第446話 ワンスアポンアタイムの置き土産

 昔々のそのまた昔、キアーラ様が神様修行を始めて五十年くらい経ったある日の事。

 海の向こうの大陸から、空飛びクジラの群れに紛れて魔術師達が沢山マグメルにやって来たそうだ。

 目的は避難。

 海の向こうの大陸で魔術師狩りが起こったんだそうな。

 原因は色々あって、疫病が魔術師の妙な実験のせいで起こったからだとか、聡明だったが魔術の使えぬ王を魔術師が誑かしたせいだとか、或いは人間がその豊かな妄想力で生み出した神が魔術師を「悪魔の化身ゆえに殺せ」と信徒に命じたからだとか、まあ色々言われている。

 で、その空飛びクジラに紛れて逃げて来た魔術師達を、当時のマグメルの人達は実にあっさり受け入れたらしい。

 何でかと言えば、自分達も逃げて来てキアーラ様にすんなり受け入れてもらった者達の末裔だから。

 キアーラ様の死後から五十年、まだその偉業の影響は健在だったのだ。

 それで、その助かった魔術師の一人に夢幻の王の友人がいたそうな。夢幻の王は友人が助かった事にとても感謝していて、この地に防衛システムを築いたという。


「もしかして……」

「うん。一定以上マグメルの町に魔力が感知されたら、それを隠すようにマグメル周辺──マグメル湖全域の気候を荒れさせて、外界から遮断してしまうための魔術装置を置いてったのよね」

「うわぁ……」


 それだけではないとキアーラ様は仰る。

 何でもレクスが町に降りる時にも、城や彼の存在を感知されないようにマグメルの気候が荒れる設定にしてあるらしく、マグメル上空を空飛ぶ城が通過するだけでも荒天になるんだとか。


「では、今気候が荒れてるのは……」

「そりゃ、二代目の夢幻の王が御来訪中なんだもの。吹雪くわよ」


 彼は自分の城や持ち物に目印をつけて、システムに識別させていたらしい。今回天候が荒れたのは、島に沢山の魔力が籠った物があった挙句に、レクスのゆかりの品である夢幻の王をいつも通りに腰につけて持ち込んだことが原因だったのだ。

 私は吹雪を呼ぶ子どもだったっていう、ね……。

 でもシステム的にまだ疑問が残る。それを私はキアーラ様にお伺いしてみた。


「じゃあ、夜になったら晴れるのは……?」

「夜には荒天システムが停止するから。夜はこのマグメル大聖堂が島全体に結界を張る仕組みに切り替わるのよ。魔術市を邪魔しないために」

「魔術市を邪魔しないために?」


 何でだろう?

