第54話 ロズ

「おいおいおいおい、嘘だろ!?」

 

 ラッツは迫り来る魔物の群れを見て息を飲んだ。

 マッドアントの群れを一掃してたどり着いた新階層だが、それと同等の量の大量の蜂の群れが視界を覆い尽くしていた。

 

 七階層よりも随分と広い空間が続く道ではあったが、それでも手狭だと言わざるを得ない量の大群が押し寄せてくる。

 

 それも一匹あたりのサイズが普通の蜂とは比べものにならない位に大きい。

 人間の子供大の大きさはあった。

 

 それを視認してロズがその蜂の名を口にする。


「まさか、デスホーネットの大軍とはな……」

  

「「いやぁああああ!!!」」

 

 リネルとレネルが揃って悲鳴をあげ、肩を寄せ合って助けを求める。

 

「お前ら、シャキッとせい!」

 

「いやいやいや!!アレは無理でしょ!デカイし気持ち悪いわよぉ!!」

 

 そんな二人をルーモスが叩き上げるが、リネルは大きく声を張り上げてそれを拒絶する。

 

「はぁ……お前たちは下がってろ。」

 

 呆れたロズの口からため息が溢れる。

 ロズはそんな二人を一瞥し、迫ってくるデスホーネットに視線を移した。

 

「と言うか、俺一人で大丈夫だ。」

  

 彼はパーティーの中では最も冷静な男だ。いつも最前線で矢面に立ち、効率的な戦術を支持する。

 勇者であるラッツと肩を並べる程の実力を持っているが、決して慢心するような男ではなかった。

 

 そんな彼が一人でも大丈夫だと言った。

 

 襲いくる巨大な蜂にほぼ錯乱状態のリネルとレネルには、そんなロズの言葉を理解することは出来なかった。

 しかし残る二人、ラッツとルーモスはそれを聞いて身構えるのをやめた。

 

「そうか、じゃあ頼んだ!がっはっはっはっは!!」

 

「無茶なことはするなよ?」

 

 二人で後ろからロズを案じるが、彼なら大丈夫だと言う信頼もあった。

 

「任せろ」

 

 ロズは細長いレイピアを水平に持ち、腰を落として切っ先を目の前のデスホーネットへと向けて身構えた。

 

「凍牙」

 

 ロズは猛烈な勢いで敵の群れへと突進し、切っ先を眼前へと突き放った。

 疾風の如くデスホーネットの群れの中を突き進み、最奥にある巣穴へとレイピアを突き立てる。

 一拍遅れて、彼の辿った道からパキパキッと音を立てて極寒の冷気が駆け抜けていく。

 

 デスホーネットの群れは一瞬にして凍結し、バダバタと地面に落下した。

 レイピアの直撃を受けた巣穴も、巨大な氷の彫像と化している。

 

「ふん……」

  

 ロズがレイピアを鞘に収めると、後ろから四人が歩み寄ってくる。

 

「やるなぁ!」

「流石だ。」

 

「できれば氷漬けより原型を留めない倒し方をして貰いたかったけどね!!」

「ね、姉さん。それは無茶苦茶だよ。

 でも、気持ち悪い……。」

 

 それぞれ称賛と唾棄の相反する二つの声を上げる。デスホーネットは魔物の強さを一般的にランク付けした時、上から3つ目となるBランクに位置付けられる。

 

 しかしそれは個々の能力を見た場合だ。

 大軍をなして襲いくるデスホーネットは、その毒の脅威も含めてAランクのそれに匹敵する。

 

 それをこうもあっさりと倒せるのは、彼が一流の使い手だったからに違いはない。

 以前マッドアントの群れに襲われた時とは明らかに格が違っていた。

 

「さあ、次へ行くぞ」

 

 彼は多くを語らない。仲間を危機から救うことができなかった不甲斐なさから、自らに課した厳しい課題。

 短期間で実力の底を上げるべき修行は、彼のみぞ知る過酷なものだった。

 

「やはり、ロズは頼りになるな。」

 

「あぁ、ちょっと寒いけどな……。」

 

「寒さくらい、我慢しろ」

 

 ラッツの小言を受け流しながら、ロズは口元に小さく笑みを浮かべる。

 

「なんでもいいから、早く先に進むわよ。

 こんなとこに長居したくないわ!」

 

「姉さんに賛成です……」

 

 虫嫌いな姉妹には手が焼けるが、こんな二人も大切な仲間だ。

 ロズは相変わらずな二人に呆れるが、そんなやり取りにも慣れてきたものだ。

 

 仲間たちに悟られぬよう口元をしっかりと締め直し、眉間にしわを寄せてわざとらしく叱咤する。

 

「お前達も、さっさと虫に慣れろ。

 なんならここに数日居座ってもいいんだぞ?」

 

「「いや!!!」」

 

「がっはっはっはっは!!

 こう見えて努力はしとるんだ。ロズ、意地の悪いことを言ってやるな!」

 

 ルーモスに仲を持たれ、一行は先へと歩みを進める。

 それを見守る存在がいるなどとは、一片も気がつかぬまま。

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