第430話 エクストリーム鬼ごっこ、始まる

 翌朝、腹立たしいくらいの晴天。

 いつもの如く朝ご飯、菜園の世話、動物の世話をした後、私達はお弁当とか敷物とかピクニックの用意一式を持って鬼ごっこのためのお出かけ。

 って言っても、フェーリクスさんと先生達の転移魔術で跳んできただけだから何処か判んないけど。

 イカれたメンバーを紹介するぜ?

 まず鬼はロマノフ先生、ヴィクトルさん、ラーラさん、フェーリクスさん。逃げる側は私、レグルスくん、奏くん・紡くん、統理殿下にシオン殿下、それからラシードさんと識さんとノエくん。

 ラシードさんは今朝、私が捕まえて強制参加になった。道連れは多い方がいい。

 皆菊乃井家お仕着せツナギか、それに類する汚れてもいい服を着てる。

 見回せば辺りは草が生い茂る地面に、一面木・木・木だ。流石森。

 ルールは簡単、追いかけてくる先生達に捕まるか、お互いが持ってる泥団子を浴びるかすると失格。

 制限時間までに私達のウチの誰かが逃げ切るか先生達を全滅させれば私達の勝利、逆に誰も逃げきれず全滅させられれば敗北だ。

 持たされた泥団子は、先生達四人で九個。私達は一人四個ずつ。それに加えて私達は各自勝手に作って補充してもいい事になってる。

 まあ、補充してる暇なんかないだろうけどな!

 一応森には結界が張ってあって、目印の楔には紅いリボンが巻き付いている。その向こうにはいけないようになっているそうだ。だだっ広くて、ちょっと見には結界の端は全く見えない。

 菊乃井の屋敷に続く森より少し広いくらいだと言うけれど、菊乃井の森だって屋敷と繋がってるからかなり広いんだけどな……。

 一応準備と作戦会議を兼ねて十分ほど打ち合わせの時間がもらえた。その間にプシュケをとばして地形を観察する。

 木ばっかり。

 背の高い物から小さい物まで大小あるから、気配を殺せばそれなりに身を潜める事も出来るだろう。

 少し奥には洞窟や湿地帯も見えた。


「……無理。無理筋が過ぎる」

「若さま、目が死んでるぞ?」


 地形を把握してる森でも逃げ切れないのに、解んないとこで更にどう逃げろと?

 あははと乾いた笑い声をあげると、シオン殿下が頷く。

 統理殿下はそんなシオン殿下の背中をぽんと軽く叩いた。


「逃げる事を考えるから憂鬱になるんだ。ここは攻めていこう」

「え? や、それも無理でしょ」

「解らないぞ。あちらは九つしか泥玉を持っていない。鳳蝶の障壁だけなら無理があるかもしれんが、識嬢も同じくらいの障壁がはれるんだろう? しのぎ切れば反撃のチャンスもあるかも知れない」


 その言葉に、皆の目が識さんに向く。

 でも彼女は首を横に振った。


「私、障壁は得意じゃないですよ。それ位なら上から泥団子落とします」

「上から?」

「はい。武器使用ありでしょう? ならエラトマを変形させて空飛んで泥団子の弾幕張る方がなんぼか可能性がありますね」

「じゃあ、障壁は鳳蝶頑張ってくれ」

「空は私とノエくんで頑張ります」

「うん。頭を抑えるのは任せてよ」


 ぐっと識さんとノエくんがサムズアップする。

 それにほっぺを赤くしたのがレグルスくんと紡くんだ。


「いいな! おそら、れーもとびたい!」

「つむも!」


 きゃっきゃはしゃぐ弟たちの横で、大きな末弟・ラシードさんが顎を擦る。


「あ、でも空はラーラ先生に気をつけなきゃな」

「ラーラさん?」

「あの人、弓の腕が尋常じゃないぞ。針の穴通すなんてもんじゃない」


 首を捻ったノエくんに、ラシードさんが弓を射る身振りで説明する。

 どうしようかという顔で識さんがこちらを見た。


「うーん、じゃあラーラさんはこっちでひきつけるから、ヴィクトルさん狙ってもらえる?」

「魔術が得意な英雄様だよね。それなら行けるかな。師匠には押し負けるけど、それ以外ならそこそこいける……と思う。私が魔術でひきつけてる間にノエくんに泥団子ぶつけてもらってもいいしね」

「そうだな。じゃあ、ヴィクトルさんはオレ達が担当するよ」


 私の提案に識さんとノエくんが頷く。そんな訳でヴィクトルさん担当は決まった。

 じゃあラーラさんだけど、どうしようかな?

