第415話 真実はいつも一つとは限らない
ノエくんのところに挨拶しに行く前に、宇都宮さんに料理長のところに行ってもらった。
本日の桃のコンポートは、以前私が体調不良の時に姫君様からいただいた桃を、食べきれないからと時間停止の魔術のかかった保存庫で保管してあったものを使ったそうだ。
はい、そう、食べたらあらゆる怪我や病気を治し、ついでに潜在能力も引き出してくれるあの仙桃ですよ。
病人に出すのは桃がいいってこっちでも言われてるから、料理長はノエくんの病人食に使えるように桃のコンポートを作ったんだってさ。
料理長から「いけなかったですか?」と聞かれたけど、その気持ちも行動も全然いけなくない。いけないのは、その桃の正体をちゃんと料理長に言ってなかった私なんだよなー……。
料理長には「良いお仕事でした」って言っといたよ。だってノエくんの怪我も内臓も良くなったわけだし。
これでいいのだ。
で、訪れたノエくんと識さんのお部屋。
皇子殿下方や奏くん達も会いたがってたけど、彼がどんなダメージを精神的に負ってるか判らないので、今回は私とレグルスくんとロマノフ先生の三人だけが面会することにした。
部屋の奥に置かれたベッドから、識さんに身体を支えられて少年が身体を起こす。
あらかじめ私とレグルスくんの事は識さんや、彼女の恩師のフェーリクスさん、姉弟子の董子さんから聞いていたのか、彼は私を真っ直ぐ見つめてぺこりと頭を下げた。
「あの、お世話になってます。ノエシスって言います……」
「菊乃井鳳蝶です、初めまして。ご事情は識さんに聞きました、大変でしたね」
「あ、ありがとう、ございます……」
表情がちょっと強張ってる。
そりゃそうだろうな。いきなり攫われて、訳も解らないまま暴力に曝されて、友達が助けに来てくれたかと思ったら、知らない人間に囲まれてるんだから。
識さんも心配そうに、彼の背中を優しく擦ってる。
ここに識さんやフェーリクスさんと飛んできた時には、じっくり彼がどんな姿形なのか確認する暇もなかったけど、今改めて見ると背中の二対四枚のドラゴンの羽が凄く立派だ。
ひよこちゃんがぴよっと私の横から顔を出す。
「あの、おにいさん?」
「え、あ、オレ?」
「うん。れー、レグルスっていうんだ。おそばにいってもいい?」
「あ、う、うん。どうぞ」
許可を得たひよこちゃんがきらきらおめめで、ノエくんの傍にてこてこと進む。そうして彼の、少年の身体に比べても大きな羽に、きらきらの視線を向けた。
「すごいねぇ! かっこいい!」
「ドラゴニュートの羽はね、大きいとそれだけ強くなるっていう証なんだよ。ね、ノエくん?」
「う、うん。オレはまだ、そんなに強くないけど」
背中を擦る識さんにちらっと視線を向けた後、ノエくんは「捕まっちゃったし」と自嘲気味に俯く。
でも識さんは彼の頭を撫でてから、ゆっくりとノエくんの顔を自身の方に向かせた。
「違うよ、ノエ君。捕まったのはノエ君がアルトリウスさんやゼノビアさんの言葉を守って、人間相手に力を振るわなかったからでしょう? 人間はドラゴニュートより生物として脆いからって。ノエ君に痛い事する人のことまで考えてあげる必要なんてなかったのに……。ノエ君が弱いからじゃない」
「でも、オレ、結局識に迷惑かけた……」
「心配はしたけど、迷惑なんかちっとも掛けられてない」
ぐすっと鼻を鳴らす音がする。
識さんの情緒はまだ少し不安定なようだ。
識さんはぎゅっとノエくんを抱きしめると、ノエくんの方でも識さんの背中に腕を回す。
ノエくんのご両親が亡くなって以来、二人で支え合って生きてきたって言うから、今度の事は二人にとって本当に精神的に深い痛手となったろう。
当面は心身の傷を癒してくれたらいい。後の事はそれからだ。
と、思ったんだけど、だからこそ安寧のためにも、識さんに寄生している武器の問題は片付けないと。
そう思って、申し訳ないけど私は識さんに声をかけた。
「あの、こんな時になんですけど、識さんの中にある武器って、話しかけてきたりしないんですか?」
「え?」
「うん?」
識さんの代りに、董子さんとフェーリクスさんが訝し気に首を捻る。
そして識さんも、弾かれたようにノエくんの髪に埋めていた顔を上げた。
「なんで、そんな事を?」
「いや、実はですね……」
ほんの少し硬くなった識さんの表情に、確信をもって私の事情――レクスの杖の話をすると、彼女の眉間に深いしわが寄る。
そして「マジですか」と呻くと、ぐりぐりとこめかみを指で揉みしだいた。
「あれ、煩いですよね」
「ああ、やっぱりそうなんですね」
「はい。私の場合は二体いるんで、滅茶苦茶煩いです」
「ああ、そうだね。アイツら、ちょっと賑やかだもんね」
大きなため息を吐く識さんに、ノエくんが何故か同意する。
ん? 何故だ?
