第374話 エクストリーム鬼ごっこへの誘い

 シオン殿下はどうにかこうにか指編みを程よい所まで編み上げた。

 それをきちんと処理して指から抜いて、片方の端に可愛いボタンを着け、反対側の端にボタンを通す穴を。

 それでブレスレット完成。

 淡い水色の毛糸のそれを腕に着けて、シオン殿下はご満悦だ。


「出来た! 作り方も覚えたから、これなら僕一人でも作れるよ。ありがとう!」

「どういたしまして」


 胸やけするような話を聞かせた後だし、この位の事なら全然手間でもない。

 聞いてもらった私は胸のモヤモヤが少し収まったし。

 このモヤモヤに誰かからの共感がほしかったんだろう。そしてシオン殿下は私と似たとこがあるから、同じくげっそりしてくれるっていう計算もちょっとは……。

 手元に可愛いボタンがあって良かった。

 時刻も気が付けばおやつ時。

 控えめに部屋のドアがノックされた。

 聞こえて来たのはアンジェちゃんの声で「おやつのじかんですよぉ!」との事。


「行きましょうか」

「ああ。兄上達も戻るだろうしね」


 二人で立ち上がると、ドアを開ける。

 立ってたのは菊乃井のメイドさんの恰好をしたアンジェちゃんで、大きな目を丸くしたかと思うと、私の後ろにいた殿下にぺこんとお辞儀した。

 皇子殿下への挨拶としては上出来で、振り返ればシオン殿下も驚いた感じ。だってアンジェちゃんまだ小さいもんね。


「アンジェ、だったね。久しぶり、お顔見せてよ」

「おひさしぶりです!」


 殿下の言葉にアンジェちゃんがばっと勢いよく顔を上げる。

 そのおめめからはキラキラして凄く純粋な好意が溢れていた。

 菊乃井歌劇団の帝都公演の大千穐楽の後、私と統理殿下はお話合いをしたんだけど、その裏側でシオン殿下とゾフィー嬢はレグルスくんや奏くん・紡くん兄弟・アンジェちゃんと宇都宮さんのお給仕で茶をしてたとか。

 それでシオン殿下とアンジェちゃんは打ち解けてる訳だ。

 他にもアンジェちゃんがシオン殿下に好意を持ってる理由はあるんだけど、それは殿下には内緒。


「おやつのじゅんびが、とととの? ととのい? ましたので、おいでください!」

「はい。よく『整う』がいえましたね」

「れんしゅーしました!」


 ぱぁっと顔を輝かせるアンジェちゃんの頭を撫でる。そうすると、アンジェちゃんは意気揚々とロッテンマイヤーさんがするように、私達を応接間へと案内してくれた。

 部屋にはもう統理殿下もレグルスくんもリートベルク隊長もいたけど、統理殿下は上着をすっかり脱いでお寛ぎモードって感じ。

 シオン殿下もこれにはちょっと苦笑する。


「兄上、すっかり寛いでますね?」

「いやぁ、ここは凄く居心地が良くて。それに稽古を付けてもらうのに、あんなごてごてした服着てられないな」

「稽古、付けてもらえたんですか?」

「うん。中々良い太刀筋だと言ってもらえた」


 二人の会話にレグルスくんを見れば、濃い金髪を揺らして頷く。

 それからちょこちょこと私の隣に座り、空いた統理殿下の横にシオン殿下が座った。


「げんぞーさんが『よく鍛えておられますな』って」

「そうなんだね」

「うん。でも……にぃに、おみみかして?」

「うん?」


 レグルスくんがちょっと膝立ちになって、私の耳に口を寄せる。

 ごにょごにょと伝えらたのは、源三さんからの「一対一の勝負に慣れ過ぎておられる。実際に襲われる時は多対一。戦闘の基本も多対一。実践感覚に欠ける気がする」というご指摘で。

