第380話 授業参観@ダンジョン 三時限目

 シャムロック教官がほっとしたのは、私達が市井の子どもとそう変わらなかったかららしい。


「あれだけの腕前ですし、勿論社会的地位もおありだから。もっとこう、言い方は悪いのかも知れませんが、冷めてらっしゃるのかと」

「ああ、なるほど」


 たしかに、同年代の子たちよりは大人びてるんだろうけど、そりゃ私だって普通にお小遣いで買い食いとかしたい方だし。

 統理殿下にしてもシオン殿下にしても、ゾフィー嬢にしても、そういう事をしたことない分憧れはあるって聞いてもいる。

 したことがないっていうのは、出来ないっていうことの裏返しだ。

 彼らも彼女もやんごとない身分なんだから、いつでも害されることに気を配らなきゃいけない。そうなるとどこの誰がどんなふうに作ったかも解らない・確認できない物は口に言えられないんだ。必然、買い食いなんかできない。

 私にそれが許されるのは、ここが自分の領地で、先生達がいてくれてるからだ。

 そして今回、皇子殿下達もゾフィー嬢も、これが終わったら、初めて自分で稼いだお金でお買い物が出来て、買い食いも出来る。

 そんな事情を全ては説明できないけど素直に話せば、教官は「そうなんですね」って切なそうな顔をした。

 シャムロック教官がそんな顔することはないんだけどな。

 私達は生まれのお蔭で少し自由がない代わりに、せずに済む苦労はしていない。それは殿下方も思ったようで、教官に「気にかけてくれてありがとう」って仰ってた。

 それはそれとして。

 今の戦闘ついての振り返りだ。

 シャムロック教官が取っていたメモを見つつ、評価を話す。


「初めてなのに、よく連携が取れていたと感じます。特に弓組は矢じりに氷結魔術を乗せて敵の動きを止めて、確実に他の仲間を援護するというのが良かったですね。それは魔術組も同じで、最初に動けなくして、確実に倒す方法がとれていて素晴らしかった。他の人達も、相手の攻撃範囲に入らずに仕留めることが出来ていました。この調子で次は付与魔術を使用して戦ってみましょう」


「はい!」と皆で返事をすると、再び奥へと歩きだす。

 講座のダンジョン実習はだいたいボスのいる階層まではいかない。その手前で連携の強化や、個人的な武勇の訓練をして終わる。

 次にモンスターに遭遇した時は付与魔術を使うことになったけど、そのことで教官から「戦術などを話し合ってみては?」と提案があった。

 なので次の動きはどうするかを少しだけ話し合う。

 立ち止まると「フォルティスはいつもどうしてる?」と、統理殿下が口を開いた。


「どうって、接敵前に若様が物理・魔術の壁を作って、付与魔術で全面強化。その上でさっきみたいに凍らせたり、直接弓やらスリングで動けなくして、ひよさまがざくっとやってる」

「タラちゃん達も足止めや直接攻撃に参加してます」


 奏くんと私の説明にシオン殿下が頷く。


「となると、僕やアンジェは奏や紡と攻撃を同じくした方が良いね」

「私とラシードさんは鳳蝶様と一緒に付与魔術に参加する方がよろしいかしら?」

「そうだな。ハキーマにも援護させる。で、アズィーズにナースィルはタラちゃん達と同じく、だな。ぽちも前衛で」


 ゾフィー嬢とラシードさんは魔術をメインにサポートに回ることになった。

 すると統理殿下がレグルスくんににこやかに話しかける。


「俺はレグルスと共に切り込めばいいんだな? よろしく頼む、レグルス」

「はい! れーにおまかせ、です!」


 基本の戦い方は魔術や飛び道具で牽制して、それを避けて近付いてきたものを倒す。

 大きくはさっきの戦い方と変えないけど、役割は明確に。

 それが終わると、教官に声をかけてまた歩き出す。

 しかし、行けども行けども、モンスターがやってこない。

 ぷくっと膨れたレグルスくんが「モンスターいない」と呟くのに、教官が眉を八の字にして困り顔で笑った。


「あー……そのー……多分皆さんが強すぎるんだと思います。ダンジョンのモンスターは自然界に生息するモンスターと違って、あまり強い冒険者が来ると皆隠れてしまうんだ」


 ああ、そう言えば、ラーラさんが授業でそんな事言ってたっけ?

