第393話 それぞれの花模様
梅渓宰相はそもそも公爵家を継ぐ立場になく、物凄く遠縁の子爵家のご出身だったそうだ。
植物学者を目指し、末は象牙の斜塔に身を置きたいって希望していた人だったという。それが何で公爵家の当主にして、世界に名を轟かせる敏腕宰相になったのか?
答えは簡単。
梅渓家のご令嬢が、契沖少年を見初めて「彼でないなら尼になる!」って頑張ったから。
たった一人しかいないお嬢さんに、親は弱かったらしい。しかしそのお嬢さん、物凄い人を見る目があった。
契沖少年はなんとエルフの英雄の一人、ショスタコーヴィッチ卿のお気に入りの弟子だったのだ。
契沖少年は非常に魔術師としての才もあり、学ばせてみれば政治や経済学その他色々をさくっと吸収したそうな。
元々契沖少年は学ぶのが好きだったし、それを実践するのも好きだったようで、あれよあれよと言う間に宰相になって早数十年。だけどそんな傍ら、今でも植物学が大好きで、お家で色々育ててるとか。
そもそも梅渓家への婿養子の条件にさえ、植物学は続ける。公爵家の庭に彼専用植物園を作るってのを入れたぐらいだ。
公爵家はその条件を呑んでもお釣りが出るほどの人材を手に入れた訳だし、公爵家令嬢・現公爵夫人は今でも旦那さんに夢中なんだそうな。
うちと似た境遇なのに、あまりにも違い過ぎて羨む気にもなれない。
「だから、マンドラゴラの花は凄く喜ぶと思う」
「あー……」
ヴィクトルさんの言葉に、レグルスくんと二人で頷く。そら植物好きならマンドラゴラにも興味あるか……。
だからって孫娘に贈られたものを、あの好々爺然とした宰相閣下がどうこうするとは思わないけど。
でも、多分殿下方の反応を見るにそれだけじゃないな。
それはそれで気になるけど、聞いたところで答えないんだろう。何となくそう思うから、この件はもうスルーする。
今日のレバーペーストは料理長お手製、リュウモドキのレバーペーストだ。
どうあっても美味しいそれを楽しんでいると、ゾフィー嬢が昨夜に引き続いてその白磁の肌を嬉しそうに上気させた。
「美味しい……!」
「臭みが全くないな。これは気を付けないと食べ過ぎてしまう」
「レバーが好きじゃなくても、これは好きになってしまう味だよ。本当に凄い」
しみじみと統理殿下もシオン殿下も、レバーペーストを塗ったパン片手に唸る。
するとフェーリクスさんがこれまたしみじみと呟いた。
「皇帝陛下方に差し上げるに、何の変哲もない栄養剤のような不老長寿の薬とやらより、このレバーペーストの方が余程気が利いてると思うがなぁ。どうだね、鳳蝶殿。瓶のラベルに『不老長寿』とでも書いて、このレバーペーストを差し上げるのは?」
「いやいや、そんなこと……。え? そっちのが良いです?」
「吾輩はその方が余程気が利いてると思うぞ。結構な事じゃないか、ドラゴンのレバーペースト。美味な上に、ドラゴンの肝自体に妙薬としての思い込み……じゃない、概念があるのだから」
そんな身もふたもない事言われても……。
ちょっと反応に困っていると、ロマノフ先生が「良いんじゃないですか?」と口を開く。
「陛下は洒落が解る人ですし、寧ろそっちの方が喜ぶんじゃないですかね? 彼も食道楽な所があるから」
「そうだな。父上も母上も、薬よりこのレバーペーストの方が喜ぶかな。ここのレバーペーストは、食べたら本当に長生きできそうなくらい美味だ。なあ、シオン?」
「はい、そう思います。父上にも母上にもお土産話をしたら、絶対このレバーペーストを食べたいって言うだろうし」
皇子殿下二人して、凄く力強く頷く。
それならそれでいいか。
料理長はレバーペーストをその日食べる分だけしか作らないから、材料はまだ時間停止状態で鮮度を保ったまま残されている筈。
