第445話 言葉も出ないという言葉が出る
翌日も荒天。大雪なり。
でもロマノフ先生がマグメルにある大聖堂の調査許可を取ってくださったので、行かないのももったいない。
大聖堂には結界とかないからヴィクトルさんの転移魔術ならひとっとび。
そういう訳で、朝ご飯を食べた後にちょろっと行くことになった。
魔術で降り立ったのは大聖堂のエントランス。
ちょっと見た感じ、左右に別棟があって、奥には大きな祭壇が聳えていて、その脇にお布施を入れる鉢のようなものがあったり、オルガンがあったり。
このオルガンは新年の祈りの会で演奏されるとか。
マグメルは芸術で有名だけど、その芸術には勿論音楽……楽器の演奏やら声楽も含まれている。
マグメルで生活することも音楽家には栄誉な事だけど、マグメル大聖堂で行われる新年の祈りの会で行われる音楽会に演者として招かれる事はその上の栄誉なんだそうな。
なんか菊乃井歌劇団に関して「マグメル音楽会には招待されない程度」って悪口があるらしいけど、分野が違う事でああだこうだ言われてもな……。
てくてくと奥に歩いて行くと、神像が見えてくる。
マグメルでは歌舞音曲を愛する我らが姫君・百華公主様が崇められてるんだけど、それとは別に雪の女王なる女神様も崇められている。
この雪の女王様のお名前は秘匿されていて、この大聖堂の長のみが口伝で伝えられるそうだ。何でかって言うと、この雪の女王様は遥か昔、帝国成立より五百年くらい前にマグメルを治めた実在した人間だったから。
雪の女王様は戦乱の最中、虐げられる芸術家たちを分野を問わず保護して、守りぬいてくれた心豊かな女王様だったそうだ。
彼女の死後、その偉業を讃え、数多の芸術家が自らの技を競うように彼女に捧げて、結果大聖堂が建ち、音楽会が行われるようになり、町には美しい絵画が飾られる事なった。
しかし帝国成立以前の旧世界で宗教改革が起こり、「人間風情を神々と同列に崇めるとは何事か」と、彼女の存在を戦争の口実にし、攻め込まれかけたらしい。
その当時のマグメルの領主だった人物が、雪の女王とは土着の冬の精霊を祀ったもので、かつての女王とは無関係という調査結果をでっち上げて、これを回避したそうな。
でもそれはやっぱり対外的な話で、真実は雪の女王を崇めるのだとして、彼女の名は大聖堂の長に秘匿されながら伝わっているんだって。
なんでそれが解禁になったかと言えば、帝国の初代皇帝が「信教の自由」を認めたからだ。これを以て、マグメルの信仰の真実が明かされたとか。
因みに姫君様はマグメルに関して「良き音楽を捧げはするが、それが鼻につく時もある」という評価をされている。
閑話休題。
一段高い台座にすくっと姿勢よく立つ水晶で作られた神像のドレスには、雪の結晶の模様が浮かぶ。お顔の造りは繊細で、凄く綺麗だ。
今にも動き出しそうなそれをじっと見ていると、神像のなだらかな頬に赤みが射す。
え? 赤身?
