第416話 訳ありの累進
識さんが寄生された武器は二つで一つの武器で、使用者の意思によって形を変えるタイプのモノだった。
それを彼女が知ったのは、寄生されてから三、四日経ったくらいだったそうな。
寄生された直後から、ごちゃごちゃと脳内に語り掛けてくるそれは、似て異なる声音と正反対の意見を持っていて、識さんが「これ別々の何かなんだろうか?」と気付いた時に話しかけてきたのが、ノエくんがもつ「アレティ」の方だったと言う。
「『アレティ』の方は友好的なんですけど、『エラトマ』の方はこの世全てを恨んでる……のかな? なんか凄く怨嗟の言葉を吐きまくってて。成り立ちとしては『エラトマ』を抑えるために『アレティ』が作られた的な」
「そうですか。では『アレティ』が友好的なのは、『エラトマ』に対する抑止なんですかね?」
「うーん、どうなんでしょう? そもそも『アレティ』は武器に封入される前から生き物の事はそれなりに好きだったそうですし。逆に『エラトマ』は元々何かが原因で堕ちた祟りなす神を、更に無理矢理封印した物らしいので……」
識さんが手にしたロッドからは、拗ねたような雰囲気は伝われど、先ほどのような怨念じみたものはもう感じなかった。
ノエくんの持つアレティも、蒼い光を仄かに放つ以外は静かなものだ。
識さんの話によれば、フェスク・ヴドラの成り立ちはかなり古い物らしい。
それは彼女が「エラトマ」による精神支配を跳ね除けたから聞けた事だそうで。
「ごちゃごちゃ恨み節をあまりにも聞かされて、おまけに寝たら精神が乗っ取られるかもしれない怖さで眠れないし。それで、私、キレちゃったんです」
寄生されて取り返しのつかない事になるなら、いっそもう……。
そんな気持ちになって、でもそれはそれで腹立たしくて、ふつと己の中の何かが切れたのを感じた識さんは、無意識にエラトマを呼び出したそうだ。
そして手の内にあるその腹立たしい諸悪の根源を、何故か「お前のせいで!」とブンブン上下左右に滅茶苦茶振り回したらしい。
すると、何という事か。
ずっと脳内に垂れ流されていた声が止み、それどころか「小娘、止せ! 止めろ、小娘! 吐く!」という情けない言葉が響き静かになったのだ。
それが彼女がエラトマから自身の主権を取り戻した切っ掛けだった。
「それで『エラトマ』が沈黙するまでやったら、今度は『アレティ』の声がクリアに聞こえまして。持ち主を発狂させるっていうのは『エラトマ』が怨嗟を垂れ流して、宿主を精神支配するって事だったみたいです。それに耐えて『アレティ』の声が聞ける人間が『フェスク・ヴドラ』の主になる。それが口伝の真実みたいですね」
「では『アレティ』は持ち主を守るために話しかけていた……と?」
「本当なら『アレティ』の力で『エラトマ』は抑えられるそうなんですが、『フェスク・ヴドラ』の持ち主になりたい輩というのが、どうも『エラトマ』の怨嗟の思念に力を与えるちょっとアレな人間が多くて。お蔭で『エラトマ』の力が強くなりすぎて、バランスが崩れてたみたいなんです」
「象牙の斜塔は識さんがアレな人間でなくて助かったんですね」
「いやぁ、私もアレな人間じゃないとは言い切れないですけどねぇ」
肩をすくめる識さんだったが、彼女がエラトマの精神支配を振り切ったのは事実。
だけどそれとアレティがノエくんの手にあるっていうのは、なんの関係があってのことなのか?
私の疑問は、大根先生の疑問でもあったようで、顎を撫でてから彼は口を開いた。
「それで何故ノエシス君が、『アレティ』を呼び出せるのかね?」
「それは……『アレティ』がノエ君を選んだからです」
「選んだ?」
「はい。『フェスク・ヴドラ』は私の魔力で具現化しますが、何も扱うのは私でなくてもいいんです。ノエ君は近接戦闘が得意なので、白兵戦用の武器に特化して変化出来る『アレティ』と契約を交わして使用者になってるんです。なのでその副産物として武器の声が聞こえるという」
「……また複雑怪奇な」
まったくだ。
昔の人が何を思ってそんな武器を作ったか知らないけど、きちんと仕様説明書くらい置いといてほしい。
象牙の斜塔にしろ、きちんと管理しといてくれないからこういうことが起こるんじゃないか?
