第429話 想い思われ振り振られ

 夕食の席は識さん・ノエくん・董子さん・フェーリクスさんとは今日も別々。

 でもお出しするのは同じものだから、離れていても同じ食卓を囲んでいる事にはなるのかな?

 今夜のメニューはリュウモドキのお肉の燻製と野菜を一緒に煮込んだもの、トマトときゅうりと玉ねぎのマリネ、冷製のコンソメスープ、パンなどなど。

 すっかり農作業になれた皇子殿下達は、今やどんな野菜ももげるとしっかり自信がついたらしい。皇居に帰って菜園を造る計画を立てているそうだ。

 皇子殿下方のお部屋のある建物に面した庭があるそうで、そこなら菜園にしても外からは見えないだろうとか何とか。


「宰相は植物に詳しいから、頼めば教えてくれるだろう」

「自分も参加するって言うかも知れませんしね」


 そんな馬鹿な。

 少し呆れの混じった笑いを浮かべると、にやりと統理殿下が口角を上げた。


「解ってないなぁ。宰相はショスタコーヴィッチ卿の弟子だぞ? 普通の貴族な訳ないだろう」

「え?」

「そうだよ。あの人はね、帝都の梅渓邸で朝顔の品種改良やって、ついでにコンテストなんかも主催してるんだから」

「そうなんですか?」


 疑問を向けたのは皇子殿下方でなく、その宰相閣下のお師匠様のヴィクトルさん。

 ヴィクトルさんは私の目線に「そうだよ」とあっさり答えてくれた。


「けーたん、変わり朝顔とか好きなんだよね。特に花びらが細かく切れ込んで枝垂れてるやつ。去年あーたんが源三さんに貰ってた朝顔なんか、物凄く好きそうだったけどね」

「ああ、あの花びらが細かくて紫のやつですか? 綺麗でしたよね」


 六つの誕生日の時に源三さんから貰った朝顔は、今年も綺麗に咲いている。ただ変わり種って言うのは中々その形質が固定されては現れず、今年の花は去年の花よりは花弁が拡がっていた。それでも八重孔雀っていう珍しい咲き方ではあるんだけど。

 そっか、品評会とかあるんだ。源三さんに今度勧めてみよう。


「ゾフィーにあげる果物をそこで育てようかな? そうしたらゾフィーの誕生日のケーキに使ってもらうんだ」


 へらっと笑む統理殿下の頬が赤らむ。

 私自身には無いんだけど、私の周りって恋愛絡みの話多くない?

 若干淀んだ目になっていたけど、それで思い出した。大事なことがあったんだ。

 識さんとエラトマの中の人のこと。うっかりしていた。

 なのでちょっと居住まいを正すと、私は「実は」と切り出す。

 本当はこういう人の気持ちの事を、当事者に許可なく暴露するって良くないと思うんだけど、私としてもこの手のことは不慣れだから胸に置いとくのもしんどい。

 イゴール様から聞いたエラトマの中の人の気持ちをぼそぼそ説明すると、皆一様に困った顔をした。


「イゴール様がそう感じただけ、という可能性はないのかい?」


 ラーラさんが首を捻る。

 それに私は首を傾げつつ答えた。


「天におわす方々は同じ神族のお心以外は筒抜けなのだそうです。堕ちた故に同族とみなされなくなったエラトマの中の人の気持ちは、恐らくそっくりそのまま筒抜けなのだと……」

「その筒抜けの心の動きの中で、イゴール様が確信に至るナニカがあったという訳だね?」

「恐らくは。遠回しに識さんの身体の心配をしてたりしたそうですし。何だったかな……『別にお前の事なぞどうでもいいが、お前が身体を壊したらまた封印されかねないから大事にしろ』とか言ってたそうです」

「解り難いなぁ」


 ヴィクトルさんが肩をすくめる。

 そうなんだよねー……。

 これって言い方やら表情が付いていれば、遠回しに心配してるんだなって思えるけど、人から伝え聞いただけでは判別がつかない。

 表情やら声の響きやらって、意思疎通の大事なところを担ってくれてるって事だよね。

 慣れない話の連続に眉間を揉んでいると、シオン殿下が声を上げた。


「それって、何か不都合があるの?」

「へ?」

「いや、エラトマの中の人が識嬢を好きでいて、何か問題があるのかな、と」

「や、だって、識さんにはノエくんがいて……」

「うん、いるけど。でも、だから、どうなのかな?」

「えぇっと?」


 だって、識さんはエラトマの中の人のことに気付いてないみたいで、ノエくんはそれも知ってて放置というか、気にしていないみたいだけど……。

 それってエラトマの中の人は報われないって事なんでは?