あんぐりと口を開けてみていると「どっこいしょ」と神像がゆっくりと動き出した。
「はー、立ちっぱなしも疲れるのよねぇ」
そう言うと水晶がどんどんと質感を変えて、まるで人間のような肌の色に変わっていく。纏っているコリント様式の柱のようなドレスの裾を端折ると、神像は妙齢の女性となってすとんと台座に腰かけた。
あわあわすると言葉も出ない。
そんな私に、人間になった神像がにかっと笑いかけて来た。
「貴方、鳳蝶ちゃんでしょ? 待ってたのよぉ」
「ひぇ! ま、待ってた!?」
「そうそう。百華公主様からこっちに来るって聞いてて、いつ来るのかなって思ってたんだけど、そりゃこんな吹雪いてたら来れないわよねぇ」
ケラケラと面白そうに笑うその人に、ちょっと戸惑っていると、くいくいと手を引かれる。
下を向けばレグルスくんがこちらを見上げていた。
「ひめぎみさまのおともだち?」
「え? や、そう、かな?」
いや、そうなんだろうな。姫君様から私がこっちに来るって聞いたって仰ってたし。
その前に、水晶から人になるっていうのは普通じゃない。こんなこと出来るのは……。
「あ、私、神様っていうか、超下級の地方を守る土着の神様ってやつ。百華公主様の部下みたいなもんだから、あんまり畏まんなくていいよぉ」
「……そうなんですね」
なるほどな。
という事は、このお方の正体はアレだ。
「マグメルの雪の女王様……ですね?」
「そうそう。ありとあらゆる芸術を愛する、マグメルのかつての放蕩女王・キアーラさんですよぉ」
「え? 名乗っちゃっていいんですか?」
「いいんじゃなぁい? 私が秘匿してって頼んだんじゃないしぃ」
「ああ、そうか……」
そうなんだよな、歴史の流れでそうなっただけで別にこの女王様が名前の秘匿を願った訳じゃない。
気を付けなきゃいけないのは、こっちがうっかりそれを言わないかどうかだ。現地の人が守っている事を、ポッとでの余所者が踏み躙ってはいけない。そういう事だよね。
話を聞いていたレグルスくんは「れー、きをつけるね」とお口を両手で塞ぐ。見回せば奏くんが紡くんに「内緒だぞ?」と言い含めていて、紡くんも大きく首を上下に振った。
ハッとして振り返ると、宇都宮さんは苦笑いしながら口の前で両手の人差し指をクロスさせてペケ印を示して「言いません」の合図を出しているし、ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんは目が遠くを見ている。
そんな私達の様子を気にすることなく、女王様はこきこきと首を鳴らした。
「やー、昨日から神像に降りてたから、肩こっちゃった」
「あ、いや、それは大変失礼しました」
「いいよぉ。こっちが勝手に昨日来るもんだと思いこんだんだから」
ひらひらとキアーラ様が手を閃かせる。
なんか、神様っていうか、近所の気のいいお姉さんみたいな雰囲気。元々人間だったから親しみやすい雰囲気なのかな?
「いや、私生前からこうだったけど?」
「え? でも、女王様って……」
「ああ、私、担がれた庶子だから。偶々魔術の天才でさ。戦で大活躍したら、あれよあれよと王位継承者になっただけ。それまでは随分な扱いだったのにね。で、あんまり腹が立ったから王家を弱体化させるために、ありとあらゆる贅沢してやったのよねぇ。あ、勿論貴族連中から搾り取ったお金でね」
「まさか……民に重税を課させたとか、そんな?」
「それはない。寧ろ民から税金取るのを禁じたくらいよ。そのせいで神様になんかなっちゃって」
民の感謝の念やら尊敬やらが信仰に繋がり、キアーラ様の魂は下級の神様クラスの力を持ってしまって、姫君様に召し上げられたんだそうな。
そういう強い信仰を持った魂は、放っておいたら生きとし生けるものの負の思念に影響を受けて、その魂自体も良くないモノになってしまうとかで。
それで姫君様から縁あるマグメルの地の守護を任せてもらったんだって。
「生きてる時にはそれほど愛着はなかったんだけどさぁ。長く見てると段々マグメルの町も可愛くなってきちゃって。最近はそれなりに住民に恩恵も与えられるようになってきたんだよねぇ」
「そうなんですか……。えぇっと、ありがとうございます?」
「なんで疑問形なの、超ウケる」
ケラケラと陽気な笑い声が大聖堂に響く。
何というか、マグメルの神様は朗らかなんだな。天候と違って。
しみじみ感じていると、キアーラ様が「それなんだけど」と、少し真面目な表情に変わった。
それって何だろう?
首を捻るとキアーラ様が「天候なんだけど」と仰る。
「天候ですか?」
「うん。凄いマグメルって荒れるじゃん?」
「らしいですね」
「それって、君のせいなんだわ」
「へ?」
思いもよらない言葉に絶句すると、キアーラ様が首を横に振った。
「正確に言うと、君っていうか『夢幻の王』を名乗る魔術師のせいなんだよね」
マジっすか……。
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