第405話 天啓は突然降って来るから仕方ない
翌朝皆で農作業や動物の世話を終えた頃、冒険者ギルド経由の速達が一通、ヴィクトルさん経由魔術書簡が一通。
計二通の手紙が届いた。
冒険者ギルド経由の速達は、ロートリンゲン公爵家と「鷹司佳仁」さんの連名。魔術書簡の方は梅渓公爵家からの物だった。
魔術書簡って言うのは魔術師と魔術師の間で決められた使い魔をやり取りするってやつで、前にラーラさんがヴィクトルさんに菊乃井についての問い合わせをした方法と同じ。
ヴィクトルさんと宰相閣下は師弟なので、手紙のやり取りのために特定の使い魔を使用しているんだとか。
他にも魔術師としての技は色々あるそうで、研究とか呪文開発もそうだけど、魔道具開発なんかも魔術師の生業なんだって。
その技を活かして魔術市に参加することも出来るそうだ。
魔術市には魔術師が作った魔道具だけでなく、魔術師の衣装を作るのに適した魔力の籠った反物やビーズに宝石、魔石、その他沢山の素材や、ちょっと怪しい魔術薬とかそういう物を作るための道具や薬草、それから武器になるような杖や色々が売られているらしい。
ちょっと行ってみたいって言ったら、夏休み中に市が開かれるお知らせが来たから、ヴィクトルさんが連れてってくれるって。やったね!
違う、話が逸れた。
宰相閣下とヴィクトルさんは独自でやり取りが出来て、今回はそのやり取りの方法で梅渓家からお手紙が来たって事。
ロートリンゲン公爵家と鷹司佳仁さん……皇帝陛下だけど、これって非公式の連名ってことね……のご用事は、昨日氷輪様からお伺いしたことについての確認だった。
『百華公主様より、菊乃井侯爵には公主様の加護を受けるにあたり様々な制約が課されている。婚姻もその一つで、姫神がお許しにならないと公表せよ。制約の証拠に下賜した筝もあると、艶陽公主様より神託があったが、それでよいのか?』っていう。
私としては心苦しいけれど、姫君の思し召しに乗らせていただいて、ありのままに私の精神状況と、それを姫君様にお話したこと、氷輪様に教えていただいた事、全て手紙に認めて。
それを読んだロマノフ先生は苦笑いしながら、手紙をロートリンゲン公爵家へと持って行ってくださった。
その後で皇宮にも寄ってくださるとの事。
これに関しては統理殿下は困ったように笑ってたけど、シオン殿下は「煩いのがマシになるじゃないか」ってあっけらかんとしてたっけ。
それでもう一つ、梅渓家の方は和嬢へのおもてなしに対するお礼状ってやつ。
余程楽しかったのか、和嬢はお家に帰ってから色んなお話をお祖父様やご両親に、身振り手振りでお聞かせしたそうな。
大変孫がお世話になって、ありがとうございました。つきましては今後も両家仲良く出来れば……って言うのが仰々しく書かれてたんだけど、これにはちょっとした仕掛けが施されてて。
魔力を通すと、あら不思議。
手紙に書かれた文字の配列が変わって、違う文面が浮かび上がる。
そこに読み取れることこそが、今回の本題。
なんとあちら様、レグルスくんと和嬢の婚約に本腰入れて進めたいとの御意向を伝えて来られた。
何でも和嬢はいかにレグルスくんが王子様で、自分をお姫様のように扱ってくれたかを、微に入り細に入りご両親とお祖父様に説明されたそうで。
それを聞いたご両親が「まだ子どもだから心がわりもあるかも知れないけれど、ここは和の気持ちを尊重したい」って宰相閣下に申し出てくださったって書いてある。
宰相閣下としてはシュタウフェン公爵家の横っ面を早く叩きたいそうで、社交界に「婚約内定」って噂を流したいから許可が欲しい、と。
まあ、構わないけどね。
もう実際手を繋いで歩いているところとか、街中で見せてるし。
シュタウフェン公爵家だけでなく、そこいらの貴族の息のかかった人間が街中にいる筈だから、そいつらも見てる事だろう。遅かれ早かれ何らかの話は出る筈だ。
それに昨夜氷輪様が、私と婚姻を結べないならと、うちのひよこちゃんを狙って来る可能性も示唆してくださった。
