第382話 授業参観@ダンジョン 五時限目
やっちゃった。
思わず天を仰ぐと、ぽんと肩を叩かれた。
振り返ると統理殿下がニヤリと笑う。
「お前、意外に短気だな?」
「……見苦しい所をお見せしました」
「うん? 七歳なんだから、そういう事もあるだろう。人間にはやらないんだからいんじゃないか?」
「な?」と統理殿下がシオン殿下に振れば、彼も頷く。
「変な話だけど、ちょっと安心した。そういう子どもっぽい所もあるんだなって」
「そうですわね。イラっとした時に八つ当たりすることなんて、よくある事かと。規模が少し大きいけれど、滅多にこんなことはないのでしょう?」
ゾフィー嬢も殿下方の言葉を受けて慰めてくれるけど、穴があったら入りたいのは中々収まらない。
「敵味方の区別はついていますし、人間を攻撃することはないので、その辺は無意識でも制御出来ているんですから、特に気にするほどでもないのでは?」
にこやかにロマノフ先生が私の肩を叩く。
なんだかな……。
でもいつまでも、そこでぐずってても仕方ない。
脅威も去ったんだから、授業に戻る事に。
念のために階層ボスの部屋に誰かいないか、大発生の予兆とかがないか確認に行ったんだけど、これがビンゴ。
大発生の兆しとかは全然なかったけど、倒れていた冒険者パーティーを発見したんだよね。
更に幸運なことに、彼らは生きていた。
モンスターに負けて生きて帰るって、ほとんどない。大概モンスターの腹の中に消えて、骨も残るかどうか。運が良ければモンスターの排せつ物に、冒険者ギルドのドッグタグが混じって、それを拾った人に弔ってもらえるくらいか。
シビアなんだよ。
だけど今回は冒険者パーティー全員、怪我をして意識はないけど生きている。
これはリュウモドキの習性ゆえだと、フェーリクスさんは言う。
リュウモドキというのは、獲物を弄んで嬲りつつ、生きたまま食べるのだそうだ。
一度意識を失わせて、逃げられないような怪我を負わせてから、徐々に腕を齧ったり足を齧ったり……そんな感じで。
助けた冒険者は三人。みんなぽちの背中に乗せて運んでる。
リュウモドキはロマノフ先生のマジックバッグの中だ。
しおしおと歩いていると、ポンと統理殿下の手が背中に触れた。
「俺はお前と同じくらいの頃、父上に毎日説教喰らってたぞ」
「逆に毎日説教喰らうって何やってたんですか……?」
胡乱な目を向けると、統理殿下は「何だったかな?」と首を捻る。
シオン殿下も少し考える素振りをして、それから口を開いた。
「たしか宝物庫に置いてある、何とかって言う短剣でチャンバラしてたら、滅茶苦茶怒られましたよね?」
「ああ、そう言えば。あれ、国宝だったらしい」
「いや、ちょっと、なんてことを……」
私のやった事より可愛い悪戯だとは思うけど、国宝で遊ぶとか何考えてんだ。
引いてると、くつくつとロマノフ先生が笑う。
「佳仁君は自分もやったことだから、さぞや叱り難かったろうに」
「え? 父上もやったんですか?」
「ええ。その時は先帝陛下に拳骨を貰ってましたが」
「何やってんだ、父上……」
本当だよ、親子して何してんの?