 首を捻ると、それはヴィクトルさんが教えてくれた。


「魔術市は今でこそ単なるバザールになってるけど、昔は情報交換や安否確認の場っていう側面もあったんだよ」

「勿論それは人間の魔術師だけではなく、エルフやドワーフ、ゴブリンや獣人族や魔族、ありとあらゆる種族が利用していたんですよ」


 ロマノフ先生の補足に、キアーラ様もうんうん頷いてる。

 すると奏くんが「はい!」と手をあげた。


「どしたの、茶髪の坊や? 奏ちゃんだっけ?」

「はい、奏です! えぇっと、じゃあ、言い伝えのお宝は?」

「ああ、宝石だか竪琴って噂になってるやつ?」

「それって単なる言い伝えなんですか?」


 ちょっと唇を尖らせた奏くんは、多分「言い伝えだけとかつまんない」と思ってるんだろう。

 その言葉にキアーラ様が苦笑を浮かべた。


「あー、宝探しってロマンだもんねぇ。それなんだけどさ、あるのはあるのよ」

「え!?」


 これに驚いたのは奏くんでも私でも、勿論レグルスくんや紡くんでも、まして宇都宮さんでもない。

 ヴィクトルさんが目を軽く見開いた。


「え? あの、こちらを以前調査した時はそんなものは……」

「無かったでしょ? 覚えてるよ、エルフ君。めっちゃ探してたよね」

「あ、はい。しかし……」

「そりゃそうよぉ。私の力で秘匿してたもの。だけど君、隠すとこ隠すとこ調べようとするから、あの時は本当に参ったね」


 けらけらとテンション高いキアーラ様の笑い声が響く。

 ヴィクトルさんの目は、かなりいい線でキアーラ様の秘匿を見破っていたらしい。けどそれが今一歩見つけられなかったのは、レクスのシステムの問題だそうな。


「だって自分で歩き回れるんだもん。だから調査し終わった方に逃げ込んだりして、どうにかやり過ごせたってのもあるわ」

「なるほど」


 エルフ先生達が苦く笑う。

 動き回られた上に神様の守りがあれば、そりゃ見つからないのも仕方ないよね。

 納得していると、キアーラ様がひらひらと手を振った。


「でね。ここからが本題」

「はい」

「折角遊びに来てくれたんだし、お土産でもって思っててぇ」

「え? いや、そんな……」


 思ってもない事を言われて、首を横に振る。

 歴史の話を聞かせてくださっただけでも大分歓迎されているんだなって感じてるのに、お土産とか畏れ多すぎだ。

 遠慮していると、キアーラ様が私の肩に手を置かれる。


「君、そのお宝連れてっちゃっていいよ」

「ぅえ!?」


 そう言われても、その装置はマグメルの防衛装置だったって聞いたばかりで「ありがとうございます」とは言えないって。

 どうしようかと思っていると、キアーラ様が「防衛に関しては問題ないよ」と仰った。


「問題ないんですか?」

「うん。だって今は平和じゃん? それでなくとも、ここにはこの地域の守護神として私がいるんだもん。防御機能の肩代わりぐらいできるわよ」

「ああ、なるほど……?」


 土着の神様は土地を守ってくださるって事かな?

 それはそれで凄い恩恵なんだな。

 じゃあ、マグメルにはもう装置は必要ないって事なのか……。

 そんな事を考えていると、キアーラ様が眉を八の字に落とした。


「要らないって訳じゃないのよ。千年近くマグメルを守ってくれたんだし。とても有難くて、得難い存在だって思ってる。でもだからこそ、そろそろ自由にさせてあげたいなとも考えるんだよね」

「じゆう? そのおたからはじゆうじゃないの?」


 レグルスくんがこてんと首を傾げた。

 自分で動き回れるのに自由じゃないってことは、存在自体はマグメルから動けないって事だろうか?

 そう尋ねれば、キアーラ様が頷く。


「そう。心があって自在に動くことが出来る魔術人形なのよね。マグメルに漂う魔素や、住んでいる住民からほんの少し魔力を吸い取ることで無限に活動できるの。私が神として力を付けるまで、本当に何度も助けてもらった。だからこそ、役割を肩代わりできるようになった今、自由に何処にでも行けるようにしてやりたいの。あの子、空飛ぶ城に帰りたいのよ。天気が悪い日は、よく空を見上げてるもの」


 キアーラ様がそっと目を伏せた。その表情は悲しそうな、寂しそうな、そんな感じ。とてもさっきまで朗らかに笑ってた陽気なお姉さんとは思えない雰囲気だ。


「本当に、その魔術人形さんを連れて行って良いんですか?」


 私は感じたままに、言葉に出した。

 それにキアーラ様は困ったように手をもじもじと動かす。


「だって……切なそうに空を見上げてるんだもん。そんな姿見たら帰らせてあげたくなるじゃない」

「……神様って心が読めるんですよね? 心の声、聞こえたりしないんですか?」

「私は下級神だから、身内だと認識した相手の心の声は聞けないの」


 なるほど、聞こえないって事か。

 キアーラ様の大きなため息に、つられてこちらも大きく息を吐く。

 心があるなら、先に本人に意思確認した方が良いんじゃないのか?

 私の中の何かが、そうやって警告する。これは多分私の持つ【千里眼】からの警告だ。

 並んで聞いていた奏くんが、私の肩に触れる。奏くんの顔には「同感」って書いてあるから、彼も私と同じ予感がしたんだろう。

 即ち魔術人形本人に意思確認せよ、だ。

 それを口にする前に、レグルスくんがツンツンと私の袖を引っ張る。そうして小声で「オルガンのちかくにだれかいる」と教えてくれた。

 探ればたしかに極々薄い気配があって、それは先生達も気が付いているようで、ほんの微かにエルフ特有の尖ったお耳が動く。

 キアーラ様もその気配に気が付いたのか、きゅっと唇を噛んだかと思うと、打って変わって笑顔を作った。


「そもそもあの子は夢幻の王が作ったんだもん。造った人に返すのが筋で」


「しょう?」とキアーラ様が言い終わる前に、オルガンに潜んでいた気配が、激しく揺れて飛び出していくのを感じる。

 これ、拗れるやつーーーー!!


「レグルスくん! 奏くん! 宇都宮さん! 追いかけて!!」

「はい!」

「まかせろ!」

「お任せ下さいませ!」


 飛び出していく三人の背中を見送って、私はもう一度大きくため息を吐いた。

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