 考えていると、奏くんが手を上げた。


「おれ、やる! ラーラ先生に一回弓でいどんでみたかったんだ!」

「それなら僕も。ルビンスキー卿の弓の腕は有名だ。僕だってクロスボウだけど弓の使い手。勝負してみたい」


 シオン殿下も何か吹っ切れたのか、奏くんと拳を合わせて名乗り出た。

 弓の使い手同士の戦いって、木の陰からいかに気配を殺して相手を撃つかとか言う話なんだろうか?

 よく解らんけど、二人がやる気なら任せよう。

 すると紡くんもおずおずと手を上げた。


「つむ、だいこんせんせいとしょうぶする」

「おお、そうか」


 弟の静かな声を聞いて、奏くんは紡くんの頭を優しく撫でた。


「うん。つむ、だいこんせんせいにフィールドワークつれていってくださいっておねがいするんだ。がんばりますっていう!」

「よし! 全力で行ってこい!」


 決意の色濃くでた弟に、兄は豪快に笑いながらその背を押す。それに応えたのはラシードさんで。


「俺が奏の代りに手伝うよ。弟同士、頑張ろうぜ?」

「うん! よろしくおねがいします!」


 きゅっと紡くんの小さなお手々と、ラシードさんのちょっと逞し手が握手する。ここに弟同盟が組まれた。

 さて残るは私と統理殿下とレグルスくんだよね。


「ロマノフせんせいは、れーがたおす!」


 何故だろう。ものすごくひよこちゃんの目が爛々と輝いている。

 あれか、反抗期か?

 そう言えばレグルスくん、実の父親にはドライに「さようなら」とか言って視界に入れてたかどうかも怪しい対応だったもんな……。

 やっぱりレグルスくん的には、ロマノフ先生は父親ポジションなのかもしれない。

 一人で納得していると、統理殿下がひよこちゃんの肩に触れた。


「おお、レグルス燃えているな! 俺も一枚かませてくれ。父上と将来の義父上のリベンジだ」

「はい! がんばりましょう!」


 こつんとこちらもお互いの拳と突き合わせる。

 上手く二人ずつ四組に分かれた訳だけど、私は何処に入れば……?

 そう言うと、凄く良い笑顔の奏くんと統理殿下に肩をぽんとされた。


「まあ、ほら、あっちは多分若さまを最初に狙ってくると思うんだよ」

「防御の要だからな。鳳蝶を残しておくと回復されるわ、防御されるわ、攻撃されるわ。まあ、面倒だからな」

「あー……それは……そうかな?」


 凄く嫌な予感がする。

 っていうか、二人の笑顔が物凄く胡散臭い。

 冷や汗が背中を伝う感触にビビッていると、レグルスくんが今日もお供につけて来たひよこちゃんポーチを、首から外して私に渡してくる。


「ピヨちゃん、れーがロマノフせんせいをしとめるまで、にぃにをおねがいするね?」

『おう。オレはマジックアイテムだから人数には入んねェしな。任せろや』


 ぴよっとポーチの羽部分をまるで手のように動かすピヨちゃんだけど、そこそんな風に動いたんだね……。

 じゃない。

 今、レグルスくんロマノフ先生の事「仕留める」って言わなかった?

 いや、それも違う。


「え? レグルスくん、いつも『にぃにはれーがまもるよ』って言ってくれてたじゃん?」


 唖然とそう告げると、レグルスくんはきっと凛々しいお顔を私に向けた。


「にぃに」

「はい」

「れーはにぃにをまもるために、ロマノフせんせいをしとめます! こうげきこそ、さいだいのぼうぎょ!!」


 やだ、かっこいい。

 あらあらまあま……。

 思わず手で口を押えて感動してしまったけど、そういう事じゃなくって。

 心に浮かんだ疑念は晴らしておかないといけない。

 私はにこやかな微笑みで統理殿下と奏くんの肩を掴み返す。


「もしかして、囮やれって事!?」


 ジト目で尋ねると二人がさっと私から目を逸らす。

 二人とも後で覚えてろよ!?

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