弓と鹿威し

春風落花

 俺こと弦野つるの 奏弥そうや高2は今現在、早気である。


 なったことのある人はわかるだろうが、早気というのは弓道において的に狙いをつける会という動作で、その状態が保てずに、矢を放ってしまうことである。


 これは弓道において、弓引きとして、致命的なことだとされている。


 そんなある種の病気であったとしても、高校弓道というのは、次々に大会が来る。


 そんな病気、なんて言うのなら、大会など出なければいい。


 そう思う人もいるだろう。


 だが、現実、大会の選手というのは練習の的中だけを見て決められる。この場合がほとんどである。


 それに、奏弥の場合はもっとたちが悪い。


 奏弥は早気なのである。


 所謂、緊張に弱いというやつである。


 練習で当たってしまうので、奏弥は今回も選手に選ばれてしまっている。しかも、三年生の引退試合で。


 「どうすりゃいいんだ・・・」


 そんな独り言は、六月の曇り空に吸い込まれていく。


 部内で早気の人はいない。顧問も弓道については全くのド素人。孤独といっても差し支えなかった。


  「おい、弦野。時間だぞ。早く来い」


  「は、はい。すみません」


 三年生は皆、ピリピリしている。当たり前だ。なのだから。


 もう、  やるしかない。


 そんな切羽詰まった状態でも進行は待ってくれない。


 どうすればいい。


 「起立!」


 気づけば、もう自分のチームの番だった。まるで、夢でも見ている感じだ。思考がループして、浮いてる。震えが止まらない。


 そんな時だった。を見たのは。


 俺は一年の時、弓に名前を付け、シールを貼った。


 小羽こはね


 だけど、重要なのは、名前を書いたシールだ。それは竹の模様、


 鹿だったんだ。


 その当時は、ただ、鹿威しの音と弦音が似ているというだけで選んだんだ。


 それなのに、俺は直感した。これだと。


 一人前の先輩が、離れる。


 俺は、弓を打ち起こす。震えはいつの間にか止まっていた。

 的を見ながら、弓を引き分けてくる。


 会に入る。


 ここには、俺と、小羽、君の二人きりだ。観客も、先輩も、的もいない。


 そうして、イメージするのは鹿威し。


 水がたまるように、横に伸びる。


 ただ、伸びる。離れという一瞬に向けて。


 ただ、伸びる。͡小羽と一緒に。


 機は熟した。鹿威しが貯めた水を一瞬で使うように、今までの会を矢に乗せる。


 カーン


 それは、俺のイメージ内の音か、弦音か最初わからなかった。


 パアン! 


 「シャア!!!」


 ああ、これだ。この感覚。これが、これだけが欲しかったんだ。


 やっと帰ってこれた。



 


 お待たせ、小羽





 今、 帰ってきたよ




 


 





















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