第440話 世界は人間を基準とはしていない

 市に入ってまず私の目を引いたのは色とりどりのアクセサリーだった。

 魔術師が作るアクセサリーなんだから、まずただのアクセサリーじゃない。それ自体が武器になるとか変わった物から、使われている石やら紐やらがとんでもない素材の物もあれば、それを身に着ける事で強化されたり弱体化させられたり、魔術的な細工がされた物など様々だ。

 市は露店の形態で、各自が持ち寄った台だのテーブルだのの上に、商品を傷付けないような布が敷かれ、そこにトレイや皿を並べてその中に指輪や腕輪を並べたり、戸棚のようなものを持って来てピアスやネックレスを引っ掛けたりしている。

 前世の即売会を彷彿とさせるそれに、かなりワクワクしていると、ひよこちゃんが私の手を引っ張った。


「どうしたの?」

「にぃに、アレみて」


 レグルスくんが指差した先には、沢山の草が束ねてテーブルに置かれた店で、軒先からはドライフラワーが吊るされている。

 彼の指先の示す場所をじっくり見ると、そこには萎びた大根のようなものが横たわっていた。


「ござる丸のなかまがいる」

「え? アレ、マンドラゴラ?」

「どれだ?」

「どこー?」


 ござる丸とは似ても似つかない、萎びて茶色くなってしまった四肢のある大根を凝視していると、奏くんや紡くんも気になるのかそちらに視線をやる。

 二人ともやっぱり首を捻って、物凄く怪訝な顔をした。


「ああ、れーたんよくマンドラゴラに気付いたね」

「マンドラゴラが魔術市に出るなんて珍しい事もあるもんだ」


 ヴィクトルさんもマンドラゴラだっていうならそうなんだろう。ラーラさんが少しだけ首を傾げた。そして何を思ったかその露店にとことこと近付いていく。

 慌てて私達もその後を追った。

 ラーラさんは「お邪魔するよ」と、こちらに背中を向けていた店主と思しき人に声をかける。

 ゆっくりと黄土色のフードを被った人が、こちらを振り返った。


「いらっしゃい」


 振り返ったその人は、背は低いものの筋肉が盛り上がった身体に、毛むくじゃらの緑の皮膚だった。

 その目付きが鋭く延び放題の顎髭がついた顔が、ラーラさんに向いた途端陽気な色を帯びる。


「おお、ラーラじゃないか」

「やあ、アントニオ! 魔法市にマンドラゴラを持ち込めるなんて、キミくらいだと思ったんだ!」


 どうもお知り合いらしい。

 きょとんとしつつロマノフ先生やヴィクトルさんを見上げると、二人もちょっと驚いたような表情だった。

 そんな私たちをアントニオさん……でいいのかな。彼がラーラさんの肩越しに私達を見て、そしてまた視線をラーラさんに戻す。


「あれか? お連れはお前さんの従兄殿達と菊乃井のお子さんたちかね?」

「そうだよ」


 頷いたラーラさんが私達を手招きするので行ってみると、アントニオさんが胸に手を当ててお辞儀してきた。

 ラーラさんが機嫌良さそうに微笑む。


「彼はボクの友人のアントニオ・ウルキオーラ。優秀なプラントハンターだよ」

「そうなんですね」


 ラーラさんのお友達なら名乗っても騒ぎにならないだろう。そう思って口を開く前に、アントニオさんが頭を深く垂れた。


「若き二代目の魔導の王よ、お会いできて光栄です」

「あ、え? 私は……」

「レクス・ソムニウムは私の故郷では夢幻の王ではなく、魔導の王と呼ばれているのですよ。ならば後継者の貴方様も魔導の王とお呼びせねば」

「あー……なるほど?」


 いや、なるほどって思うほど納得はしてないんだけど、それがアントニオさんの故郷での礼節なら、受け取らないのはどうかって話だもんね。

 それに彼は私だけでなく勿論ロマノフ先生やヴィクトルさんにも丁寧に接してくれたし、レグルスくんや奏くん・紡くんにも礼儀正しく接してくれた。

 奏くんなんか、アントニオさんに凄い感激されて握手を繰り返してたくらい。

 なんでもアントニオさんの末の弟さんが怪我で冒険者を廃業せざるを得なくなったんだけど、奏くんの考えた農業魔術で生き生き実家の農場で働いてるからだそうな。


「怪我をして帰って来た時は死んだ魚のような濁った眼をしていたもんですが、農業魔術を知ってそれを使えるようになって以来、冒険者をしていた時より引っ張りだこでしてね。どんどん怪我をする前のような明るい目になっていったもので」

