第381話 授業参観@ダンジョン 四時限目
この場で対応すると逃げるとで多数決を採ると、対応するが過半数を超えた。 だって反対したのリートベルク隊長とシャムロック教官だけだし。
たしかにアンジェちゃんや紡くんまで戦わせるのはどうかと思うんだけど、申し訳ないけどこの子達はそんじょそこらの冒険者達より頼りになってしまう。
だって素直に指示は聞いてくれるし、正確にこちらの意図をくみ取ってくれるんだもん。下手に自分に自信がある冒険者だと、そうはいかない。
それにいざという時はタラちゃんに二人を乗せて、冒険者ギルドに走ってもらえばいいことな訳で。
あと、ついて来てる先生達が何にも言わないし、姿も現さないんだからお察しだ。
殺れ。
そういう事なんだろう。
念のためにアンジェちゃんにも紡くんにも、大人と逃げるか聞いたら、思いっきり首を横に振られた。
紡くんには「わかさまやひよさま、にいちゃんといっしょのほうがあぶなくないから」と言われ、アンジェちゃんには「アンジェがおとなのひとをまもったらいいのぉ?」と言われ。
シャムロック教官とイフラースさんは大笑いしたけど、リートベルク隊長は死んだ魚の目になっていた。ごめんて。
とはいえ、実戦訓練が緊急討伐依頼に変わる事はない事も無いらしい。
「近くで盗賊が出た……とかで、一度生徒を連れて行ったことがありますね」
「そうなんですか」
「はい。まあ、菊乃井の衛兵が先に出動してるのを聞いていたからですけど。捕縛からの犯罪人引渡に至る流れを教えようと思って」
なるほど。
私と同じように皇子殿下方やゾフィー嬢が頷く。
冒険者の仕事って多岐に渡るんだ。
花形はダンジョン踏破だろうけど、うちみたいに細々冒険者にフォローしてもらって治安維持に努めてもらってたり。
強い冒険者に街にいてもらいたがるのは、彼らがいるだけでも大分
その点で言うと菊乃井にはエルフ三先生がいてくれるし、バーバリアンも晴さんも、他にも名高い冒険者がちょいちょい来てくれる。お蔭で女性や子どもが夜に一人で歩いていても、安全この上ないって評判。
それが人の流れと経済の流れに結びついて、菊乃井の景気は上り調子。まだ足らないけどね。
そんな事で内心ウギっていると、偵察に行かせたプシュケから映像が脳みそに流れてくる。
階層ボスの部屋の部屋にはまだついていないんだけど、その近く。
ゆっくりと奥の方──階層ボスの部屋の方から、何か重くて長い物を引き摺っているようなずるずるという音が近づいて来る。
最初は見えなかった姿も、音が大きくなると段々と輪郭がはっきりプシュケにも映って。
「う、うーん? なんだこれ?」
思わず首を捻る。
見えたものは、ぬめぬめした粘液に覆われた黒い膚に、極度に短い足が四本に長い胴体、時々尾の方が金に光るんだよ。顔は……魚っぽい。
もう一回首を捻ると、頭上で声がした。
「どんなものが見えたね?」
振り返るとフェーリクスさんがいて、その後ろには苦笑いするロマノフ先生とヴィクトルさん・ラーラさんの姿もある。
それにシャムロック教官が肩をすくめているのも見えた。
「えぇっと、ぬめぬめした黒い胴体にやたら短い足が四つついてて……体高は牛くらい? 尾が時々金に光ります。顔は魚みたいな」
「……なんと、リュウモドキではないか」
「リュウモドキ?」
その場にいた全員が首を捻ったけど、シャムロック教官だけが「あ!」と手を打った。
「龍に似た体格なのに龍というほどの知能はなくて、顔がなんだか魚で、なのにドラゴンっていう!」
「なんだそれ? 龍なのかドラゴンなのかはっきりしてほしいな」
奏くんの言葉に私達子ども組が頷くと、フェーリクスさんも頷く。
この生き物は奇妙な生き物で、未だに「本当にドラゴンなのか?」という論争を呼んでいるそうだ。
だって胴の長さと造形が龍に似ている。でも昔年経た龍と話すことが出来た人によると、その龍はリュウモドキの事を「羽の生えたトカゲの、知恵の足りない同族」と言ったそうな。そして龍はドラゴンを「羽の生えたトカゲ」と呼んでいる事も教わったそうだ。
うーん、ノーコメント。
とは言え、ドラゴンの下級。強いには違いない。
尾が時々光るのは、雷の魔術を使うために魔力を集めているからだってさ。
討伐する時は上の下クラスの冒険者パーティーが三つくらい集められるらしい。
でも、フェーリクスさんは「問題ないだろう」って。
「デミリッチの魔術を全部跳ね飛ばせる鳳蝶殿の結界であれば、小動(こゆるぎ)もせんだろうよ。それにあのぬめりは熱湯をかけてやれば取れる。そうすれば剣も弓も届くだろうさ」
「なるほど」
「それにな、一応ドラゴンなので肉は食える。美味だそうだ」
ぴくっとレグルスくんと奏くんと紡くんが反応する。勿論私もその言葉に、俄然やる気が出て来た。
だって美味しいって聞いたら食べたいじゃん!
