第4話

 目的の駅の改札を抜けると、待ち合わせの相手は大きく手を振っていた。アラフォーとは思えない行動に、通行人からの視線が痛い。


「お兄ちゃん、お待たせー」


 きっと恋人同士の待ち合わせだと思われていたのだろう。通りすがりの主婦が二度見したのが分かった。


「さ…行こうか。美世子ちゃんは僕の職場に来るのは初めてだったよね」


「ううん。友だちと一緒に学園祭に来たことがあるから、2度目」


「え?」


 兄の笑顔が、凍りついた。


「それ…いつ?」


「高2の時だから、2年前かな」


「誰と?」


「友だちと」


「友だちの、誰?」


「確か…勢津子せつこちゃんと、佳恵よしえちゃんと、乙女おとめちゃん」


「何で?」


 妹の外出、それも何年も前のものに理由を求める兄もどうかと思う。優しい兄はわたしの自慢だが、ここまでくると過保護にも程があるだろう。


一人娘を目に入れても痛くないほど溺愛する父親か、はたまたすて君やおひろい君を盲愛する秀吉公か。


少なくとも、兄妹の関係には例えられない。


「誰かに誘われたのよ、確か」


「誰かって?」


「そんなこと、もう覚えてないよ。お兄ちゃんだって2年前のこと聞かれて、咄嗟に思い出せないでしょう」


「それはそうだけど、でも美世子ちゃん、どうして言ってくれなかったの。知っていれば当日案内したのに」


「たまたま言う機会がなかったんじゃないの。それに、友だちと一緒なのにヒロ兄ちゃんがいても邪魔なだけだもの」


「ヒロ兄ちゃんがってことは、徹志てつじならいいのか?」


 徹志というのは、ヒロ兄ちゃんこと博和の弟で、わたしの3歳年上の下の兄の名前だ。全寮制の高校から大学に進んだので、家を出てもう5年は経っていて、顔を合わせる機会はそう多くない。


「テツ兄ちゃんだって嫌だよ。ヒロ兄ちゃんと違ってわたしが友だちと遊びに行ってもうるさく言わないから話に出さなかっただけで…」


 わたしは末っ子なので、いつまでも子ども扱いしたい気持ちは分からなくもない。が、この兄は異常だ。お母さんでさえ聞かないこともズバズバと聞いてくるのだ。


学園祭の話もお母さんくらいは話しただろうが、ここまで深く詮索してこなかったはずだ。


「なんでそんな話になるのよ。今日は中国語を教わりに来たのよ。先生はどこ?」


「もう少ししたら着くよ」


 兄の質問があまりにやかましいので、わたしは強引に話を終わらせた。こんな兄の教え子だなんて、どうなのか。


強めの調子で言ったからか、道中の兄は機嫌が悪かった。

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キューピッドなお兄ちゃん 小夜 美保子 @sayo-purple345

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