第417話 ちゃぶ台返しの勧誘
あまりに衝撃的な言葉に声を失う私達をおいて、ノエくんの話は続く。
ドラゴニュートの始まりは、人とドラゴンの姿の神の交わりからだそうだ。
その神代から続く歴史の中に、自らを破壊神と称する者が現れて、力に溺れて神々にすら弓引く事があったそうな。
その時ドラゴニュートは二分された。
片方は自らが神々に成り代わる事を望むドラゴニュートの一族、もう片方はそれを阻止して他の種族の者達とも融和して生きていく事を望む一族。
当然両者は衝突し、勝者は平和を望む一族の方。そしてノエくんの一族は、その平和を望む側を代表して戦った勇者が始祖だった。
が、しかし。
神に弓引いたドラゴニュートも、破壊神と名乗るだけの力がたしかにあったようで、完全には倒せず肉体ごと魂を封印するのが精一杯だったそうだ。
封印される間際、そのドラゴニュートは先祖返りを起こしドラゴンへと姿を変えた。それだけでなく、ノエくんの始祖と一族に呪いをかけた。
曰く、齢五十までに自分を倒さなければ、その身体はドラゴンへと変わり、知性も理性もない凶悪な化け物になり果てる。そういう呪いを。
そして先日ノエくんのご両親は、彼のドラゴンを討伐に赴き、帰らぬ人となったという。
激重じゃん!
「父さんも母さんも、本当は若いうちに討伐に行きたかったらしいんだけど、オレが生まれちゃって……。体力的にももう限界ラインだろうって、半年前に討伐にいって母さんだけが大怪我して帰って来た。力が及ばなくて、封印を重ねがけするのが精一杯だったって。でも母さんもその時の大怪我が元で……」
「私が半年前にノエくん達と住むようになったのは、アルトリウスさんとゼノビアさんがそういう理由で家を空けるのを知ったからで……。それより前にノエくんとは知り合ってたんですけど、私はふらふらしてたから」
「なるほど、それで破壊神殺し……つまり神殺しをやらないといけない、と」
本当になんてこったい。
微かな頭痛を感じて、私は眉間を揉んだ。
そしてこの話から導き出されるのは、識さんがノエくんの神殺しを手伝おうとしているって事か。じゃなきゃ神代の叡智や魔術が詰まってても、精神支配をかましてくるような武器を必要とはしないだろう。
ああ、これはたしかに奏くんは正解だ。
菊乃井に対して厄介事ではない。
厄介事ではないけども……!
「神殺しかぁ……。どれくらいの力があれば成るもんですかね?」
傍にいたロマノフ先生に目を向けると、先生と大根先生が思い切り考え込んでいるのが見えた。
菫子さんも、凄く難しい顔だ。勿論レグルスくんも、多分私も。
そんな深刻そうな私達に、ノエくんと識さんが慌てて両手を左右に振る。
「あ、あの! 今日明日すぐに戦いに行くわけじゃないから! ちゃんとオレ達も修行して強くなってから行きますから!」
「あ、う、うん。そう! それまで迷惑じゃなければおいてもらえると助かります!」
「いや、そんな事を迷惑とは思わないんで、何時まででもいてくれたらいいですけど……」
滞在したり修行したりはちっとも迷惑じゃないからいてくれたらいいけど、問題はそこじゃない。
放っておいたら死出の旅に行っちゃいそうな人達だと知って、そのまま放置出来るかってとこなんだよ。
それにノエくんが一族の最後だって言ってたけど、彼が死んでしまったら封印はどうなるんだろう?
その辺はどうなの?
