出会い、はじまり





「えっ…あの…えっ?」


 目の前に、メイドがいる。


 朝起きたら、目の前に美少女がメイド服を着て立っていた。



 何故?



「どうかしましたか?もしかして、私が朝から…可愛すぎましたか?申し訳ありません。可愛すぎて」


 彼女がさらっと、真顔で言う。

 優しくて、綺麗な声だった。


「いや、確かに信じられないくらい可愛い。けど、そうじゃなくて」


 どういうことだ?目が覚めたらメイドがいる?夢の続き?メイドの姿をした強盗?あっ、早くバイト行かないと店長に怒られる!っていうか、この子誰?っていうか、今日は新商品の品出しが…!


 突然のことに頭が回らないとはいうが、逆に回りすぎて何も考えられていない頭を悩ませながら彼女を見ると、彼女も何故か驚いたような顔をしている。


「えっと…どうかしたんです…か?」


 おずおずと、彼女に声をかけてみる。ここで気の利いた声のかけ方が出来るほど、女性経験豊富でないのが僕だった。


 というか、女性経験はゼロだった。


「それは、こちらがお聞きしたいです。いつもなら、そのようなことは口にされないのに…」


 いつもなら…?

 彼女は今、いつもならと言った。それはつまり、僕と彼女は昔から知り合っていたということになる。当然、僕は彼女を知らない。でも、彼女は僕を知っているらしい。


 混濁する思考に耐えきれなくなって、僕は無意識に彼女から目を逸らした。

 そこで、ある事に気づく。


 ここは、自分の部屋じゃない。


 彼女の存在に気を取られすぎて気がついていなかったが、自分が普段寝ているベッドでもなければ、アニメグッズがたくさん置かれた部屋でもない。というか、ベッドも部屋も無駄に広い。


「どうかされたのですか?今日は少し…いえ、いつもおかしいので、今日は特に変ですが…」


 なるほど。天然毒舌系メイド。ありがとうございます。大好物です。


 状況が把握できていないのに、そんなことを考える余裕があった。


 おそらく、彼女に敵意がないことが、彼女の声から伝わってくるからだろう。

 少なくとも、今のところは。


 とはいえ、現状は変わらない。謎の場所に居て、目の前には謎の美少女。何一つ理解できていない今、僕に出来ることは彼女との会話だけ。情報を集めるためにも、彼女と話をしなければならない。出来るだけ刺激しないよう、言葉を選びながら。


 空回りする頭で、ひとつひとつ、必死に整理する。


「えっと…君は…誰?」


 整理して、やっと出た台詞がこれだった。

 彼女の反応が固まったのを見て、補足を続ける。


「申し訳ないんだけど…僕は、君の知ってるご主人様じゃない。君は僕を知っているみたいだけど、僕は君を知らない。多分、君の知ってる僕も、僕じゃない」


 そう言うと、彼女が酷く悲しそうな顔をする。この世の終わりを見たような顔だ。

 彼女の、非難する所が見つからないほど整った顔を歪めてしまったことに、胸が痛くなる。


「…何をおっしゃっているんですか?そんなはずは、ありません。その中途半端な見た目も、その、少し面倒くさい話し方も、全て私の知る…ご主人様です」


 絞り出すように、彼女が告げる。彼女の言葉は、まるでそうであって欲しいと願うかのように聞こえた。


「…ごめん」


 僕には、謝ることしか出来なかった。彼女の言葉を否定することも出来ず、彼女を慰めるような言葉も、励ますような言葉も出てこない。こういう時、どういう言葉をかけるのが正解なのかわからなかった。


 自分の情けなさと、彼女の悲痛な視線に耐えきれず、僕はもう一度目線を逸らす。

 窓の外には、青空が広がっている。



 ――青く光る月が浮かぶ、青い空が。



「…月?」


 空には、月が浮かんでいる。

 月は、青空全てを照らすように淡く青色に光っている。


 その光景は、とても“非現実的”な美しさだった。


 それだけで、自分の中でひとつの仮説を立てるには十分だった。


「いくつか、質問してもいいかな?」

「…どうぞ」


 彼女の声が、警戒したものに変わっている。

 それでも綺麗な声なのに、最初に感じた優しさは失われているように聞こえた。


「ここが、どこなのか教えて欲しい。君が誰で、…僕が誰なのかも」


 僕の想像が正しければ、答えは1つしかないだろう。

 最近流行りの、アレだ。


 彼女の顔が、一瞬強張って、泣き崩れたように見えた。それでも、すぐに何かを察したような顔で、口を開いた。


「では、まず1つ目の質問から。

ここは、ルレーヴ王国のお屋敷です」


「ルレーヴ王国…?」


 聞いたことがない国名。恐らく、僕の予想は当たっているだろう、と思った。


「大陸の東に位置する、小さいですが、平和な国です」


 そう告げる彼女の声は、再び優しさに満ちていた。多分、この国のことが好きなのだろう。


「次に、2つ目の質問ですが…。私は、サラと申します。このお屋敷で、メイドを勤めさせて頂いております」


 サラと名乗った彼女は、その見た目通りメイドらしい作法で自己紹介をした。

 メイドというものを実際に見たのは初めてなので、少し感動してしまう。僕の最近の推しキャラはメイドキャラだった。

 そんな感動も無視して、彼女が淡々と話を続ける。





「そして3つ目ですが…」






「貴方は、ツカサ・ナカムラ様」






「この国の、王です」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る