一瞬イラっとして、けれど正気に返る。
レグルスくんが私の手を強く握ったからだ。
「にぃに、しきさんのぶきなんとかなる?」
「うーん、まあ、やりようはあると思うんだけど……」
人の手で作られたものであるなら、同じく人の手で何とか出来ない事もないだろう。
それに精霊が宿る武器は彼女のだけでないし、何なら菊乃井には武器じゃないけど精霊が宿っているものもあるのだ。そこから解決の糸口を探したって良いだろう。
それでも方法が見つからなければ、文字通り神様にお縋りすることも視野に入れてもいい。ご迷惑をおかけするだろうけれど、姫君様からイゴール様にお声かけしてもらえば、技術的な事に関してはなにか解るはずだ。
神様の件に関してはちょっとぼかして、そんなような事を言えば識さんがノエくんと顔を見合わせる。
そして二人頷きあうと、識さんが首を横に振った。
それに対して驚いたのは菫子さんだ。
「識ちん、なんで!?」
「あ、や、ちょっと今は都合が悪いんです。色々やらなきゃいけない事があって」
「やらなきゃいけない事?」
「はい。それが済んだらこの武器を解析して、中の人達解放してあげなきゃと思うし」
「それの中にいるのは世の中全て恨んでる堕ちた神様なんですよね?」
さらっととんでもない事を言う識さんに、菫子さんからは悲鳴が上がり、ロマノフ先生からは質問が投げかけられる。
「恨んでるって言っても最近は愚痴を延々聞かされえるだけなんで……。世界に対して悪意は抱いても力は行使できないように制約を課せば、自由にしても問題ないんじゃないかなぁ、と」
「『エラトマ』の中にいるヤツって、完全に悪いヤツって訳でもないんです。まあ、良くはないんだけど」
「良くはないなら、良くないだろう」
二人の言葉に、大根先生が眉間に深いしわを刻む。
大根先生の言葉は最もだと思うんだけど、ノエくんが首を傾げた。
「でも、人間だってドラゴニュートだって、完全に良い人なんていない。誰だって良くない部分はあるもんだから。識に取り憑いた最初の頃の『エラトマ』ならオレは反対したけど、今の『エラトマ』は大丈夫なんじゃないかな?」
「この一年半くらいで、わりと大人しくなったからね」
「うん、まあ、それは識が無茶ぶりしたりするからじゃないかな?」
「無茶ぶりなんかしてないよ。元神様だって言うなら世界の一つも救ってみせろっていうの。私みたいなか弱い小娘いびってないで、もっとスケールの大きいことしてくれなきゃ!」
苦笑いするノエくんに、識さんが唇を尖らせる。
彼らの関係は姉と弟と言うより、年の近い友人のようで少し場が和んだ。
それにしたって識さん、つおい。
それでじゃあ、識さんの用事って何だろう?
協力できることなら勿論するけど、そこのところを聞けばちょっと微妙に二人の表情が曇った。
少し考えて、識さんがノエくんを窺う。
ノエくんはそんな識さんの手を握って、重々しく口を開いた。
「神殺しをしないといけないんです」
「か、神殺し!?」
出て来た思いがけない言葉に絶句する。
けど、二人は冗談を言っているような雰囲気でも、顔つきでもない。
「ど、どういうことです?」
「オレの一族は……っていっても、もうオレしか残ってないけど、代々破壊神を名乗る悪しきドラゴンの魂を封印してきた一族なんです。ヤツを倒さないと、オレはそのうち身体がドラゴンに変化していって、最終的には理性も知性もない、暴れるだけの凶悪な化け物になってしまうから」
おぅふ、なんてこったい。
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