第394話 恋の中の下心は、当事者よりも周囲の方にこそある
ふわっとした可愛い水色のシュミーズドレスの和嬢に、レグルスくんも駆け寄る。
少し遅れて私も彼女の傍に寄ると、和嬢は可愛らしくドレスの裾を持ち上げて「ごきげんよう」と、本当に愛らしい挨拶をしてくれた。
なので礼に則り挨拶を返せば、レグルスくんがさっと花を和嬢に差し出す。
「おひさしぶりです」
「はい、おひさしぶりです。おげんきでいらっしゃいましたか?」
「はい! なごみじょうは?」
おや~?
レグルスくんの口調が改まってる。
カッコよくありたいっていうのは、そういう事からなのかな?
でもそんな改まらくっても、レグルスくんはカッコいい子だと思うんだけど。
兄としては普段のレグルスくんで全然カッコいいと思うけど、レグルスくん自体が口調を改めた方がいいと思うなら止める事でもない……かな?
計りかねていると、背後に人の気配。
和嬢の顔がすっと大人びる。
「やあ、梅渓家の和嬢!」
「こんにちわ、和嬢」
「御機嫌よう、和様」
そう、統理殿下にシオン殿下、ゾフィー嬢のお出ましだ。
流石公爵令嬢、和嬢は即座に三人に令嬢として恥ずかしくない挨拶をする。
「だいいちおうじでんか、だいにおうじでんか、ゾフィーおねえさまにはごきげんうるわしゅう」
「ああ。だが今は鳳蝶の友人の一人だ。そう堅苦しくしなくていい」
「うん。今日は君ともただの友人だからね」
「さあ、和様もお顔をあげて?」
その言葉を正しく理解して、和嬢はすんなり顔をあげた。
そんな和嬢に、レグルスくんが改めてお花を渡す。
「まあ、きれいなおはな……」
「おにあいですよ!」
「まあ!」
きらきらと和嬢が頬を染めながら、レグルスくんを見る。レグルスくんも笑顔で和嬢に手を差し伸べた。
小さな淑女はおずおずと、小さな騎士の手を取る。
もうそこだけお伽噺のような空間に和んでいると、つんっと統理殿下に背中を突かれた。
「なんだ、あれ?」
「なんです?」
「レグルスがなんか……リートベルクが婚約者とあってる時みたいになってるが?」
こそっと耳打ちされて、護衛でついて来ていたリートベルク隊長を見ると、話が聞こえたのかあわあわしてる。
いや、リートベルク隊長の事なんか知らんけど、レグルスくんの事は解る。
あれは一生懸命カッコつけてるのだ。和嬢が小さな淑女だから、自分もそれに見合うような態度でいよう。そういう事だ。
そうこそっと言えば、統理殿下も頷く。
「解るぞ。俺もゾフィーにはいい所を見せたい」
「まあ、殿下は何をしてらしても素敵ですのに」
「そ、そうか?」
統理殿下にいつの間にかエスコートされたゾフィーが言えば、殿下はさっと頬を染める。
その光景にジト目になっていると、シオン殿下が溜息を吐いた。
「鳳蝶、ドレス着なよ。僕がエスコートするから」
「嫌です。お断りします」
「……じゃあドレス着てくるから僕の事エスコートするかい?」
「私一応歌劇団のスターの一人らしいんで、女の子連れてた噂とか立つと困ります。スキャンダル、駄目絶対」
なんか皆小さな恋のメロディーに当てられて、ちょっとおかしくなってるな。
そうじゃないんだよ!
