首に特性ナイフを当てる。押し付ける。沈み混む刃。


「骨まで絶てるかは知らないけど」


 1センチは沈んだだろうか?赤い、呪われたような液体が溢れ出す。


「私はそうでも無いんだけど……こんな量、見たことある?」


 血の水溜まりが広がる。


「こんなに出てくるって綾間紫苑……あなたもしかして相当生理が重いのね?」


 そろそろ飽きてきたしいいか。ナイフを丁寧に引き抜く。そして心臓に刺す……心臓ってどっちだっけ?


「ねえねえ、こっちって心臓だっけ?そもそもこの辺でいいんだっけ?」


 適当に乳房にナイフを刺したが致命的な部分に刺した感覚が得られなかった。


「うーん……もういいか。おーい!まだ生きてる?生きてもらわなくちゃ困るからね。そろそろ係が来るから」


 微かにではあるが息をしている。まだ綾間紫苑には苦しんで貰えそうだ。何せ。そう。彼らは任務に忠実に、都合の良い処理をする。その過程で邪魔になるものは例外無く。


「―――例外無く、生きたまま粉砕機に入れられるそうだよ」


 耳元で言い残し、返り血やその他もろもろを落とすため浴室に向かった。


◆◆◆◆


 私がゆっくりシャワーを浴びて浴室から出ると、脱いだ私の下着が消え失せていた。仕方なくタオルで体を拭きながらリビングに戻る。さっきまで居たはずの綾間紫苑がまるごと無くなっていた。……そしてテーブルに紙が残っていた。


「『任務終了。正面から帰れ』ねえ……まあ私の下着で許してあげるかあ」


 実際のところ奴らは便利だ。“雨音を守る”という目的で何度か利用したが……奴らも殺害の実行や補助をする私を便利に思っているらしい。奴らが何をしたいか、何者なのかは知らない。だが国の中枢だな。警察まで指示を出せるのだから相当だ。私はどうでもいいことを考えながら紙を口に運び、飲み込んだ。


 私は雨音が守れればそれで良い。だから関係無い。今までに瀕死の人間を何人か送り込んだが、どれも死体が無い葬式になっている。実際に死んだのか生きてるのかは私は知らない。興味が無かったから。

 私はタオルを鞄にしまう。……汚れた下着は持ってかれた。仕方がない。


「スカートはまずかったな。うん」


 下に何も履かず、そのままズボンを履く。適当に履いてきたのがズボンで本当に良かった。シャツを着て、パーカーを羽織り、ベランダに出る。どうせ真面目な捜査はされないが念のため、というやつだ。ベランダを飛び移りながら角まで行き、そこから非常階段に辿り着く。


 奴らの誰かが第一発見者となり、息のかかった警官が調べ、未解決事件として放置される。いつもの流れ。

 私は鼻歌を歌いながら階段を降り、一階まで到着するとそのまま、街の闇へと溶けていった。


◆◆◆◆


 私は今、綾間紫苑の葬式に来ている。連続でのクラスの生徒の死亡。二人と仲良くしていたあの女たちは酷く怯えている。安心しな。雨音を害さない限り何も起きないよ。

 そして、やはりと言うべきだろうか。私の運命の彼女、真奈香雨音はやってきた。そして私は彼女の後ろの席に陣取る。運命の出会い。ここしかない。


「ねえ、あの子について教えてあげようか」


「あの子のこと、教えてあげる」


「だって貴女、知りたいでしょ?どうして、こうなったのか」


 私たちにとっての真実。それを私の運命に伝えるために。

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