第447話 以心伝心と手抜きは紙一重
何故か人間は、いや、意思疎通が図れる生き物は、それ故に言葉に出さずとも自分の気持ちは相手に伝わる、逆もまた然りなんて思い違いをするんだ。
それはどうも神様も同じらしい。
違うな。
この世界では神様を元に人間が作られている。神様でさえ、心の声が聞こえなければ相手の気持ちを読み間違えるんだから、それより劣る人間はもっと齟齬があっておかしくない。
駆けて行ったレグルスくんと奏くん、宇都宮さんの背中を、ラーラさんが悠然と追っていく。
ちらっとそれが見えたから、私はキアーラ様に視線を戻した。
「……どなたか存じませんけど、聞いてるのが解っててああいう言い方をしましたね?」
「だって、未練なく飛び立ってもらいたくて……」
「要らないから返すって受け取られても仕方ない言い方でしたけど?」
「それはそれで、気兼ねなく自由になれるなら構わないよ」
「聞いてたご本人が傷ついても、ですか?」
口調が尖る。
神様だからって何してもいいわけじゃないんだ。傷つける事を自身が承知してたって、そこに思いやりがあったとしても、傷つけられた当人は納得できやしないんだ。
泣いて馬謖を斬った諸葛孔明は、自分の見る目の無さと指導力の無さを悔やんで自己嫌悪と自己憐憫に浸ってりゃいいさ。だけど斬られた馬謖の痛みや無念に思い致さないのはどうなんだ?
ましてや今回、当事者さんに非は全くないときた。
これってちゃぶ台返ししていい場面では?
イラっとしつつ目前の女神様を睨めば、私が結構に怒ってることに気が付いているようで、彼女は半分泣きべそをかいていた。
「だって……千年近く一緒にいたのよ? あの子がどれだけ優しいか、私が誰より知ってる。あの子は私がただ自由になっていいって言ったって、きっとお城に戻らずにここに残ってくれるわ。だけどあの子が荒天の日は空を切なそうに見上げているのも知ってるんだもん!」
「だから追い出すような物言いを?」
クッソ面倒くせぇ。
そう思ったのが顔面に出てたのか、ヴィクトルさんに小声で「お顔作って!?」と言われてしまった。
でも振り返ればロマノフ先生は白けてるし、ヴィクトルさんだって目線が泳いじゃってる。
キアーラ様は切なげに空飛ぶお城を探すように見られてるなら、それを「何で?」って聞けば良かったんだよ。普通は。
じゃあ普通に聞けなかったのは何でかっていえば、身内認定するくらいにはキアーラ様はその魔術人形を心の中に入れてたから、か。
身内だと思うくらい大事な人に「実はお城に帰りたい。貴方の傍から去りたい」なんて言われてしまったら、辛いもんね。
でも、大事だからこそ相手の望みを叶えてやりたいとも思うんだ。
だけど長く一緒にいる相手だからその気性は知っていて、役割がなくなっても傍にいてもらえるぐらいには好かれてるのも解ってる。それでどうすりゃ良いかって思いつめての行動なんだろうけど、正直に言えば「全然ダメじゃん」だ。
めっちゃ拗れるヤツじゃん。
そしてこの間まで、似て非なる感じで拗れてた兄弟達を知ってるんだよなぁ。解決法も、だ。
「あえて厳しいことを言いますが、自分勝手が過ぎます」
「う……」
「私はその魔術人形さんが望むならお城に迎えるのも吝かじゃないですよ? でも、メンタルケアまで託される所以はないです。相手を大事に思うのも解らなくないけど、肝心なとこで手抜きが過ぎる!」
「て、手抜き?」
「ええ、手抜き」
結局は思い込みなんだ。
自分が相手を理解してるとか、相手に理解されてるとか。言葉が無くても通じるなんて言うのは、今までの関係性の上に築かれた甘えでしかない。
相手の考えも心のうちも、言葉に出してもらってようやく伝わる。考えた事も、思った事も、声に、言葉に出さなきゃ相手には伝わらない。それが意思持つ者が言葉を持つ理由じゃないか。
これは第一皇子と第二皇子が、お互いを思いやるが故にすれ違ったのと似てる。
人の心が聞こえる故に、逆に心の声が聞こえない相手に対して抱く不安がある事。
それが原因で百華公主様や氷輪様達が艶陽公主様と長くすれ違っていたのとも、そう変わらない。
両者とも結局は、自分の考えている事を言葉と時間を尽くして伝えるのを「お互い解っている筈」なんて勝手な思い込みでやらなかったせいなんだ。
これを手抜きと言わずして、なんという!?