声に出せば、ノエくんが俯いた。
「オレが死んだら、そこから五十年くらいで封印は解けると思います。だからそうなる前に倒すか、家族を作ってオレの子どもに使命を託すことになるんだけど……。オレ、それはしたくないんだ。出来たらオレの代で、そういうのは終わらせたい」
「それは貴方のご両親も考えていたことでしょうね」
「そうと思う」
悔し気な彼に、識さんが寄り添い、その背中をいたわるように撫でる。
失くした物の大きさは、そのまま殺意や憎悪に変わるものだけれど、彼の場合はどうなんだろうか。
識さんの留守中に同じドラゴニュートの手で奴隷商に売られ、理不尽にも痛めつけられた。しかし、彼は両親の教えを守り、人間に危害を加える事はなかった。
その精神のありようは、尊敬に値するかもしれない。
そういえば、彼とその家族は村八分にされていたと聞いたけれど、それは一体何故なんだろう。
気になって「村八分にされていたのは何故です?」と声をかければ、ノエくんが顔をノロノロと上げた。
「村の人たちは理由まで知らなくても、オレの一族が呪われてるのは知ってたから。同じ集落にいたら、自分達も祟られるんじゃないかって言ってた。オレは見た事ないけど、オレの一族からドラゴンになり果てた人はいるらしいから、怖がられても無理はないかと思う。勿論誰かを襲う前に、一族できちんと対処したって聞いてるけど」
「なるほど」
納得は出来ないが、理解は欠片ほどなら出来る。
ドラゴニュートというのは、ドラゴンが暴れる度に魔女狩りのような目に遭ってきたんだろう。この上同じ集落からそんな凶暴な化け物を出す可能性があるとなれば、目も当てられない。
とは言え、それで村八分っていうのもちょっとな。
目を眇めていると、レグルスくんが私の手を引いた。
「ねえ、それおてつだいしちゃだめなの!?」
「へ?」
「れー、つよいよ! れーだけじゃなく、かなもつむもにぃにだってつよいよ!」
きっと眦を吊り上げて、レグルスくんが凛々しく言い放つ。
どんっと胸を張っている姿に、ついつい頭を撫でると、むぅっとレグルスくんが口をとがらせて私を見上げた。
「ね! にぃに、おてつだいしよう!?」
「うーん、手伝うのは吝かじゃないんだけど、その前に相手の戦力とか調べたいかなぁ。破壊神っていっても実際神様かどうかも調べたいし」
むにむにとレグルスくんの頬っぺたを揉み解しながら答えれば、識さんとノエくんの目が点になる。
二人ともビックリして声も出ないようなので、菫子さんが代りに「どういうことです?」と声をだした。
「どういうことっていうか、その討伐はノエくんと識さんだけしか出来ないって訳ではないんでしょう? なら手伝う事はできるかと」
「や、でも、神殺しですよ……?」
私の答えに識さんが躊躇いがちに言う。ノエくんも大きく何度も縦に首を振った。
いや、でも、神様とそれに近い物では雲泥の差がある。それを私は身をもって知ってるんだ。
「デミリッチって知ってます?」
「デミリッチですか? あの神様に近いって言われてるアンデッドの?」
「はい。それなんですけどね。アレって神様に近いって言われてるけれど、神様のお力の前ではミジンコ以下の存在なんですって」
「えぇっと?」
突然の話題変更に、識さんがキョトンとした。ノエくんも同じで、こてんと小首を傾げて私の言葉を聞いている。
「でね、その時に『神』であることと『神に近い』っていうのは、とんでもない差があるって教えてもらったんですよ。神様に」
「!?」
識さんとノエくんだけじゃなく董子さんの目が見開かれた。
すると大根先生が「あ」と小さく呟いて、ぽんと手を打つ。
「そう言えば鳳蝶殿は神様の御加護があったな」
「はい。この手の事はご相談すれば、色々教えていただけると思います。なのでその辺のバックアップは出来ると思うんですよね」
ポツリと零せば、ロマノフ先生も頷いてくれて。
「修行の方のお手伝いは私達でしましょうかね」
「お願いしてもいいですか?」
「勿論。叔父上も手伝うでしょうし、他にも声をかければ手伝ってくれる人はいると思いますよ」
「そうですね。色々声をかけてみましょうか」
ぷにりとレグルスくんのほっぺを摘まむと、不満そうにしていたお顔がやっと笑顔になった。むすっとしてたり凛々しかったりも可愛いけど、ひよこちゃんは笑ってるのが良い。
「あの、なんで、そんな、手伝うとか……」
ノエくんが掠れた声を出す。
識さんも「どうして?」と、小さく呻く。
どうしてって言われたらそんなの、答えは一つだけだ。
「私はこの世の理不尽を憎んでいます。ノエくんの置かれた境遇だって理不尽には違いない。そしてノエくんと識さんはそれに抗おうとしている。ならば貴方方二人は私の同志、協力は惜しみません。理不尽を覆して、それを敷いて来る者達に、目にもの見せてやるんです。きっとやった後は晴れやかな気分になれますよ!」
それで十分じゃないか。
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