皇子殿下用のお土産にちょっと確保しといてもらうように、ロッテンマイヤーさんから料理長へと伝言してもらって、後はフェーリクスさんが洒落になるようなラベルを作ってくれるそうだ。
ご飯の後は殿下方とゾフィー嬢にお着換えしてもらって、街へ。
待ち合せの時間まではまだあるから、件の三人組冒険者に回復魔術をかけるために冒険者ギルドに行けば、彼の三人組は神妙な顔で待っていた。
「お? 昨日と顔つきが違うな?」
挨拶もそこそこに、統理殿下が三人に声をかけた。
それに対して、三人はへにょっと眉を下げて話し出す。
彼ら、あれからシャムロック教官とお話したそうだ。
最初は自分達の実力も顧みない行動に対するお説教かと思っていたそうだけど、そんなことはちっともなくて。
命があって良かった事、初心者だって言ってもわりにしっかり修業した回復魔術の使い手の練習台になった事、凄く運が良かったしそれも成功に必要な要素だと言って貰ったらしい。けれど、そんな成功する要素を持っているなら、猶更知識や経験がない事が惜しまれる。
だから初心者講座をきちんと受けて、それを階に大きく育って行くと良い。そうなるよう、きちんと手助けはする。
シャムロック教官は彼らに懇々と言い募ったそうだ。
「……俺ら、前にいたパーティーではろくすっぽ立ち回りとかも解んなくって。『目で盗め』とか『自分の頭で考えろ』って怒鳴られて、その癖教育費とかって給料差っ引かれてさ」
「真面目に、『きちんと生きてく術を教えたい』とか言ってくれる人がいるなんて思わなかった……」
「シャムロック教官だけじゃなくて、アタシ達が話を聞いたパーティーの人達も心配してお見舞いに来てくれたんだ。親以外に心配してくれる人なんか、いないと思ってたけど……そうじゃなかった……」
そんな訳で彼らは親身になってくれるシャムロック教官を信じて、初心に帰って学び始めるそうだ。
ぽつぽつと語られる三者三様の言葉に、内心でため息を吐く。
彼らは社会にいながら、孤立していたのだ。頼れるものは自分達だけという状況に、いつの間にか追い込まれ、また自らで追い込んでいたのだろう。
だから冒険者同志、仲良くしてほしいんだよ。同業者とのつながりがセーフティーネットの役割を果たすこともある。いや、人と人とのつながりが、命綱になるのは何だってそうだ。
冒険者ギルドが真に頼れる組織であれば、彼らのようにはじき出される存在も減って行くだろうけど、一度朽ちかけたものを蘇らせるのは何と難しい事か。
それでもこの菊乃井においては、冒険者ギルドとシャムロック教官が、三人の冒険者達の力になってくれるだろう。
一先ず私達は彼らの復帰を早められるよう、魔術をかけるだけだ。
統理殿下が穏やかに笑う。
「命あっての物種だし、経験も怪我が治ってからの事。さて、俺も君らのその気持ちを汲んで、頑張って治療するよ」
「兄上の仰る通りだよ。僕も頑張るよ」
「私も。そしてまた元気にご活躍なさってね?」
シオン殿下もゾフィー嬢も、同じく笑顔で冒険者三人ににじり寄る。
グレイといった坊主頭の少年も、軽装備のビリーも、ローブの女の子・シェリーも、顔を引き攣らせてはいたけど、今日はちょっと悲鳴を我慢してたみたい。
終わった時には三人とも、肩で息してたけど。
まあ、自分がどう生きるか覚悟したとこで、痛いもんは痛いんだ。合掌。
彼らは明日の治療で完治って事で、ゾフィー嬢の代りはレグルスくんがやることになってる。
そのレグルスくんはというと、待ち合わせ場所に一足先に付いてからマンドラゴラのお花を抱えてずっとソワソワしていた。
そして時刻。
待ち合わせ場所に、ヴィクトルさんに手を引かれ、小さくてフワフワしたお嬢さんが。
「菊乃井さま、レグルスさま!」
きらきらと笑顔を弾けさせて、和嬢が菊乃井にやって来た。
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