第439話 利他に似た利己

 夜になった。

 驚くことに、一寸先は白い闇なくらい吹雪いていた空が、急に雲間が出来たかと思うと一気に晴れたのだ。

 まあ、びっくり。

 空には真円の月がぴかぴかに光っている。


「ほらぁ、晴れた!」

「こんなにビックリするほど天気が変わるんですねぇ」

「だよなぁ」


 胸を張るヴィクトルさんに、私も奏くんも首を激しく上下に動かす。

 神秘的な現象にレグルスくんも紡くんも、あんぐりと口を開けているほどだ。

 魔術市でもお菓子や飲み物、軽食が売られているから、それも醍醐味って事で、ロマノフ先生やラーラさんに教えてもらって、夕食は軽めに。

 普段ならお家でくつろいでいる時間だけど、今日は夜更かししてもいい事になっている。

 先生達と手を繋いで、いざ魔術市に出陣だ。

 市はマグメルの町の外れにある森林公園の大きな広場を貸切って設置されている。

 町ぐるみのバザーって感じだけど、勿論町の外からの出品も買い付けも自由だ。

 てくてくと歩いていると、森林公園の入り口に色とりどりの光の灯ったランプがふわりふわりと浮いていた。

 その下で、フードを目深に被った人が来場者に何やら水晶玉をかざしては覗き込み、それが終わってはランプを手渡すのを繰り返す。

 そこが受付だとヴィクトルさんが言うと、私達も受付に出来ている列へと並んだ。


「おやぁ……?」


 私達の番が来て、ヴィクトルさんやロマノフ先生、ラーラさんを見たフードの人が声を上げる。


「これはこれはお久しぶりでございますねぇ」

「ああ、君か。久しぶりだね」

「四、五十年ぶりですかねぇ……。ちっともお変わりないようだ」

「僕らはそういう生き物だからね」


 フードの人からはしゃがれてるけど、女性の声が聞こえて来た。それに答えるヴィクトルさんは少し寂しそうに笑ったかと思うと、私やレグルスくん、奏くん・紡くんをその人の前に押し出した。


「今日はちょっと連れがいてね。この子達に魔術市の参加証を作ってやってよ。それで時々は市の開かれる案内を出してくれるかい?」

「そりゃ構いませんけど……」


 そういってフードを被った……お婆さんでいいのかな? その人が私を覗き込んで水晶をかざす。

 すると水晶の中に蒼や紫の炎のようなものが揺らめいた。


「はぁん……随分とまあ、変わった魔力をもっていなさる。流石にこのエルフの旦那のお連れだねぇ」

「え? 私、なんか変です?」

「変というより、珍しいんだよ。普通の人間は魔力の色が一色なんだけれど、極々稀に色が二つとか三つとか……そういう事もあってねぇ。そういう人間は良くも悪くも偉大な魔術師になるもんさ。そうさね、彼のレクス・ソムニウムの魔力は夜の帳のような群青と、朝陽が昇る寸前の藍、真夏の真昼の蒼だったそうだよ」

「へぇ、そうなんですね」


 関心しきりで頷けば、お婆さんが「ひひひ」と笑う。

 奏くんが肩をすくめて苦笑いする。


「あれじゃん、若さま。良くも悪くも偉大な魔術師になるって褒められてんじゃん」

「え? そうなの?」

「話の流れからしてそうだろ。まあ、悪い魔術師ってのは無いと思うけどな」


 からから笑う奏くんにお婆さんがまた水晶をかざす。

 すると今度は水晶の中につむじ風のように渦巻く銀の光が見えた。その次のレグルスくんは、前世で太陽を観測した時に見えた湧き上がるプロミネンスのような紅で、紡くんは大地にしっかり根を張った大樹の葉のような深緑。宇都宮さんは清く朗らかな桜色。

 皆それぞれ違う。

 その結果にお婆さんがまた「ひひひ」と笑った。


「なるほど。菊乃井のお家はご当主様だけが特別ではないようだ」


 呟かれたそれに、一瞬息を詰める。

 けれどあからさまに表情を変える訳にもいかないので黙っていると、ラーラさんが手を上げた。


「そのくらいにしておいてくれるかな。プライベートなんだ」

「おやまあ、野暮だったね。じゃあ、手続きは終わったから次から勝手にお家に招待状が届くよ。来るもこないも自由さ」


 そう言うとお婆さんは私達にランタンを一つ一つ渡してくれた。このランタンはお婆さんの説明によれば、魔力で光量を調節出来るし、使わないで家に置いておけばこれを目印に魔術市の招待状が届く魔道具なんだそうな。

