王になるということ


 いつも通りの、アイリにひたすら絡まれたり、それをサラが注意したりする朝食を終えると、さっそく執務室に籠る。

 とは言っても、サラが来るまでは書類に目を通すことも出来ないので、どっしりと椅子に座り、手元にある子ども向けの絵本を読む。


 サボっているわけではなく、なんでも昔本当にあった話を物語にしたもので、これを読めば文字も歴史も学べるという優れものなのだ。


 絵本なので、絵を見るだけでもなんとなく内容がわかるようになっている。

 実際、1冊目に読んだうさぎとかめによく似た商人の話は、ほとんど絵しか見てなかった。


 その後、サラに物語に登場する王様の有名な名言について聞かれ、何も答えられず怒られることになり、それ以来しっかり文字を読んでいる。


 ちなみにその話はというと。

 王様の思いつきにより、馬が引く荷車を持つ商人と、牛が引く荷車を持つ商人が隣国まで競争をすることになるところから始まる。


 王様は、勝った方に城の近くに店を構える権利を渡すという。

 馬商人と牛商人はお互いに準備を整え、同時に隣国へと出発する。


 その後、馬商人が調子に乗って途中寄り道するが、なんやかんやで結局馬商人が早く隣国に到着して、馬商人は無事城の近くに店を構えることが出来ました。終わり。


 という夢も希望ない痛快ハートフルサクセスストーリーで、王様の名言というのは、馬があれば自分が勝っていたと言い訳する牛商人に、「牛が遅いことを知っていたなら、馬商人よりも早く出発すれば良かっただろう」とお叱りするというものだった。


 いい事言ってるっぽく聞こえるが、夢も希望もない物語のせいで、名言と言えるかどうかは疑問が残るところだ。


 ちなみに今読んでいるのは6冊目で、赤ずきんによく似た物語だった。


 オオカミではなくオークが出てくる話で、女の子は道中で間違った森に入り、オークに襲われてしまう。

 その後たどり着いたおばあちゃんの家で、赤ずきんとは違い、逆におばあちゃんから「どうしてそんなに泣いているんだい?」と聞かれ、女の子は「おばあちゃんに会えて嬉しいからよ」と答える。


 同じく夢も希望もない物語だった。こちらについては、絵本にして良かったのかと出版社に問いただしたい。少なくとも、屋敷のまだ幼いメイド達の目の届くところに置くのは避けようと思った。


 そうこうしているうちに、サラが執務室に入ってくる。

 真っ直ぐこちらへ向かってくる彼女に、自慢気な顔をして声をかける。


「6冊目、読み終わったよ」

「あら、早いですね。昨日読み始めたばかりなのに。どうでした?」


 どう…だったんだろうか。


「いや…なんというか、絵本でいいのかなぁって感じだった」

「そうですか?森に入ったら危ないということを伝えることが出来る、立派な絵本だと思いますが…」


 サラが、僕の言っていることがわからないというように小首を傾げる。もしや、こっちの世界にはそういう文化がないんだろうか。


「ああ、いや、それならいいんだ。それで、この本の内容について少し質問があって」


 読んでいて、気になった部分がある。今まで読んだ本と救いがないところは同じだが、違うところが一つだけあった。


「朝から、それも女の子に、そんなえっちな内容の本について質問をするだなんて、恐ろしい方ですね」

「やっぱそう思ってるじゃん!なんで一回わかんないですね…みたいな反応したの!?」


「メイドの嗜みです」


「うるせーわ!…そんなことはどうでもいいんだって」

「なんでしょう」


 彼女の顔が、真剣なものに変わる。この切り替えの早さこそが、メイドの嗜みなのではないだろうか。自慢するところが間違っている。


「この本に、オークが出てくるだろう。ってことは、この世界にも魔物がいるってことになる。魔物は、今でも存在してるの?」


 今での本は、馬とか牛とか、動物が出てくることが多かったのに、この本にだけは魔物が出てきたのだ。この世界の絵本は全て実際の話を元に作られているらしいので、この世界には魔物がいるということになるだろう。


「はい。今でもいますよ」

「でも、魔物の被害とかの書類が来たことないよね?居ても危険ではないの?」


 実際、魔物がいるならそういう書類が来てもおかしくなさそうなものを、今絵本を読んで初めて存在を知ったのだ。魔物がいるというのに、被害が出ていないのが不思議だった。


「魔物…というか、魔獣の住む区域と、人の住む区域は住み分けがされていますから。もちろんその女の子のように、魔獣の住む区域に入ってしまえば被害を受けますが」


「なるほど…つまり、こちらから何かするつもりがなければ、一応安全なわけか」

「そういうことになりますね。絶対安全、と保証は出来ませんが、聞いたことはありません」


「その為の兵士ってわけだ。それで、馬とか牛とかもその…魔獣なの?」

「いえ、馬や牛は動物です。ただ、馬の種族の魔獣や牛の種族の魔獣は存在します」


「動物と魔獣の違いがわからないな…」

「そうですね…。大まかに言えば、魔力を持つのが魔獣、加護を持つのが聖獣です。そして、そのどちらでもない清らかな魂を持つのが、動物になります」


「なるほど。よく分かったよ。ありがとう」


 聖獣、という新たなワードが出てきたが、だいたい想像できるのでスルーした。


 屋敷の中に籠っていたせいで勘違いしていたが、王の仕事は、書類の整理だけではない。

 民を守るのも、王の仕事だろう。だけど、その為の知識が僕にはない。この世界について、まだ何も知らない。


 この一ヶ月近く、王の振りをすることばかり考えていた。


 王の振りをして、メイド達を悲しませないことだけを考えていた。


 それだけでは、駄目なのだ。


 この国の王は、民に愛される王だったと聞く。なのに僕は、一ヶ月近く経っているのにも関わらず、民の顔も知らないし、声も聞いたことがない。


 まずは、知る必要があると思う。知りたいと思った。ここが、どんな国なのか。


「明日は、街に行ってもいいかな?」

「遊びに行くのなら、お仕事を片付けてからにしてくださいね」


 サラが恐ろしい速さで返答する。

 まさに間髪入れず。悩むそぶりすらも見せない。

 その割には、声に厳しさがなかった。


「あ、や、えっと、遊びに行くわけではなくて」


 何と説明するのが適切なのか、慎重に言葉を選ぶ。


「王なのに、街に出たことなかったから。どんな人たちが暮らしている国なのか、見てみたいと思って」


 僕がそう言うと、サラがわざとらしく厳しい顔を作る。

 何かマズイことを言っただろうか。


 数秒の間。


 無理ならいいんだ、と謝ろうか考えているうちに、ゆっくりとサラの口が開いた。


「仕方ありませんね。お昼から、一時間だけですよ」



 やれやれ、と言った口調で言ってはいるものの、表情は正反対だった。

 人は、そんなに優しく笑えるのか。



 本来の王も、こうして仕事中、街に抜け出したいと何度も言っていたのかもしれない。



 そう思うには、十分すぎるほどの微笑みだった。




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