04 じょう

 きじまの運動神経は悪くなかった。

 器用だし、飲み込みも早い。

 けれど、見ているとどこかちぐはぐだった。きじまの動作の後ろには、全て理がくっついているのだ。

 どらくらい飛べば、どこに手が届くのか、いちいち計算しているみたいに見える。

「木島は笑わないな」

 そう言ったのは拝島だ。それはちゃんと覚えている。

 拝島はきじまに一種の特別な情感を持っているようだった。情感? 感情? それらはどう違うのだろう。情感。感情。ともかく、何か特別の感覚路。

 感覚路なんて言葉はないか。

 単に期待ということだったのかもしれない。あるいは島馴染みとか。

 だって、一つ下の代の経験者はみんな栗みたいだったのだ。栗みたいだと言っても、誰にも伝わらなかったけど、みんな不安定にころころして、ぼそぼそしていた。中身を食べる前に飽きてしまうだろうと、ひと目見て思った。

 だから、期待を掛けるとしたら、確かにきじましかいなかった。

「どうにかしてやれないかな」

 と、拝島は言った。

「口角上げて練習するように言おっか?」

 そう言って見上げると、拝島は悪い息を微かに吐いた。

「そういう問題じゃないよ」

「そういう? どういう?」

「心の問題」

「こころ?」

 思わず笑いそうになってしまったので、口をむにむに動かして、なんとか耐えた。

 拝島はもうきじまに視線を戻していて、憂い目をしている。

「バレーが好きじゃないのかな」

 本当に心配しているみたいだった。

 セキニンカンというやつだろう。キャプテンになったばかりだから、心配しなくてはいけないと思い込んでいるのかもしれない。

 あたしはそれが面白くて、面白くなかった。

 この競技で、あれだけの恵まれた体格を持っていて、心がどうとかなんて。

 馬鹿みたいだ。

 でも、みんな馬鹿だから仕方がない。




「ねぇきじま。ちょっと笑ってみて」

 一度出た更衣室に戻って、そう言った。

 きじまは、塾があるからと言って、先に帰った人間のモップを最後まで丁寧に終わらせて、かび臭い部屋の中で一人、シューズを袋にしまっている所だった。

「は」

 とまた口から音を漏らした。

 棒きれのように長い足が制服からはみ出ていて、やはりあたしは、ちょっと良くない感情になった。感情? 情感?

 きじまは子鹿みたいな体をしている。でも子鹿は、成長したら鹿になって、鹿になったら、しなやかに、どこまでも高く飛ぶのだ。

 高く、遠く。

「お前、笑わないね」

「あの」

 何を言っているのか、という顔であたしを見上げてくる。この子はいつもあたしの目を見ている。いつまでも飽きない子供みたいに見ている。

 目が綺麗で、と言ったあの時と同じ、こいねがう顔で見ている。

「あ、あの。ちょっと」

 どこまで行けば目を離すのだろうと、近づいて行ったら、鼻が触れあう手前まできてやっときじまは後ずさった。

「どうしたんですか?」

 先輩。と、やはり哀願の声を出す。

「目が見たいのかと思って」

 そう言うときじまは「う」と、声になる寸前の音を出し、瞳を揺らした。

「すみません」

「なにが?」

「え?」

「なにを謝るの?」

「怒って、いるのかと」

「怒ってるよ」

 そう答えると、小さく「すみません」と声が帰ってきた。

「違うよ。怒ってないのに怒ってると思われて怒ってるんだよ」

「はぁ」

「ねえ、笑ってよ」

「ちょっと、意味が、あの――近いです」

 と、きじまは弱々しくあたしの肩をそっと押した。目尻に涙がためなら、顔をそらす。耳の縁が赤くて、皮膚の下に血が流れているのが見えるような気がした。

 面白い。

 面白くない。

「見たいだけ見て良いよ。お前だけ、特別ね」

 そうだ。あたしは最初から、手酷く突き離すために、きじまを側に置いたのだ。

 そうしてちゃんと成し遂げた。

 あの時の顔。どうしようもないくらいに傷ついているのに、あたしの目を見て、哀願することをやめられない顔。いつまでも、請い願って止められないでいる顔。

 これできじまはあたしのことを一生忘れないだろう。

 一生、忘れないはずだ。

 忘れないはずだったのに。 

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