疑問はひよこちゃんの口から出た。
「なんでノエくん、にぎやかなのしってるの?」
純粋な疑問だったけど、これ、むっちゃ大事なことだ。
寄生されている識さんが私と同様、武器の中にいるナニカに干渉を受けるのは解るんだけど、ノエくんはそうじゃない。
彼の言葉にフェーリクスさんの眉が跳ね上がる。
「本当だ、何故知っているのかね?」
皆で首を捻っていると、識さんがまたも大きなため息を吐いた。
「ほら、師匠。私、武器二つに寄生されてるじゃないですか」
「ああ」
「あれって斜塔の口伝では一つなのに、二つあるのはおかしいって言われてましたよね」
「そうだったね。ウチも一つって聞いてる」
「あれ、二つで一組、つまり一つなんですよ」
「「はぁ?」」
フェーリクスさんと董子さんの声が 同時に聞こえる。
なるほど。二つで一つなら、武器が二つでも一つのカウントで正解。口伝も間違ってはなかったんだ。ただし情報が意図的かどうか知らないけど、正しく伝わってなかった、或いは隠されていただけで。
うん? となると、もしかして。
室内にいた人間の視線が全てノエくんと識さんに集まった。
識さんとノエくんはお互いの顔を見つめて頷きあう。そして何を思ったのか、ノエくんが識さんの心臓の上に手をおいた。
ずぶりとノエくんの右手が識さんの体内に埋まって右手首まで入ると、ノエくんが識さん「大丈夫? いくよ?」と声をかける。
声をかけられた識さんの表情はどことなく苦しそうだけど、でもノエくんを心配させないためなのか強気に笑って「一気にやっちゃって」とサムズアップだ。
それに応えるように、ノエくんが一気に識さんの体内に埋まった腕を引き抜く。ずるりと浮かれた彼の手には、一振りの刀身が蒼く光る見事な剣が握られていて。
柄の装飾部から細く伸びた鎖は識さんの胸の中へと繋がっていたが、瞬きする間に消えた。アレが恐らく識さんと武器を繋ぐ鎖なんだろう。
異様な光景に声をなくしていると、今度は識さんが自身の心臓に手を当てる。そうすると今度は、禍々しい気配を放つ紅い宝石で作られた豪奢なロッドが識さんの手の中に現れた。
彼女のロッドにもやっぱり鎖が付いていて、その先は識さんの心臓に繋がっていたけど、これもすぐに霧散する。
「これ、ノエ君の方は『アレティ』という銘で、私の方が『エラトマ』、二つ合わせて『フェスク・ヴドラ』という武器です。形も今は剣とロッドというだけで、必要に応じて変わるんです」
ごくりと誰かが喉を鳴らした。
何ていうか、ノエくんの方の武器は清浄な雰囲気がするんだけど、識さんのロッドからは凄まじいまでの怨嗟の念を感じる。
その重たい思念に胸が苦しくなってきたころ、識さんがロッドを上下左右にブンブンと振り回した。
途端に部屋の空気が軽くなる。
「ったく、煩いなぁ。もっと激しく振り回してやろうか? 中で酔って苦しいのはそっちだからね?」
「え? 何したんです?」
「中にいるやつに教育的指導を少々」
尋ねた私に、識さんは明るく笑い、ノエくんは苦笑いする。
……手綱、めっちゃ握ってる感あるんだけど?
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