皆が生温い雰囲気になった辺りで、ダンジョンの入口が見えて来た。
ここからはちょっとズルだけど先生方の転移魔術で、ばびゅんと菊乃井の街に帰還。
冒険者ギルドの扉の前につくなり、シャムロック教官が告げた。
「本日の実習はドロップアイテムを整理して分けるまで……と言いたいところですが、怪我人を保護したのでその報告などなどの手続きをやってしまいましょう」
皆で返事をすると「まだまだ元気なようで良かった」と笑いながら、ギルドの扉を開ける。
ロップイヤーのいつものお嬢さんが、テキパキと受付業務を遂行しているのが見えた。
そのお嬢さんに聞こえるよう、シャムロック教官が「怪我人をダンジョンで保護した!」と大声を出す。
すると受付カウンターにいた大勢の冒険者が、さっと受付までの道を開けてくれた。
「人数は!?」
「三名。怪我の程度は……命に別状はないが重い」
「至急ベッドの手配をしますのでこちらに!」
ロップイヤーのお嬢さんがカウンターを跳び越すと、その奥で何かをしていた職員が受付に座って業務を代行する。
私達は教官の後ろについて、ギルドから一旦出て別棟にある救護室へ。
そこには綺麗で頑丈そうなベッドがきちんと五つほどおいてあって、教官やロマノフ先生達大人が手分けして怪我人をそこに寝かせた。
「この後は状況を報告します」
そうシャムロック教官が私達に説明するのを見て、ロップイヤーのお嬢さんが「ああ」と呟いた。
「実習中に保護してくださったんですね」
「はい。ただギルドマスターには後ほど報告書を提出しますが、特殊個体が出ました」
「え?」
驚くロップイヤーのお嬢さんにシャムロック教官やロマノフ先生が事情を説明する。
最初は普通に事情を聞いていたお嬢さんだったけど、出た特殊個体が「リュウモドキ」だったと聞いて、彼女の顔色が真っ蒼に変わった。
そして「ギルマスに報告してきます!」と、慌てて走って行く。
シャムロック教官が私達を振り返った。
「こんな感じで、怪我人を保護した場合は詳細を伝えます。その後の怪我人の処置は冒険者ギルドが請け負ってくれるので、保護した側はこれで終了。後で怪我人保護の報酬が少し出ますので、受け取りを忘れないでくださいね」
この報酬っていうのは、ギルドが積み立ててるお金から出るとシャムロック教官が教えてくれた。ただしその後で、保護された冒険者から治療費と共にその三分の二の金額を取り立てるってことも。
ただ菊乃井の場合、その救済処置がある。これは私、知ってるんだ。
この救済処置ってのは、怪我人に回復魔術の練習台になってもらう事。
練習台になってくれるなら治療費はなし、返すお金は三分の一でいい。ただしその代わり、回復魔術っていうのは急激に傷を塞ぐんだから結構痛いんだ。
ましてや初心者で魔素神経がまだ発達してない、初級の魔術師の回復魔術なんて超絶痛い。だからこの救済処置を受けるのは、お金が準備できていない人くらいだったりするんだよね。怪我が治ればまた働けるし、命があるだけ丸儲けだと思うけど。
「このルール、にぃにがかんがえたんだよ!」
レグルスくんのきゃわきゃわした声でハッとすると、教官が菊乃井特別ルールの説明をしてくれてたみたい。
するとポンっとゾフィー嬢が手を打った。
「私、その治す側に回りたいのですが……!」
「僕もやりたいな」
「あ、俺も。攻撃や防御の魔術は宰相が教えてくれるから使えるが、回復は滅多にやらないから中々上達しないんだ」
ゾフィー嬢に続いて殿下方が手を上げる。
まあ、場数は踏んでる方が良いだろうけど、さて?
リートベルク隊長の方を見ると、物凄く困った顔をしてる。
教官もそんなリートベルク隊長につられたのか、ちょっと困り顔だ。
「野菜をもげない皇帝よりもげる皇帝の方が良いし、回復魔術を使いこなせない皇帝より使える皇帝の方がお国もよろしいのでは?」
微妙なロマノフ先生の助け舟に、ヴィクトルさんが「野菜もぐのと回復魔術が同じなの?」と、これまた微妙な顔をする。
ラーラさんが私やレグルスくんの方に「君らはどう思う?」と尋ねた。
「そりゃ、回復魔術使える方が良いんじゃね?」
「俺はダンジョンにアズィーズ達と潜るし、あいつらの主としてその手当は俺がやるべきだと思うから練習してる」
「つむ、もうちょっとでできるって、だいこんせんせいがおしえてくれてる。おくすりのつくりかたもならうよ!」
「アンジェはエリちゃんせんぱいがおしえてくれるし、れんしゅうしてるの!」
「れーもれんしゅうしたから、ちょっとできる!」
奏くん、ラシードさん、紡くん、アンジェちゃん、レグルスくんは、皇子殿下方やゾフィー嬢が練習するのに賛成みたい。
「鳳蝶殿は?」
フェーリクスさんが私に向かって首を傾げる。
私?
私はそんなの。
「やればいいと思いますが、怪我人本人たちがどういうかですよね?」
そう言って視線をベッドにやれば、怪我人が起き上がって土下座しているのが見えた。
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