「そっか。うん、良かったよ。本当にじいちゃん以外の人のためにもなってるんだな」

「勿論。ありがとう、奏さん」

「呼び捨てでいいよ。おれ、まだ子どもなんだしさ」

「なんの。善き行いをしてくれた人に敬意を表すのに、子どもも大人もないさ」


 にかっと大らかに笑うと、アントニオさんの口から上下鋭い牙が見える。

 でも威圧感もないし、なんかアレだ。雰囲気が菊乃井の冒険者ギルドのマスターのローランさんに似てる気がする。

 ようは頼れるオジサンって感じ。

 和やかに話していると、ラーラさんが顎を擦って真面目な顔をした。


「アントニオ、ここで会ったのも何かの縁だ。キミ、定期的に菊乃井に顔を出さないか?」

「うん? ラーラ、どういうことだ?」

「ボクの叔父様が象牙の斜塔の大賢者だってのは話したことがあるだろう?」

「おお。斜塔に面会を申し込んだらろくすっぽ話も聞いてもらえずに追い返されたけどな」

「ああ、聞いてるよ。その節は本当に悪かったね」

「いやぁ、賢者様ご自身から詫び状を貰ったしな、どうも思っちゃいないよ」


 聞いている以上に象牙の斜塔はおかしいのかも知れない。網を細かく張るようにしていて正解だったようだ。

 肩をすくめたアントニオさんは、本当にからっとした表情だからラーラさんや大根先生に思うところは無いらしい。

 彼はラーラさんに視線で話の続きを促す。


「その叔父様なんだけど、とうとう象牙の斜塔に嫌気がさして菊乃井に居を移したんだ。それで叔父様の弟子達も菊乃井に集まることになっててね。その弟子達の中には植物や薬草の研究をしている者も多いらしい。そこで植物採取を代行してくれる優秀なハンターの伝手がないか聞かれてたんだよ」

「そうかい。そりゃ構わないが……」


 そこでアントニオさんが私を見る。


「その……菊乃井はゴブリンの出入りはいいんですかい?」

「え? 構いませんけど。菊乃井の町は犯罪者以外は出入り自由ですよ」


 きょっとーん。

 何を聞かれてるのかイマイチ理解できなくて、そんな感じの私の両肩をラーラさんが力強く握る。


「この子、そういう思い込みとか偏見はないから」

「いや、そうか。そうだな、お前さんが関わっているお方ならそうなんだろうな」


 大事な情報が取っ払われている会話に、私は益々首を捻る。

 するとロマノフ先生が眉を顰めて不愉快そうな表情を作った。


「ゴブリンの皆さんには濡れ衣も同然ですよね」

「ええ、まあ……」


 言葉少なくなるアントニオさんに、話を聞いていたヴィクトルさんも頷く。それから周りにこちらの声が聞こえないように結界を張ると、ヴィクトルさんが口を開いた。


「ゴブリンは昔から他種族の……主に人間やエルフの女性に暴行を加えるって言われててね」

「は?」

「その……拐(かどわ)かして同意もないのに性的な事をするって」

「あ、あー……?」


 そういや前世の記憶を探るとそういう創作物があったよ、主に大人向けのヤツ。

 でもあれって、前世の「俺」にはいつも引っ掛かってた事があるんだ。


「失礼な話ですよね。言葉を交わすことの出来る存在が、それを使用することなく獣のように振る舞うと思い込むなんて。おまけに人間やエルフの美人が、ゴブリンにとっての美人だと決めつけるとか。ゴブリンの美人はゴブリンの美人でしょうに」

「そうなんですよね。人間やエルフの顔かたちなんて正直余程親しくない限り、ゴブリンにとっては見分けがつかないものです。自分達にだって社会を形成するだけの文明はあるんですよ。それが何で見境もなく襲ってくるだのと思えるのか……」

「人間やそれに類する種族の美醜の基準がどこの世界でも通じるなんて思い上がりも甚だしいことです。独自の文化を築いている相手に向かって、同じような文化ではないから蛮族だと罵る側の方が余程野蛮じゃないですか。犯罪は種族問わず行われるからこそ、種族問わず法の下に罰せられるべきものです」


 異文化・異種族の壁って、何でこんなに残念なものが多いんだろうな?

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