「にぃに!」
「やるよ! 皆、準備はいい!?」
「おう!」
育ち盛りにはお肉ほど刺激されるものはない。
勿論殿下方とラシードさんもやる気だ。
それにゾフィー嬢が少しだけ困ったような顔をして、気づいたアンジェちゃんが話しかける。
「ゾフィーさま、おにくきらいですか?」
「好き嫌いはいけないと思うのですけれど、お肉の臭みが少し苦手なのです」
「……えぇっと、りょーりちょーさんがおにくくさくないようにしてくれるとおもいます!」
「そう? それなら私も大丈夫かしら?」
ウチの料理長の料理は絶品ですし?
ちょっと胸を張ると、安心したようにゾフィー嬢が頷く。
話に統理殿下もシオン殿下も加わる。
「俺も昨日からお世話になっているけれど、本当に旨かった!」
「昨日のスペアリブの煮物なんて、骨まで食べられたんだよ」
「まあ、凄い! お野菜は?」
キラキラと目を輝かせるあたり、ゾフィー嬢も美味しいものが好きらしい。
そう言えば、今日はゾフィー嬢も空飛ぶ城に泊まるんだった。
「今日は俺やシオンがもぎった野菜を使ってくれるそうだ」
「そうなんですね? まあ、殿下方が手ずから……!」
「うん。俺は野菜をもぎることが出来る皇子になった。一つ成長したぞ」
きゃっきゃうふふしている殿下方を、奏くんや紡くんラシードさんが微笑ましく見ていた。
そして「おれらと変わんないな」と、奏くんが呟く。
レグルスくんがこてんと首を傾げた
「かな? なんで?」
「いや、若さまやひよさまを見ていて解ってた……筈なんだけど。貴族もおれらもそんな変わんないって」
「うん。皇子様だって笑ったり喜んだり怒ったり悲しんだりするよな。皇子様達も俺と同じだ」
「そうだね。そうだけど、王様になるとそういう事が中々できなくなるんだよ」
「俺もそれはちょっと解る」
ラシードさんがそう言って遠い目をする。
「俺もさ。族長の息子なんだから、好き嫌いを表に出すなってよく言われたよ」
たかが少数部族の、それも族長の息子とは言っても三男坊でさえ、周りを慮って様々な制約を課されるのだと、ラシードさんが零す。
三男坊ですらそれなのに、将来皇帝として多くの臣民の命に責任を負う第一皇子と、それを支えて万一の時は代りになるべく育てられる第二皇子と。そして皇帝となった人と共に、その責任を背負うことになる公爵令嬢。
でも三人とも、普通の人間なんだ。支えが必要だ。
奏くんが言いたいのは、そういう事なんだろう。
ちょっと切ない気持ちになっていると、のしのしと足音がして「ギャオォォォォぉ!」と無粋な咆哮が聞こえ、不気味な魚の顔も確認できた。
「うっさいな! 人が考え事してる時に!!」
空気読めよ!
イラっとして叫ぶと、先行させていたプシュケが光る。
するとプシュケから青の光が出て、リュウモドキの脳天めがけて氷柱が落ちた。
「おや、弱点を知っていたのかね?」
「いや、知らないと思います。あの子、考え事を邪魔されるのが地雷みたいで」
「ああ、踏み抜いたのか。それは仕方ないな」
フェーリクスさんがおっとりと言えば、ロマノフ先生が苦笑い。ヴィクトルさんやラーラさんも肩をすくめた。
氷柱に脳天を貫かれたリュウモドキは、ぴくぴくと三度ほど痙攣する。そして沈黙。
「にぃに、ささってるよー?」
「久々に見たな、若さまの怒りの氷柱」
ゲラゲラと笑うレグルスくんと奏くんの声が、ダンジョンの岩肌に響く。
八つ当たりで氷柱落とすとか恥ずかしくて、穴を掘って埋まりたくなった。
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