第431話 エクストリーム鬼ごっこに潜む茨
実際問題、先生達は私を最優先で狙ってくるんだ。それは解ってる。
私を残しておくと厄介なのは統理殿下の言った通りもあるんだけど、この中で一番運動に適してない……運動音痴だからだよ!
そりゃ皆ほぼ前衛出来るメンバーから比べりゃ、どう考えても狙い易い。
同じ後衛の識さんですら、武闘会に単騎で突っ込んで優勝して帰って来れるんだからお察しだ。
紡くん?
幼児に抜かれる動きの悪さですよ、こっちとら!
いつまでもウグウグ文句言ってても仕方ない。レグルスくんすら「自力で頑張って(意訳)」って言うくらいだし、それだけ気が抜けないって事だよね。これは気を引き締めて行こう。
いくつか話し合って作戦を決めていると、ぼえぇぇぇっと角笛? ほら貝? そんな感じの音が聞こえて来た。
「時間ですよー!」
菫子さんが声を上げた。
菫子さんは鬼ごっこには参加せず、ジャッジというか立ち合いに来てくれていた。
「各自隠れて下さい。もう一度この『ぼえぇぇぇ』って感じの音が聞こえたら、ししょーたちが捜索を開始します。どちらかが全滅した時、或いは制限時間になったらまた『ぼえぇぇぇ』が聞こえますからね。では、ご武運を」
皆が「おう!」と答えて、各自打ち合わせ通りに動き出す。
識さんが胸に手を当てると、ズルっと深紅のロッドが出て来た。そのロッドを識さんが握り直すと、今度は紅い光の玉に変わる。かと思ったら玉は光を帯びて解けると、そのままするするとリボン状になって識さんの背中に張り付いた。
カッとリボンが一際大きく輝いた次の瞬間、光は収束して識さんの背中に大きな機械の翼を作る。
「飛べるってそういう……」
「はい。しかもこれ、羽の一枚一枚が外れて自律型の武器としても運用可能なんですよ。背中の骨組みさえあれば、魔力を使って飛行も継続できますし」
「とんでもない代物ですね」
「ですねぇ。これ作った人、何と戦う気でいたんだか……」
フンっと鼻で笑うような雰囲気を感じて識さんを見れば、表情を読ませない曖昧な微笑みがそこにはあった。
間違いない、この人は私やシオン殿下の同類だ。
でも私と違ってこの人は、人を好きになる事を知っている。
今度きいてみようか? それは、どういう心の動きなのかって。
ちょっと動揺している私を横に「では!」と、識さんはノエくんと手に手を取って大空に飛び立った。
奏くんとシオン殿下も緑が深く、木々が密集している所へと身を潜めるために森の奥に進んでいく。
途中までは私達やレグルスくん・統理殿下組、ラシードさん・紡くん組と一緒だ。
しばらく歩くと湿地帯に行きあう。
「……ちょっと細工しておくね」
「にぃにどうするの?」
「ちょっと罠を設置しておく」
言うて、泥に猫の舌を使えるように仕込んどくだけなんだけど。
沼からいきなり触手が出てきたら気持ち悪かろう。
奏くんも歩いてたら足が引っ掛かるような場所に、草同士を結び付けた簡易な罠を張っていた。
「まあ、先生達相手なら気休めにしかならないだろうけどなぁ」
「多少警戒して神経を尖らせ続けてくれたら、隙が出来たりするかも知れないね」
「タラちゃんとござる丸を連れて来れたら良かったんですけどね」
今回はそう言うのなし、アイテムやら武器のみって言われちゃったんだよな。
お蔭でラシードさんはちょっとソワソワしてる。
「俺なんか丸腰に近いっての」
「たしかに」
それでも笑ってるあたりは、彼も一人で戦う事を想定して訓練することもあるからか。
深くなっていく緑に反比例するように、陽の光が遠くなっていく。
大きな洞窟を見つけたからプシュケで偵察してみると、中には誰もいないみたい。
ここにしようか。
「私はここを拠点にプシュケでかく乱……囮でいい?」
「ああ。ここに隠れて様子を見てもいいし、隠れているように見せて他に行ってもらってもいい」
「にぃに、がんばってね?」
「レグルスくんもね」
突き出された小さな拳に、私も拳をちょんっと合わせる。
