いせかいせいかつ



 王としての生活は、思った以上に大変だった。


 まず最初に、屋敷内の人達の名前と顔を全て覚えた。これは、自分から一番最初に覚えたいと言った。


 ボロを出さないためにも必要なことだが、何よりも、相手の愛情を受け止めるために必要なことだった。


 次に、屋敷の中を覚えた。これは、未だに覚えきれていない。よく使う部屋の位置は覚えたが、無駄に広い上に使わない部屋が多すぎる。

 屋敷のメイド達も覚えてなかったりするので、そこまで覚える必要もないと後回しにしている。


 そして、王の仕事を覚えた。というか、現在進行形で覚えている。これが一番大変だった。


 王なんて特にすることもないのに玉座に座って偉そうにしているんだろうと思っていた。が、実際やってみると思った以上に仕事が多い。

 そもそも、ここには屋敷ということもあって玉座がない。大体は執務室に籠って書類の整理をすることになる。


 アルバイト以外の仕事をしたことがない僕には慣れない作業で、何よりもまず、内容が理解できなかった。


 難しくてわからないよぉ…とかではなかった。

 そもそも異世界の文字が読めない。


 義務教育課程で異世界語を教えてくれる授業があるなら喜んで受けていたので、決して馬鹿だから理解出来ないわけではない。と思う。

 習っていたはずの英語でも読めないとは思うが。気にしない。


 なので、自分で一応書類に目を通し文字を覚えながら、サラに内容を読み上げてもらうことになる。

 そして、読み上げて貰った内容に対して質問しながら書類を通す。


 効率が悪いので仕事が溜まり忙しくなり、執務室に籠もることが多くなるので滅多に人に会わず、人に会わないのでボロが出ることもないまま日常に慣れつつある、というのが現状だった。


 何故、城ではなく屋敷なのか。気になってサラに尋ねたことがあるが、国民が親しみを持って訪ねやすいよう、あえて屋敷という形をとっているらしい。


 なので、兵が待機する場所も別の場所にあり、住んでいるのもメイドだけだった。

その分、人を覚えるのは楽だったが、王という立場からすれば少し不安でもある。


「あ、おーさまだ!おはよー!」


 ふいに、後ろから声をかけられる。とほぼ同時に背中にドシンと衝撃が走る。


「おはようアイリ。いつも言ってるけど、挨拶しながら突進してくるのはやめてね」


 衝撃の主が、えへへと全く反省する気がなさそうに笑う。

 彼女の名前はアイリ。初日の朝食の時、やたらと話しかけてきた子だ。


 10歳ぐらいの女の子で、言動も年相応なので、メイドらしさを一切感じない。唯一、その身に纏うメイド服だけがメイドらしい。


「おーさま、あんまりがんばると、またからだわるくなっちゃうよ?」


 僕が欠伸を噛み殺したのを見てか、アイリが心配そうに覗き込んでくる。

 彼女の言っている「また」が、僕が来る前のことなのか、初日の朝のことを言っているのかわからず、曖昧な返答をしてしまう。


 彼女達との距離が近くなればなるほど。

 日常に慣れれば慣れるほど。

 彼女達の愛している“王様”が自分ではないという現実が胸を苦しめていく。


 忙しいが故に、唯一“自分”を晒すことができるサラと過ごす時間が多くなっていることが、今の僕の救いになっていた。


「きょうのごはんは、なんだろうねー!」

「それ、朝ごはんの時に言うセリフじゃないと思うよ」


 隣を歩くアイリの笑顔を見る。この笑顔を守るためにも、僕は頑張らなくてはならない。

 自分の決意を、再び固める。

 彼女たちの望む、“王”でなければいけない。


 でなければ、ここにいる意味がない。


 いつの間にか、胸のつかえはなくなっていた。




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