それならレグルスくんに和嬢っていう婚約者が内定段階にしても「いる」ってことは、最強の壁になってくれるだろう。
なのでそっちにも「ありがとうございます、よろしくお願いいたします」というような内容を、こちらも仰々しい挨拶文に隠して、ヴィクトルさん経由でお返事してもらった。
「朝から忙しいな」
「うーん、まあ、大概こんなものですよ」
「僕達がいるからその分削られてるにしても、結構な忙しさだよね」
今日は書斎で私は執務。レグルスくんと奏くん・紡くんは読み書き計算の授業、皇子殿下二人は宰相閣下から出された課題をやっていた。
ラシードさんも私の執務を、自分の勉強がてら手伝いに来てくれてる。
ぺらりと書類を一枚捲れば、大根先生からのお手紙が紛れていた。
「うん? えぇっと……お弟子さんと連絡が取れて、ちょっと難儀してるようだから迎えに行ってくる……?」
「あ、そうだ。つむ、きいてます! たすけてほしいっておてがみきたって」
「そうなんだ。それで朝ご飯食べた後からお見かけしなかったのか……」
元気よく手を上げて紡くんが教えてくれた。
そう言えば今朝の農作業にフェーリクスさんの姿が見えなかったな。
助けてほしいって手紙が来たって事は、お弟子さんは何か困った状況にあるってことだろう。
何かあるんだろうか?
首を捻った所で、奏くんが「あー……何か、来る気がする」と言う。
奏くんが言うならなんかくるな。
「どういう系が来そう?」
尋ねると、奏くんが肩をすくめた。
「悪い予感は今のとこ無いな。客間の用意がいる、くらいじゃね?」
「まあ、お弟子さんに会いに行ってる訳だしね」
「多分……二人分かな」
「はいはい、了解」
奏くんの言葉にレグルスくんが、隣の部屋に控えている宇都宮さんを呼ぶと客間を二人分用意することと、それをロッテンマイヤーさんにも伝えるように言う。
宇都宮さんはレグルスくんの説明を受けると、「承知しました!」と元気に部屋を出て行った。
「……お客さんか。料理長には知らせるかい?」
「いや、誰かを連れ帰ってくるならフェーリクスさんから連絡が来るでしょう。それからにしましょうか」
「解った。その予定があることだけは伝えとく」
「では、そのように」
「ん。飲み物を貰ってくるから、ついでに言っとくよ」
そう言ってラシードさんが、書類を置くと静かに部屋を出た。
彼が置いて行った書類は、至急重要・急がないけど重要・特に重要でも急ぎでもないモノの三つに分かれていて、至急重要の件には、昨日リートベルク隊長が実際砦の訓練を受けた事で得た気付き含めた報告書が入っている。
それにツラっと目を通して、隣にいたひよこちゃんに渡すと、とことこと統理殿下とシオン殿下の机へと書類を持って行ってくれた。
二人の皇子殿下が書類に目を通す。
「ふむ、近衛の訓練より少し辛い……とはあるが、できなくはないと言った感じか」
「そのようですね。『体力とか持久力が主な課題だと感じる』ともありますね」
「うん。リートベルクが感じたのならそうなんだろう。餅は餅屋というしな」
餅は餅屋か。
たしかにそうだ。
っていうか、この世界稲作あってお米あるから、餅だってあるんだよ。保存食としてお餅を揚げたあられ菓子やら、せんべいだってあるんだし。
そんな事を思っていると、窓からカレーの匂いが漂ってきた。今日のお昼はカレーか。
カレー、おせんべい。
は!?
「カレー味のおせんべい食べたい……」
「は?」
「え?」
「若さま~、お口から色々漏れてるぞ~」
え? 涎垂らしてないならセーフじゃん?
笑うレグルスくんと奏くん・紡くんに対し、皇子殿下二人はキョトンとしている。
「え? 唐突だな?」
「本当に。なんの脈絡もないね」
「鳳蝶、いや、ご主人、いっつもこんなだぜ?」
丁度私の「カレー味のおせんべい~」当たりで扉を開けてお茶を持って来てくれたラシードさんが入って来て、飲み物の準備をしながら言うのに皇子殿下方以外が一斉に頷いた。
え、反応が解せぬ。
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