シオン殿下と奏くん、レグルスくんと統理殿下、紡くんとラシードさんはそれぞれ自分達の戦いやすいフィールドへと潜んでいく。
さて、私はとりあえず洞窟の中にいよう。混戦になったら移動してもいいしね。
という訳で見つけた洞窟の中に入ると、プシュケを他の皆のところへと向かわせた。
これで私が何処にいるか、誰と行動を共にしているか、少しはかく乱できるだろう。
ぽてぽてと奥に進んでいると、誰かのところに向かわせたプシュケが『ぼえぇぇぇ』という音を拾った。
鬼ごっこ開始だ。
脳裏には色んな所のプシュケの情報が流れ込んで来る。
空で太陽を背にしているのは識さんとノエくん、深い森の木々の生い茂る枝の重なりに身を潜めるのは奏くんとシオン殿下か。ラシードさんと紡くんは木や草が少なく開けた場所に落とし穴を掘っていた。レグルスくんと統理殿下は……隠れる木もなく広い場所へと出ていた。正面からロマノフ先生に挑むらしい。
動きがあったのがまず識さん・ノエくんチーム。
空から先生達の動きを観察して、それぞれバラバラになったのを見たようで。
確認のために彼らにプシュケを通して話しかけた。
「先生達、ばらけました?」
私の声に二人が一瞬びくっとして、でも紅いプシュケを見つけて頷いてくれた。
『四方に散ったみたい。もう少ししたら、こっちから奇襲しようかと思うんだけど』
『泥団子あてるだけなら、何とかそれでいけないかな』
「逃げ切っても良いんですよ」
『……うーん、一人でも減らさないと誰も逃げ切れない気がするんだよね』
そうだな。
エルフの大英雄が三人に、その三人が頼る大賢者とか、そんなの何もしなくてもこっちが全滅しそうだわ。それなら捕まる事覚悟で泥団子当てに行ったほうが、他の皆のためになりそう。
とりあえず識さんやノエくんからの、先生達が散り散りに行動し始めた事を、各々のところに向かわせたプシュケで知らせた。
レグルスくんと統理殿下のところのプシュケは橙、奏くんとシオン殿下のところには銀、紡くんとラシードさんのところには蒼のプシュケがそれぞれついている。私の元には翠と紫のプシュケを残した。
そのプシュケに皆の緊張感が伝わって来る。
『おう、まだこの洞窟先がありそうだな?』
「うーん、深いねぇ。これはちょっと、まずいかな?」
そんな中、私はまだ洞窟の突き当りに到着しなくて、ちょっと焦っていた。
『大丈夫だろ? 風が微かに反対側から流れてるから、向こうにも出口があるんじゃね?』
「お? そういうの解るんだ?」
『おうよ。だからレグルスはオレに大事な兄(あん)ちゃんを託したんだよ。オメーの弟はオメーを守るっていってんだから、信じろや』
「解ってるよ。今回だって遊びだから、ロマノフ先生を倒すのを優先したってことでしょ?」
『実際あのセンセを倒さねぇと勝ちはねぇからな』
ぴよぴよとひよこちゃんポーチの嘴や羽が、中のピヨちゃんの声と一緒に動く。緊張感とは無縁の光景だけど、話してることはやっぱり親戚のオジサンぽいんだよなー……。
レグルスくん、いつも「れーがにぃにをまもるよ!」って言ってくれてるから、正直今度も一緒に行動すると思ってたんだよ。
でもそうじゃなく、彼はロマノフ先生に立ち向かう事を選択した。
それがちょっとショックと言えばそうで。
でも利には適ってるんだ。自身が敵と戦ってる間、私を遠くに逃がす。そういう事でもある訳だから。
私を囮にするって言うけど、真実は私一人を残すために全員がそれぞれ盾になりに行ったのだ。
遊びだから統理殿下やシオン殿下もそれを選んだんだって解るけど、レグルスくんは違う。あの子は本当に有事になったら、私を逃がすために戦う事を選ぶんだ。
「あー……ちくしょう」
『おう、お口が悪ィぞ』
「絶対に負け戦なんかするもんか」
どうせ戦わなきゃいけないなら、勝って勝って勝ち続けてやる。
あの子が私を庇って戦うなんて、そんな事態にならないように。
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