 ランタンを翳しながら市の入口をくぐると、地面と空間が撓む。それは瞬きするほどの時間でしかなかったけれど、はっきりと先ほどとは違う場所に進んだことが感じられた。


「……ちょっと位相が変わってる?」

「解りますか? 空間拡張の魔術が公園全体にかけられているんですよ」

「へぇ、すげぇな」


 ロマノフ先生の説明に奏くんが驚いて声を上げる。紡くんもびっくりしたのか、大きく目を見開いていた。

 たしかに公園一帯を拡張するほどの魔術って凄い。けども私にはそれより気になる事があった。


「あの、さっきのお婆さんですけど」

「うん?」

「なんで私が『菊乃井家当主』って気が付いたんです?」

「そりゃあ、君が思っている以上に魔術師界隈ではあーたんの名前は知れ渡ってるから、だね」


 ヴィクトルさんがケラケラと笑う。

 それから教えてくれた事だけど、ヴィクトルさんがまず魔術師界隈では有名人。その有名人が菊乃井のような田舎に引っ込んだって事で、その界隈では「菊乃井に何かあるに違いない」って話は去年の始めには出てたらしい。

 それでもって菊乃井で幻灯奇術や圧力鍋なんかのよく解んない魔術や、農業魔術なんてお役立ちの魔術が開発され、極めつけは私自身が武闘会なんて公衆の面前で神龍召喚をやった訳だから、そりゃあ特定されるわ観察されるわで有名になって当たり前だっていう。


「あとね、レクスのお城もあるし」

「ああ、たしかに」

「でもそれだけじゃないんだ。あーたんは魔術師界隈の希望の星でもある訳だから」

「は?」

「遺失魔術を蘇らせて、自分達に見せてくれるかも知れないってさ。凄く期待されてるし、尊敬もされてる」


 思わぬ言葉に目が点になる。

 するとヴィクトルさんが私の頬っぺたを軽く摘まんで、ぷにぷにと揉んだ。その表情は何か悪戯を思いついた時の顔で。

 周りに視線を送っても、ロマノフ先生もラーラさんも同じような表情でニヤニヤしてる。それだけじゃなく、ラーラさんは奏くんの髪の毛をわしゃわしゃまぜていた。


「ラーラ先生?」

「カナも注目の的だよね」

「そうですね。なにせ食うに困っていた魔術師の救世主ですし」

「はぁ? なんだ、それ? おれ、なんもしてないけど?」

「農業魔術は下級の土系の魔術しか使えない人達の希望になってますよ」


 ロマノフ先生の言葉に、奏くんはきょとんとして、それからからりと笑う。


「あんなん、おれじゃなくてもいつか誰かが考えついてたよ。おれはじいちゃんの腰痛対策に考えただけなんだし」

「それでも、それが他の人の生きる術になってるんです。いい流れじゃないですか」

「そっか。でもそれなら若さまのお蔭じゃん」

「え?」


 奏くんが真面目な顔で私の方を向く。

 なんでそんな事を言われるのか解んなくて首を傾げると、奏くんが私の肩に手を乗せた。


「だって若さまが『勉強したらできる』って言って、おれにも魔術勉強させてくれたからじゃん」

「ああ……そういう。いや、でも、友達が欲しかったからだから、まるっきり奏くんのためって考えた訳でもないんだし」

「おれだって別に他人のために農業魔術作った訳じゃないぜ?」


 私達はこういうとこで似ているから、気が合うのかも知れない。

 そんな事を考えていると、ロマノフ先生やヴィクトルさんやラーラさんに、わちゃわちゃと奏くんやひよこちゃん、紡くんと一緒くたに撫でられた。


「自分が幸せでいるために、自分の大事な人を幸せにしたい。究極の利己は究極の利他に似るのかもしれませんね。難しい事は兎も角、君達が良い子で私は鼻が高いですけどね」

「僕もだよ。君達の先生になれて良かった」

「これからも良い先生であれるよう、ボクらも頑張るよ」


 三人の先生の視線が、とても優しく私達を撫ぜた。

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