第404話 メリットとデメリットのシーソーゲーム

 目論み通り皇子殿下方はポムスフレとコーラのセットをお気に召してくださったみたい。

 ポムスフレはジャガイモを揚げただけのシンプルなおやつだから、皇宮でも出してもらえるようレシピは差し上げることに。

 でもコーラはEffetエフェPapillonパピヨン商会食品部の主力になりそうなので、そうはいかない。


「うーん、つまり買えと?」

「まあ、レシピ自体は公開しても別に構わないんですよ。バリエーションを作れば良いだけだし、Effet・Papillonのブランド力もあるので早々真似されても困りはしないので」

「じゃあ、欲しいのは付加価値? 御用達狙ってる?」

「それも一面ではありますけど、どっちか言えばスパイスの流通がもっと促進されてほしいですね」


 コーラはシロップを作るのに、スパイスが結構必要。

 バリエーションを増やす、味にもっと変化を持たせるとなれば、そりゃあもっとスパイスが簡単に、かつ、安価で手に入るようになるのが望ましい。


「あれか? 俺達がこのコーラというやつを好んでいるという事で、貴族たちがこぞってスパイスの輸入を始めることが狙いか?」

「半分正解です。でもそれだけじゃなくて、麒鳳帝国でも香辛料の元になる植物の栽培が出来るか研究するのはどうですかね?」


 やっぱり輸入品ってお高いのよ。

 作れる物は近場で作った方が、多少お安くなるっていうのは良くある話。

 それなら元手はかかるかも知れないけど、長い目で見れば栽培を始めることによって、違う需要だって生まれて、雇用だって発生する。

 それにそもそもスパイスって薬の一種でもあったんだから、それを研究することで薬学のような別の学問へと影響だって出てくるだろう。

 お金の面はデメリットかも知れないが、メリットもその分小さくはない。

 パリパリとポムスフレを噛む音が部屋に響く。

 おやつ食べながらする話がこんな難しい話しって言うのも、なんだかなぁ。

 だけど、こういう大きなことをしようって言う時は、もっと上の権威があってお金がある人達を巻き込むのが良いんだ。

 何せ砂糖が高くて、今のままじゃコーラは庶民の味どころか、高級飲料になっちゃうんだから。

 それに実を言うと味の面では、私、全く満足できてないんだよね。

 前の「俺」が暮らしていた世界は平和だったからって言うのもあるけど、日本なんだ。

 日本人はめっちゃ食に対して貪欲だ。

 だって毒があっても、それを無効化して食べる方法を探したり、毒が抜けるメカニズムも解って無いのに食べられるから食べちゃうし。

 他にもほとんどカロリーが得られないような食べ物だし、作るのにも手間暇がめっちゃかかるけど、美味しいからって言う理由で努力して食材を作る。

 そんなよく解んない食への情熱を燃やして生きる民族な訳で。

 因みに前者は「ふぐ」の卵巣で、猛毒があるんだけど、三年ほど塩漬けとぬか漬けにしたら毒が抜けるそうだ。毒の抜けるメカニズムは解って無い。

 後者はこんにゃく芋から作られるこんにゃくだ。

 こんにゃく芋っていうのはそのままでは食べられないが、茹でて磨り潰して、それから寝かせて石灰を混ぜて、練ってまた煮て~すると、美味しいこんにゃくになるのだ。煮物に入れると美味しいよね。今の私は知らんけど。

 ……なんか、食への執着だけでなく狂気を感じるな。

 じゃない。

 それだけ情熱を食へと注いでいた国なんだから、当然野菜やら肉やらの味にもこだわりがあって、丈夫さや病気に罹りにくい事、沢山収獲出来るって言うだけじゃなく、美味しさすらも追及して品種改良を行っていた。

 当然、そうやって追及されて代を重ねたモノなんだから美味しい。

 でもこっちはまだ「美味しさ」まで追求できる程、収穫量も丈夫さも安定しないんだ。そうなると当然、同じモノを作った所で、味は前世のモノより格段に落ちる。

 やっぱり同じ食事するなら美味しい方がいいし、それが食卓に安価で並ぶ国って言うのは、平和で豊かで安心安楽に過ごせる証明じゃないかと思う。

 生きるため、でなく、よりよく生きるために、楽しいと思う事は沢山あって良いじゃないか。

 それに美味しい物食べて、家族も友達も皆幸せな気分でいられたら、争いなんてやってられないって人間思うもんじゃん?