和嬢の保護者役のヴィクトルさんも、私とシオン殿下のやり取りに「何でそうなるの?」って肩をすくめてるし。
とりあえずこれで、今日の観劇のメンバーは合流。因みに本日の護衛はリートベルク隊長の他は、ヴィクトルさんとラーラさん。ロマノフ先生はご用があるそうでご不在。
奏くんや紡くんは家族で一度見た事がある演目らしく、今日はパス。大根先生と董子さんのお家探しに付き合うそうだ。
皇子殿下方もゾフィー嬢も驚いてたけど、無理に付き合ったりするのは友情でもなんでもないと思うんだよね。各々尊重する時は尊重してれば、ずっとべったりじゃなくても良い関係でいれるんだ。
なので今日の私達兄弟は殿下方と観劇、和嬢とのお出かけが最優先ってわけ。
そう言えば、シオン殿下が「ふぅん?」と何か言いたげに私を見る。
「なんです?」
「いや、レグルスを和嬢にとられたとか思わないんだ?」
「……シオン殿下は思うんですか?」
「小さい時はちょっと思ったけど……今はゾフィー嬢も大事だし?」
「私もですよ。和嬢可愛いし、レグルスくんを好きでいてくれる人は大歓迎ですよ」
だってシビアな話をすると、公爵家の力も欲しいんだもん。
レグルスくんはまだ社交界ではよく思われてない節があるそうだ。それに私を良く思ってない人間も多い。
だけどそこに「梅渓公爵家のご令嬢が菊乃井侯爵の弟と仲が良い」って噂が加わると、おいそれと悪口も叩きにくくなる。
ようは下心があるんだよ、こっちには。
そしておそらくは梅渓公爵もそれを解ってて、和嬢を遊びに来させてくれたんだと思うと、ちょっと和嬢に申し訳ないんだよね。
和嬢は純粋にレグルスくんを好きでいてくれるんだろうに。
レグルスくん達に聞こえないように、距離を取りつつシオン殿下に告げれば、殿下もそっと眉を下げた。
「まあ、僕ら貴族って自分の結婚も好きになる人も、誰かに必ず影響する立場にあるからね」
「……梅渓公爵閣下にもヴィクトルさんにもお気遣いいただいてるのも、解るんですよね。和嬢を利用する形にしてしまって、本当に申し訳ない気持ちで一杯です」
長く大きなため息が口から出る。
統理殿下とゾフィー嬢だって政略だけど、二人はそんな事関係ないとばかりに睦まじい。レグルスくんと和嬢だってそうだけど、五歳やそこらで貴族同士の権力争いの牽制とかそんなんに利用されるなんて……。
つくづく業が深い。
そう思っていると、ぽんっとヴィクトルさんが私の肩を叩く。
「あのね、下心があるのはあーたんだけじゃないから」
「へ?」
「勿論けーたんにだって下心はあるの」
どういうことさ?
疑問符を顔に張り付けていると、シオン殿下が「けーたん?」と遠い目をして呟く。それをちらとも見ずに、ヴィクトルさんは言葉を続けた。
「ほら、この間の帝都のお茶会でシュタウフェン公爵家のご長男が和嬢を転ばせたろ? 滅茶苦茶根に持ってるんだよね」
「はぁ……?」
「なのにさ、そのシュタウフェン公爵から縁談が遠回しに持ち込まれて」
「……シュタウフェン公爵家、本当に大丈夫なんですか?」
「そこまで空気読めない人だったっけ? いや、あの人ならやるか……」
シオン殿下はシュタウフェン公爵の為人を知っているからか、痛そうにこめかみを揉む。
大方、この間のお茶会で下がった好感度を盛り返そうとかそんな話なんだろうけども。
転ばせちゃった女の子に謝りもしなかったくせに、その子に縁談の申し込みなんか、いくら面の皮が厚くても私だったら出来ない所業だ。
困惑していると、ヴィクトルさんも眉間を揉む。
「物凄くけーたん怒っちゃってさ。どうしてくれようかって息巻いてたとこに、れーたんが和嬢と良い感じだったってのがお耳に入っちゃって」
「うん? そうなんです?」
「うん。和嬢に聞き取りもしたそうだけど、れーたんの事『おとぎばなしのきしさまみたいですてきでした』って言ってたんだって」
「和嬢解ってらっしゃる。レグルスくんはカッコいい騎士様ですとも」
「うん。あーたんもブレないよね、そういうとこ」
ブレる訳ない。私のひよこちゃんは世界一可愛いしカッコいいんだ。異論は認めない。
言い切ると、シオン殿下が「世界一カッコいいのは兄上ですが?」とか言って来る。この人もブレないな。
そんな私達にヴィクトルさんはちょっと呆れたような視線を寄越す。解せない。
「……いや、話が変わるからちょっと自慢は置いといて。そんなに和嬢がれーたんを好きなら、いっそ婚約でもどうかって向こうは言ってるんだけど。あーたんだって和嬢がれーたんと婚約したら、利用してるなんて思わなくて済むし、けーたんだってシュタウフェン公爵家の横っ面をひっ叩いてやれるし、皇家だってシュタウフェン公爵家の力を削いで信用できるお家に力をつけてもらえる訳だし。どう?」
「どうと言われましても!?」
え? 五歳で婚約? 早くない?
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