 自然界にいるモンスターにも強い人間を見たら隠れてしまうようなのもいるけれど、人間を見慣れないような所に住んでるモンスターだと、かえって寄って来ちゃうとかなんとか。でもこれがダンジョン産モンスターだと、自分より弱い相手は襲うけど、強そうだと逃げちゃうって。

 つまり、まあ、うん。そりゃ強いもんな、私達。

 あれ? でも、じゃあ、さっきの蟻ってなんで出て来た?

 はっとして奏くんを見ると、彼も何かに気が付いたようで「若さま」と私を呼ぶ。


「今すぐボスの所に行った方が良いと思うぞ」

「そうだね。悠長にはしてられない気がする」


 私達の会話に、統理殿下やシオン殿下、ゾフィー嬢が「何故?」という顔をした。

 勿論リートベルク隊長やイフラースさんも首を捻る。

 シャムロック教官がはっと顔色を変えた。


「……皆さん、引き返しましょう」

「え? いや、しかし」


 統理殿下がシャムロック教官と、私と奏くんの間で視線を行き来させる。

 苦い顔で教官は私に告げた。


「異変が起こったのはたしかでしょうが、貴方方はまだ見習い。危ない目に遭わせるわけには……」


 教官はやはり教官なのだ。私達の安全を確保しないといけない責任をもって、退避を選んだんだろう。

 それは解るし、教官が正しい。でも、多分ちょっと遅かった。

 奏くんが大きく息を吐く。


「教官、もう多分遅い」

「え?」

「蟻は多分、追われて逃げてて、冷静な判断が出来ないでおれ達に向かってきたんだと思う」

「私もそう思います。恐らくですが、ボスの部屋に入った冒険者が討伐に失敗して、階層ボスの部屋が開放されたんだと思います。そして運悪く、その階層ボスは特殊個体だったんじゃないかと」


 私と奏くんの言葉に、シャムロック教官の顔が青くなる。

 ままあるんだ。

 ボスに挑んだ冒険者が、討伐を失敗して階層ボスの部屋が開放されてしまう事が。

 だけど普通のモンスターは何でか部屋から出ない。その理由を沢山の学者が研究してるけど、全然解明されない。

 その中で更に謎なのが、特殊個体だ。

 特殊個体のボスモンスターは、普通とは違って外に出ようとする。

 大発生は、この外に出ようとする個体が沢山生まれた事で起こるって言われてるけど、定かじゃない。

 そして、概ね特殊個体はえぐいくらい強いのだ。

 それでも、私の状況を読むスキル「千里眼」は「負ける相手じゃない。寧ろ外に出られたら厄介」と言って来る。

 奏くんもにやっと笑ったくらいだし、彼の「直感」から進化を遂げた何かのスキルも、この場で戦うなら負けはないって言ってるんじゃなかろうか?

 確認のために「どう?」と聞けば、奏くんは「今なら負けない」と応じた。


「と、いう訳なんですが……」

「しかし……」

「いけません! 皇子殿下方にゾフィー嬢がいらっしゃるのです、ここは退避を!」


 躊躇うシャムロック教官に、リートベルク隊長が大きな声を出す。

 ならば皇子殿下二人とゾフィー嬢、アンジェちゃんには退避してもらうとしよう。

 そう告げれば、皇子殿下二人は首を横に振った。


「殿下!?」


 リートベルク隊長が咎めるように叫ぶ。しかし、統理殿下もシオン殿下もゾフィー嬢も、しれっとしたもので。


「……だって、着いて来てるんだろう? ロマノフ卿達」

「心配ないんじゃないの?」

「寧ろ父が『あの人達は出来る事は積極的にさせるスタイルだから、階層ボスの部屋に放り込まれる覚悟で行きなさい』と言っておりましたもの」

「ああ、俺とシオンも言われたぞ。そのくらいの覚悟がないなら、菊乃井家に行かせられないって。なあ、シオン?」

「言われましたねぇ、兄上」


 仲良く三人は笑う。

 っていうか、ロマノフ先生やっぱり皇帝陛下たちにも無茶ブリしてたんだな……。

 思わず遠い目をした私の肩を、奏くんが労わるようにそっと叩いた。

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