第441話 本格派は細部にこだわりを持つ

 ゴブリンの側からすれば人間とそういう関係になるのは、それこそ特殊な嗜好の持ち主なんだそうな。

 同じ意思疎通ができる存在ではあるけど、人間の容姿はゴブリンからすれば彼らの美しさの範囲から大きく逸脱しているのがその理由だ。

 だからって人間を醜い生き物と思うのでもなく、そういう骨格の生き物と肯定的ではある。

 余程人間より理性的だと思うけどね。

 しかし皮一枚の美しさが大事なのはどんな種族でも否めない。

 何せ第一印象の良さは見た目が大きく占めるのだから。

 とは言えその美しさは、髪の毛に脂肪やフケが浮いていないとかボサボサの生えっ放しじゃないとか、目に目脂(めやに)が付いていないとか、汚れのついた服を着ていないとか、そういったどうとでもなる所でもある。所謂清潔感というヤツ。

 それが最低限担保された上で、更に好意的に見てもらおうと思うのであればプラスアルファが必要という事だ。

 だって中身なんて初対面の、本当に顔を合わせた一瞬で把握できないだもん。

 じゃあ何で相手の警戒を解くかって言ったら、身形の確かさしかないじゃん。

 中身で勝負しようにも、とっかかりの最初で警戒されたら無理だろう。

 ……なんてことは前世でも語りつくされてきた事だ。是非も無し。

 とりあえず、菊乃井でそんな問題がないとも言い切れないので、アントニオさんには菊乃井にいらしたら私かそれに類する人に連絡が行くように手配するために、直筆の手紙を渡しておいた。

 ここの市が終わってしばらく後に菊乃井に寄ってくれると約束をいただいて、今日のところはお別れ。

 途中の屋台で、ロマノフ先生が温かいミルクティーを買ってくれた。

 ここのミルクティーは砂糖だけじゃなくほんの少し塩が入っていて甘じょっぱい。

 不思議な味に驚いていると、ヴィクトルさんが笑った。


「この甘じょっぱいのもミルクティーだけど、塩だけのミルクティーもあればお肉が浮いてるヤツもあるんだよ」

「おにくがういてるの!?」

「それは最早スープなんでは……?」

「でも概念的にはミルクティーなんだよ」

「ほぇぇ、色々あるんだなぁ」

「つむ、しょっぱいミルクティーはじめて!」

「ボクも最初飲んだ時は世界が変わったと思ったよね」


 屋台の近くに置かれたテーブルセットに移動して、休憩がてら軽食を摂ることに。

 先生達がそれぞれお勧めの物を買ってくれたおかげで、テーブルの上が華やかだ。

 例えば白くて長い渦巻キャンディ状のソーセージやら、芋とチーズのガレットや、小麦粉を練って作った種の中に刻んだ卵やミートソースを入れてからっと揚げた物やら、魚のフライにビネガーをかけた物とか、本当に色々。

 白い渦巻ソーセージを一口齧ると、じゅわっと肉汁が口いっぱいに広がる。

 これ、かえって料理長に説明したら作ってもらえるかな……。

 料理長と言えば私が神様から異世界の色々を教えてもらっていると知った辺りから、渡り人の遺したレシピの収集に努めてくれている。

 彼の事だからカレーもソースもマヨネーズも、恐らく異世界の物だって気付いたんだろう。

 渡り人の遺したレシピはきちんとこの世界に根付いた物もあれば、戦乱のどさくさで遺失したものもあるし、渡り人本人が他人に教え切れず失伝したものもあるそうだ。そういった物を蘇らせたいっていう思惑があるとも、本人から聞いている。

