王になる決意






「僕が…王…?この国の?」



 アニメや漫画では、よくある話だ。


 無個性、無目的で生きていた主人公が、ひょんなことから異世界に来てしまって…というパターン。


 かく言う僕も、無個性、無目的で生きていたタイプの人間で。

 理解は出来る。だけど、納得は出来なかった。


 少し、目を閉じて考える。部屋に沈黙が訪れ、時折、彼女の吐息と、外から聞こえる僅かな喧騒だけが僕を思想の沼から引きずり出そうとする。


 考えるべきことは、いくつもある。

 その殆どが、考えてもわからないことばかりだった。



 彼女から聞き出した質問の答えを、頭の中で反復する。ルレーヴ王国。この国の名前。サラ。彼女の名前。ツカサ。僕の名前。王。僕が、王。



 何度目かの反復を繰り返したところで。

 ふと、違和感を覚えた。


「この国の王の…いや、僕の名前は、ツカサ・ナカムラで合ってるんだよね?」

「…はい。貴方のお名前は、ツカサ・ナカムラ様です」


 ここだ。

 ツカサ・ナカムラというのは、僕の名前だ。


 中村司。これが僕の名前。


 司。名前負けしていると思っていた。王だ、と言われればその心配もなくなるだろうけど。


 ここは異世界。僕の仮説は正しいと思う。

 ならば何故、彼女が今この世界にやってきたばかりの僕の名前を知っているのか。


 状況から見て恐らく、入れ替わりの類だろうと思う。入れ替わりというよりは、移り変わりに近いかもしれない。


 元々あった「この世界の王としてのツカサ・ナカムラの体」に、「元の世界の僕としての中村司の精神」が入ったような感じだろう。


 理屈も理論も抜きにすれば、知識として『そういう可能性』を見てきたからか、思ったより冷静に考えることができる。

 今の状況と彼女の様子を見ると、精神の移り変わり、それが一番しっくりくる気がした。


 もう一つの世界の自分に、自分の精神が呼ばれる。さっきも言ったが、よくある話だ。アニメや漫画では。


 問題は、実際にそれを体験してしまっていること。現実で。


 夢なら覚めて欲しい。とよく言うが。

 正直、異世界という響きに心踊っていた。


「混乱しているところ申し訳ありませんが、あまり時間もありません。形だけでも、朝食に参加していただきたいと思います」


 悩む僕を余所に、彼女が催促する。

 王の仕事というやつなのだろうか。


 となると僕は、他人の生活サイクルを、王としてなぞらなければいけないらしい。


「…わかった。それじゃ、朝食の後でいいから、時間をもらっていいかな」


 情報過多で普段使わない部分を酷使した頭を抱え立ち上がり、朝食へと向かった。







 王としての朝食は、なんというか想像通りだった。


 無駄に広い広間に案内され、無駄に大きい机の誕生日席に座る。並べられた無駄に豪華なご飯を、無駄に多い人数で食べた。


 途中何度か近くに座っている人達が話しかけてきたが、サラが「本日は体調が優れないようですので、お静かに」と注意してくれたので、特に会話することなく食事を終えることが出来た。


 そのおかげで食べ終わってすぐに部屋を出ることにも何も疑問を抱かれなかったが、心配そうな視線が、ここにはいない王への愛を感じさせて、心が痛かった。


 来た道をなんとか思い出しながら自室に戻ると、そこにはまだサラの姿はなかった。


 彼女がメイドとして料理人役を兼任しているのかは知らないが、何か仕事があるのだろう。この世界にやってきて、初めての一人の時間だった。ベットに横になり、目を閉じる。


 考えることも、知らなければならないこともたくさんある。


 自分が何故ここにいるのか。

 何をしなければならないのか。

 元の世界に戻ることは出来るのか。

 僕は元の世界に戻りたいのか。

 元の世界に戻ってどうするのか。


 元の世界に戻っても、特に大切なものがあるわけでも、大切な人がいるわけでもなかった。


 それならば…。


 窓から差す朝日の心地よさに意識を落としそうになりながらそんなことを考えていると、扉が開き、近づいてくる音が聞こえた。


「食べてすぐ横になっていると、お体によくないですよ」

「メイドって普通、主の部屋に入る時はノックとかするもんなんじゃないの?別に気にしないからいいけど」


 こちらの世界にも部屋に入る前にノックする。という文化があるのか知らないが、彼女の“王”に対する愛情が見え隠れする言葉に耐えられず、意図せず少し棘のある言い方になってしまう。


 少し言い方がキツすぎたかと思い彼女を見るが、特に気にしてはいなさそうだった。


「そうですね。申し訳ありません。次からは、そうさせていただきます」

「いや、別にいいよ。気にしないから。普段がそうだったんなら、直さなくていいよ」


 いきなり現れたのは僕の方なのだ。それで僕に合わせろというのは少し傲慢すぎる。

 現れたくて現れたわけではないけれど。


「それで、早速だけど、僕がどんな人間だったのか教えてほしい。それと、王として何をすればいいのか。その上で必要そうな知識についても聞きておきたい」


 僕の言葉に、彼女が意外そうな顔をする。

 何故、と言いたそうな顔をしている。


 理由は、大したことじゃない。


 彼女の悲しそうな顔を見た。食堂で、心配そうな視線をたくさん感じた。王に対する愛に痛いほど触れさせられた。


 愛する王がいなくなったと知って、悲しむ顔を見るのはもう嫌だ。それだけの理由だった。


 自分が元の世界に戻りたいのかはわからないが、皆が愛している王を元に戻してあげたいとは思った。そのために何をすべきなのかわからない今、僕に出来るのは王になりきることだけだった。


 自分はこんなに善人だっただろうか。


 こんなに他人のことを考える人間だっただろうか。


 理屈は通っていないはずの自分の思考に、何故だか疑問は持たなかった。



 結局、これは建前で。

 誰かに求められている気がしたから。

 生きていく理由を、正当化できると思ったから。

 物語の主人公に、憧れていたから。

 異世界で過ごしていきたい、だけなのかもしれないけれど。



「王がいなくなったと知ったら、皆、君みたいに悲しむだろう。それは嫌だ。それに、どうせ何をしたらいいかわからないんだ。今の現状が、僕のせいだっていう可能性もある。だったら、王として振舞ってみようって思った。振る舞いたいと思った。」


 そう言うと、彼女が少し微笑んだ気がした。



 彼女の、悲しむ顔は見たくない。

 これは、本心だと思う。

 何故かはわからないけれど、彼女には笑っていてほしいと、心が訴えている。



 それだけが、僕が王になる理由。




 それが、僕が王になる決意だった。

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