まあ、その点は私だって人のことは言えないわな。レグルスくんも父上を慕ってるなんて思いこんで、随分と複雑な思いをさせたんだから。
過去の体験が確実に身になってるよね、嬉しくないけどな!
長く深く大きく、腹の底から息を吐き出す。
「とりあえず、誤解を解きましょう。その上で、きちんとお話ししてからです」
「うん……、その、ごめんなさいね?」
「謝る相手が違います」
少女のような天真爛漫さは、裏を返せば無神経さに繋がる。それも魅力のうちではあるんだろうな。憎めない人だとは思うもん。面倒くささはあるけど。
一礼してクロークを翻して、私はキアーラ様に背を向ける。
紡くんを促して、レグルスくんや奏くんの駆けて行った方向に足を向ければ、先生達も一緒に歩き出した。
「……キアーラさま、おにんぎょうさんのことがすきなのにどうしていわないんですか?」
「うーん、遠慮されちゃうからじゃないかな?」
「えんりょ?」
紡くんの「なぜなにどうして」は、私にも真っ直ぐに向けられる。
「例えばだけど、紡くんがお勉強したい時にお友達に『遊ぼう!』って言われたら、お勉強したいと思ってもお友達と遊ぶことってないかな?」
「あります。ちょっとだけ」
「どうしてかな? 紡くんはお勉強したいんでしょう?」
「だって、せっかくあそぼうってやさしいきもちでさそってくれたのに、がっかりさせちゃう……」
「キアーラ様は魔術人形さんが『優しい』って言ってたよね? 紡くんも誘ってくれた子をがっかりさせたくないから、遊びたくない時でも遊ぶ事を優しい気持ちで選ぶことがある。それと同じように、魔術人形さんが優しい気持ちでキアーラ様の事を考えて、したくない事をしてしまうかも知れないから、かな」
「……でも、いわなきゃわかんない……」
ぽつっと困ったように零す紡くんの頭をわしわし撫でる。
伝える事が良いことばかりとは限らないけれど、伝えなくては何も始まらない事すらあるんだ。
奏くんと紡くんだって一度は拗れかけたのを、巻き返したのは紡くんの勇気と奏くんの真摯な誠実さだった。思ってる事を伝えるのは勇気がいるし、それを真摯に受け止めて相手に返すのは誠実でなければ出来ない。
あの兄にしてこの弟っていうのは、真理なんだろう。
かつかつと大聖堂を奥へと進むと、地下に向かう螺旋階段があった。
「その下のようですよ。話し声が聞こえますね」
ぴくぴくとロマノフ先生とヴィクトルさんの耳が動く。なので螺旋階段を紡くんと手を繋いで下りれば、開けた場所へと出た。そこから左右に廊下が伸びていて、右の廊下の突き当りにある扉の前で宇都宮さんとラーラさんが手をふるのが見える。
とことことそこまで行けば、ラーラさんが親指で扉を指した。
「中でひよこちゃんとカナに慰められてるよ」
「そうなんですね」
宇都宮さんとラーラさんは私達がいずれ追って来るだろうことを見越して、扉の前で目印になるべく立っててくれたそうだ。
なので代表して、その扉をノックする。それから鉄の輪っかのようなノブを引くと、私は思い切りドアを開けた。めっちゃ重い。
建付けの悪さを想像させる音を立てて開かれた扉から見えたのは、ひよこちゃんと奏くんの背中。
その真ん中、二人に背中を擦られている巨大な鳥の嘴に尖った耳、鋭い目つき、細く枯れ枝のような手足に、蝙蝠の羽を背に着けた小鬼のような石膏像がさめざめと泣いていた。
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