 その思惑は董子さんの研究とも重なる部分があるそうで、今後菊乃井家の食卓は益々華やかになっていくんじゃないかな。

 それだって貴族社会では十分な武器だ。美味しい物につられない人間の方が少ないんだから。

 社交界で生きるための武器が増えてくのは結構だけど、それをフル活用しないですむ方が平和でいいんだよなぁ。

 つらつらと思考が流れていく。

 武器って言えば、レグルスくん達のごっこ遊びって凄く本格的なんだってイゴール様から聞いたけど武器とかどうしてるのかな……。

 思い立ってレグルスくんの隣の宇都宮さんを見る。

 メイドの仕事の徹してくれて、今だって静かに私達の後を着いて来てくれてるんだけど、その彼女はレグルスくんのごっこ遊びにも付き合ってくれてるんだった。


「ねぇ、宇都宮さん」

「はい。どうかなさいましたか?」

「イゴール様がごっこ遊びお疲れ様って前に言ってたんだけど」

「ふぁ!? そ、そんな滅相もない!」


 宇都宮さんが血相を変える。なんか焦ってる感じだけど、サボってるって言ってるみたいに聞こえたかな?

 訂正しとかないと。


「レグルスくんと一緒に遊んでくれてるんでしょ? 私が出来ない分宇都宮さんがいてくれて安心してるんだ」

「は、あ、いえ、そんな……」


 それこそ滅相もないと手を振る宇都宮さんに、レグルスくんが真面目な顔をした。


「にぃに、うつのみやはすごくがんばってくれてるんだよ」

「そうなんだ」

「うつのみやだけでなく、かなもつむもアンジェもだけど」

「そっか」

「うん。きくのいのへいわはれーたちがまもるからね!」


 レグルスくんが幼児とは思えないほど凛々しく見える。彼だけでなく奏くんも紡くんもとても凛とした顔で頷いた。

 本当に本格的なんだな。

 ならもっと本格的にしてあげたい気がしてきて、私はとあることを思いついた。


「あのさ、その菊乃井戦隊って衣装とかどうしてるの?」

「衣装?」

「うん。戦隊ってお揃いのデザインで色違いの服着るって聞いたんだけど?」

「そう言えばユウリさんがそんな事言ってたな……」


 私の疑問に奏くんが顎を擦る。

 このリアクションからして、お揃いの服って訳じゃなさそうだな。当たり前か。


「じゃあさ、私が作ろうか?」

「え? いいの?」

「うん。簡単な物ならすぐに作れるから」


 それに本格的にするなら「変身!」とか声をかけて特定のアクションを取れば、服が変わる感じの細工が出来れば良いかな?

 そう言えば先生達が「いいんじゃない?」と同意してくれる。


「そういう衣装が変えらる魔道具が出来たら、舞台でも早変わりする時に使えそうだよね」

「ユウリもそんなような事言ってたよ。魔術が使える世界なんだから、もっとこう衣装に夢を持たせたいとか何とか」

「うーん、えっと……」


 ちょっと仕組みを考える。

 前世の特撮とかいう映像では、腰につけたベルトや手に持った万年筆くらいの杖、或いは化粧用のコンパクトとかを使ってたっけ。

 あとはベルトに変身の起動用の鍵を挿したり、万年筆みたいな杖が光ったり、コンパクトから光が溢れたりして姿が変わってた気がする。

 という事は、その道具にあらかじめ衣装がしまわれていて、起動するとその衣装が出てきて自動で服を交換。元々着ていた服は反対に道具の中に仕舞われる感じになるんだろうか?

 いや、そもそもの服を戦闘用の衣装に変換すればいいのか?

 その辺は追々考えるとして、辺りを見回せば丁度コスチュームに使えそうな布やベルトが売ってたりするじゃないか。

 魔術の付与効果を倍増させる布や糸なんかもあるから、それは後で買って帰ろうか。

 あとはコンパクトやらベルトに使う魔石や、クズ魔石で作ったガラスビーズなんかも必要かな?

 そう思ってお店を色々見ていると、アクセサリー屋さんに挟まれて口紅や香水の瓶が置いてある店が、肩身が狭そうに出店されていて。

 その店の看板に奇妙な文言があった。


「うん? 化粧で魔術が使えるようになるかも……?」


 どっかで聞いた話だな?

 どこだったっけ?

 思い出せないままその店を見ていると、不意にこちらを見た店主とばっちり目があう。

 するとその人が一瞬大きく目を見開いたかと思うと、いきなりこちらに向かって走り出した。

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