「おはようございます。少し、起きるのが遅いですよ」

@pwmtstars

おはようございます。






 ーーーーーーーーます。




 声が、聞こえる。


 ーーーーーございます。


 優しい声。懐かしいような、ずっと聞いていたいような、愛しい声。

 声の主は、僕のことを愛しているんだろう。そして、僕もこの人のことを愛しているんだ、と感じた。


 ーーーようございます。


 この人は、なにを言っているんだろう。

 僕に、何を伝えたいんだろう。


 考えるうちに、段々と意識がはっきりしていく。もう少しで、彼女が何を言っているのか、聞こえる気がした。


 耳を澄ます。愛しい彼女の声を、聞き逃さないように。



 ーおはようございます。







 声が聞こえると同時に、目が覚める。昨日、何の目的もなく適当な時間にセットした目覚ましが、おはようございます。おはようございます。と繰り返し鳴っていた。


 声の主は、昨日購入した好きなアニメの目覚ましボイスだったらしい。


「夢オチ…っていうか、目覚めオチ…」


 そんなもんだろう、と思った。

 夢の中では、ここが現実だと、何の疑いもしてないのに、起きてしまえば夢だとわかる。そんなものだ。


 夢の中で、現実で起きた出来事よりもよほど感動的な事が起こったとしても、目覚めてしまえばすぐに忘れてしまう。

 泡沫の夢、とはよく言ったものだ。


 胸に消失感が残っている。夢を見た後、何故だかとても悲しくなる。夢の内容は、覚えていないのに。


 思い出そうと頭を使えば使うほど、夢の輪郭は霧になって、伸ばした手で触れられないまま、消えていく。


 言葉に出来ない寂しさ。

 この感情こそが、泡沫のように消えてほしい。


 繰り返し声をかけてくれている目覚ましを止めると、部屋には自分と布団が擦れる音だけが響く。


 静寂。まさにその通りだと思う。


 静かなのは、寂しい。





 夢の内容を欠片一つも思い出せなくなったところで、ようやく布団から這い出る。

 どうしても、起きてから体が活動するまでに時間がかかる。体を世界に慣らすような感覚。


 ベッドから出る頃には、起きた時に感じた胸のモヤモヤは無くなっていた。


 しかし、意識がはっきりしてみると、起きたというより、起きてしまったという表現が正しいかもしれない。


 やることがなかった。絶望的に。

 目覚まし、購入したからには試したい。それだけの理由でこんな時間に目覚ましをセットした昨日の僕を呪いたい。


 よく考えると、いや、よく考えなくても時間はもう少し遅くてもよかったかもしれない。時刻にして、学生が登校を終えているぐらいの時間帯。しかも今日は休日だった。

 僕にはあまり関係ないが。


 高卒フリーター。それが僕のプロフィール。それ以外には特になし。

 しかも、今日はシフトも入っていない。予定は真っ白。まさに白紙だった。


 何もしていないと、部屋の静けさが気になるようになる。声どころか、音も鳴る気配がない。

 僕以外に誰も住んでいないのだから当たり前なんだけど。


 静寂。


 よく耳を澄ませば、外は音がしていた。

 もしかしたら自分は今、世界に一人なのかもしれないと恥ずかしいことを考えていたけど。


 そんなことはなかった。世界には当然のように時間が流れ、その中で色んな人が生活している。


「たまには、映画とか、見に行こうかな…」


 たまには、という言葉通り珍しく行動的な発言をしたな、と自覚する。部屋に一人が寂しくなって、外に出たくなるなんて。


 何年一人で暮らしてるんだ。


 誰にでもなく誤魔化すように半笑いになる。


 それすらも誤魔化すように顔を伏せ、すっかり大人しくなったスマートフォンで上映中の映画を調べながら立ち上がった。






 久々の外出は、正直言って最悪だった。


 見に行った映画自体は、最高だったと思う。お互いの想いとは裏腹に、運命に引き裂かれ別れた2人が再開するシーンでは、少し涙も流してしまった。


 問題は、劇場内が8割カップルだということ。

映画を見終わった後、所狭しとイチャイチャするカップルを見るのは正直辛かった。


 映画の主人公達のように運命的な出会いをしたわけでもないのに、自分達の出会いも運命だよねというような顔をしている。

 お付き合いというものをしたことがない僕にはわからない感情だった。


 とは言え、映画自体は良かったのでパンフレットを購入した。物販でもカップル達の列に並ぶことにはなったが、それはもういい。


 映画を見終わった後は、同じ建物内に入っているフードコートでハンバーガーを食べた。フードコート内もカップルで溢れていたが、もはやカップル世界に慣れて気にならなかった。

 これも満足した。


 久々の外出ということもあって、買い物も大掛かりに行った。それなりに田舎の、それなりに大きなショッピングモールなので一通りのものは購入できる。

 これも同じく満足した。


 問題なのは、予報されていない大雨。記録的なゲリラ豪雨らしい。

 買ったパンフレットはビシャビシャになり、田舎の脇道に捨てられたエッチな本のようになってしまった。


 今日一日の全てが無駄になったような気持ちで帰宅して、自分の体を冷まさないようにすぐにシャワーを浴び、今に至る。

 体温は戻ってきても、パンフレットは戻ってこない。

 虚無感。


「今日は…もう寝よう…」


 多分今日は悪い日だ。こういう日は、早く終わらせてしまうに限る。寝てしまえば、悪いことは起こらない。まだ普段寝ている時間まで四時間ほどあったが、今日は早く起きた分、早く寝るだけだ。バランスは取れている。


 誰に責められるわけでもないのに自分に言い訳しつつ、早々とベッドに潜り込む。


 胸がザワザワとしている。それでも何にどんな感情を抱いているのかは自分でわからない。

 早く夢を見たかった。



「せめて夢でくらい、いいことがありますように…」



 起きたらまた、寂しくなるとしても。

 せめて、夢の中では。


 そう思いながら、僕の意識は闇に溶けていった。







 ーーーーーーーます。



 声が、聞こえる。


 ーーーーございます。


 流石に、二日連続になれば僕にもわかる。

 目覚ましの声だ。


 ーーーようございます。


 愛しい声だ。当たり前だ。僕が好きな声優の、僕の好きなキャラクターの声なのだから。


 ーおはようございます。


 今日はシフトが入っている日だ。ギリギリな時間に目覚ましをセットしたので、起きなければ、店長に怒られてしまう。


 憂鬱だなあ…と思いながら、目を覚ます。











「おはようございます。少し、起きるのが遅いですよ」



 目を覚ますと、そこには美少女メイドが立っていた。





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