 世界平和は食卓の平和があってこそだ。


「研究なぁ。どこでやるかが問題だな……」

「そりゃもう私が言い出したことなので、うちで請け負いますとも」


 内心で力説していた私に、統理殿下の言葉が聞こえた。

 当然そういう事はうちでやりますとも。だからお金ください。

 視線でそう訴えると、シオン殿下が顎を一撫でした。


「あれかい? 董子嬢の研究場と費用の確保のため?」

「別に董子さんだけに限りませんよ。大根先生の薬学にも生かせるだろうし、何と言っても長い目で見たら菊乃井の利益になることですし」

「そう言えば菊乃井は学技芸術研究都市を目指すんだったな。布石にするつもりか」

「そう思ってもらっても構わないです」


 頷くと、皇子殿下方が顔を見合わせる。

 ちょっと難しそうな顔をして二人で色々と話していたが、しばらくすると統理殿下がテーブルの上に手を組んだ。


「えぇっとな。御用達とか何とかに関しては、まあ、すぐに許可が下りるだろう。ただ研究に関しては、ちょっと俺の権限を越えてる。だから迂闊には返事できない」

「それは……そうですね」

「ただ、利点と難点を聞いて帰ることは出来る。俺の出せる答えはこれくらいだな」

「なるほど」


 そりゃそうか。

 研究の支援のために支払われるお金は国庫から出るものだから、いくら皇子殿下でも勝手に返事は出来ない。

 でも話を中央につなげられる強力なパイプとしては機能してくれる。

 統理殿下の言葉はそういう意味だ。

 ゾフィー嬢の損して得とれっていう言葉は、こういう事なのかも知れない。

 という訳で、この話は私が利点をまとめた書類を、後日皇子殿下方に提出するって事で一旦終了。

 二人はコーラだけにとどまらず、自家製蜂蜜レモンを炭酸水で割った蜂蜜レモンスカッシュまで飲んでおやつを楽しんでいた。

 糖分多いからあんまり飲むと太りますよとは、ちゃんと教えて置いたけども。


 その夜の事、氷輪様がいらっしゃった。

 プスプスと一緒にフェルティングニードルで一緒にフェルトを突いていると、視線をお隣から感じて。

 見上げれば今宵のお召し物は、頭には輝く紫水晶のサークレット、鼻から下は薄い紫のフェイスベールで被われ、幾枚も布を重ねたような豪華なローブだ。


『お前の婚姻のことであるが……』

「はい」

『百華が艶陽に、アレの守護する皇家の人間に「妾が許さぬと伝えよ」と言っていた』

「え?」

『お前に自分の加護があって、それ故に婚姻などの制限をかけていると公表せよと』

「どうにかするって、そういう……!」


 絶句する。

 いや、私が嫌がってるだけで、姫君様は何もそう言った事は仰ってないのに。

 これじゃ私の我儘が、姫君様のせいになってしまう。

 あわあわと焦っていると、氷輪様がぽすっと私の頭の上に手を置いた。


『実際、ロスマリウスがお前に自身の娘との婚儀を持ちかけようとしているからな。事は人間の間だけの話ではない。煩わされるぐらいなら、いっそ人間からの婚儀の持ち込みなど遮断してしまえという事だ。お前のためというだけでなく、百華とロスマリウスの睨み合いでもあろうから、気にしなくともよい』

「いや、でも……」

『猶予が出来ただけで、いずれは決着をつけねばならん事はたしかだ。それにな、お前がダメならと弟の方に矛先が向くやもしれぬ。打てる手は打っておけ』

「ッ!? はい!」


 氷輪様に返事をした瞬間にぶすっとニードルが指に刺さる。

 私がダメならレグルスくんを狙うって言うのはちょっと許せないな。

 きゅっと唇を噛むと、『お前も悩み深い子どもだな……』と、ひんやりとした手で指を掴まれる。

 そっと流し込まれる魔力は静かに、私の指を癒した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る