 そう言えば、シオン殿下は頷いた。


「好きになってもらったからって、好きになり返さないといけない法はないよね。それに識嬢が心変わりしないとも言い切れない。未来の事は決まってないんだから。エラトマの中の人が仮に識嬢の事を本当に想っているのであれば、それは彼女にとって寧ろいい事だと思うよ。エラトマの中の人が彼女を恋い慕う限りは全力で彼女を守るだろうから」

「それって……気持ちを利用してることになるのでは?」

「そうし向けたなら兎も角、彼女は自然体でいただけだろう? エラトマの中の人が彼女を守りたいと思うなら、それもエラトマの中の人の自然な気持ちの発露だ。誰が止められるの?」

「それは……」


 私は言葉を失う。

 モジモジと指先を動かしていると、統理殿下が穏やかに言葉を紡ぐ。


「人を好きになるって言うのは難しい事だよな。皆が皆思いを通じ合わせられればそれに越したことはないけれど、それは難しいんだ。誰かの想いが成就する陰で、誰かが何処かで泣いているかも知れない。だからこそ通い合わせた心を大事にすべきなんだと思うよ。通じ合えた事が奇跡のようなものなんだから」

「……」

「俺はだからノエシスの邪竜討伐を応援するよ。彼が彼のままで生きていたいのは、きっと識嬢と手を取って生きていくためだろうから。俺がノエシスの立場で、ゾフィーが識嬢としたら……な?」


 五歳と三歳。

 字面にしたらそれだけの違いなのに、統理殿下もシオン殿下も凄く大人に感じられる。

 たかが、されどっていうのは本当に大きいな。ちょっと悔しい。

 静まる食卓で、ロマノフ先生が穏やかに唇を開く。


「まあ、でも、叔父上にはその事情は伝えておいても良いかも知れませんね」

「いや、でも、そんな事知ったら『嫁入り前の娘に四六時中べったりしおって!』って、武器本体振り回しそうじゃない?」

「伝説の武器と大賢者の果し合いとか……ちょっと見たいかな?」


 ロマノフ先生の言葉に、ヴィクトルさんがげんなりし、ラーラさんが目を輝かせる。

 それにロマノフ先生がにこっと爆弾を落とした。


「明日見れるじゃないですか。鬼ごっこには識さんもノエくんも参加するんだし」

「そうだったね。え? 叔父様に教えとく?」


 ラーラさんが悪戯を思いついた子どものように顔を輝かせる。

 その様子に私は慌てて止めに入った。


「いや、大惨事に識さんが巻き込まれる気がしてならないから止めて下さい」

「そうだよ。識嬢が巻き込まれるっていうことは、必然的に僕らも巻き込まれるって事じゃないか」

「戦闘訓練にはいいかも知れませんね?」

「いや、鬼ごっこですよね!?」


 嫌な悪寒を感じたのは私だけでなくシオン殿下もだったようで、同じく止めてくれる。けどロマノフ先生はにこやかで、私にはロマノフ先生が悪魔に見えてきた。

 そうだよ、このエルフ先生達こういう所があったんだ!

 心の中で白目になっていると、レグルスくんの「まけないんだからね!」という凛々しい 言葉が聞こえてくる。

 統理殿下がそれに応えて「頑張ろうな!」なんて言ってるけど。言ってるけど、待ってるのは大惨事だよ多分。


「明日の鬼ごっこ楽しみですね」


 ふふふと笑うエルフ三先生達。

 私とシオン殿下の目が死んだ魚のそれっぽくなっている事に、給仕に控える宇都宮さんだけが気付いたようで声をかけてくれた。


「旦那様ー! お気を強くお持ちくださいー!!」


 無理。

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