 ごにょごにょ耳打ちにしたのは、それを面と向かって本人に言っても良いのか源三さんが悩んでたから、だそうだ。

 うーん、これは言わなきゃ駄目かな。


「殿下、それとリートベルク隊長。『無双一身流』の師範の言葉としてお聞きください」

「うん? どうした?」


 私の硬い声に統理殿下とシオン殿下、リートベルク隊長が背筋を正す。

 そんな三人を見ちゃったんだからこっちの背筋も勝手に伸びる。

 居住まいを正して源三さんの評価を伝えると、統理殿下が息を呑んだ。


「ちょっと手合わせしただけで、そんな事まで解るのか……」

「たしかに殿下の剣術の稽古は、私が僭越ながら担当しておりますが……一対一の稽古です」


 うーん、これはなぁ。

 ウチが多分特殊なんだと思う。

 何と言うか、ロマノフ先生もヴィクトルさんもラーラさんも源三さんも、戦闘訓練担当者みんな常在戦場って感じの所があるから……。

 じゃなかったら「二時間耐久鬼ごっこ、弓矢も飛んでくるし魔術も飛んでくるよ!」とかやんないってば。

 遠い目をしつつ、そう言えばシオン殿下の口元が引き攣る。


「え? 鬼ごっこなのに弓矢に魔術が飛んでくるの……? それ、鬼ごっこなの?」

「矢の先端は潰して、近くまで接近したら泥が発射される仕組みなんですよ。補足されようもんなら、泥塗れになります」

「うわ……」


「うわ」じゃねぇし。

 あの人達、私が運動音痴なの解ってて、バンバン際どい所を狙って来るんだよね。

 最初なんかどんだけ泥被ったか。


「でも、にぃにさいきんせんせいたちにやりかえしてるよ!」

「やり返してるって……。ロマノフ卿やショスタコーヴィッチ卿、ルビンスキー卿にか!?」

「そうですよ。最近反撃して良くなったんで、発射された泥を魔術でまとめてプシュケで泥爆撃してます」


 中々泥被ってくんないけどな。

 何処から出したか解らないような低い声で「うふふふふ」と笑えば、ひよこちゃんはニコニコしてるし、皇子殿下方とリートベルク隊長は引き攣ったようなお顔。

 そういやこの後、殿下方も交えて魔術の勉強だったっけ?

 今日は生憎奏くんや紡くんは来れないんだよ。

 お父さんがぎっくり腰になって、お母さんの農作業手伝うんだって。

 となると、私達兄弟と殿下方、アンジェちゃん、ラシードさんの六人で勉強って事になる。

 その時、私に悪魔が「やっちゃいなよ!」と囁いた。


「殿下方も、鬼ごっこします?」

「へ?」

「え?」

「今日いきなりとは言いませんけど、どうせお勉強するなら楽しいほうがいいと思うんですよ。ね、レグルスくん?」


 にこっといい笑顔でレグルスくんに同意を求めれば、ひよこちゃんはにぱっと笑って「たのしいよ!」と後押ししてくれる。

 だって鬼ごっこ、ひよこちゃんと奏くんは心底楽しんでるからね。

 地を這うような声でもう一度笑えば、ノックと一緒に「面白い事をお話してるね?」と聞こえて来て。

 ハッとして声が聞こえて来た入口の方を見れば、ラーラさんが立っていた。

 その表情は凄く面白がってる感じ。

「お邪魔するよ」と颯爽と部屋に入ってくると、ラーラさんはゆったりと空いてるソファーに腰かけた。

 レグルスくんが元気に両手を上げて、ラーラさんにアピールする。


「ラーラせんせい、でんかたちおにごっこしたいんだって!」

「ああ、聞いてたよ。そうだな、それならカナとツムが揃う日にやろうか。あの二人がいるのといないのとじゃ、難易度が違うからね」

「ああ、奏と紡か……! シオンから聞いてる。いい子達らしいな」


 ラーラさんからでた奏くんと紡くんの名前に、統理殿下が喜ぶ。

 それは良い事なんだけど、殿下「難易度が違う」って言葉聞いてたんだろうか?

 シオン殿下はちゃんと聞いてたらしくて「難易度が…あがる…?」って呟いてるけど。


「じゃあ、アリョーシャやヴィーチャにも言っておくよ。何だったら近衛の君も参加したら?」

「それは、よろしいのでしょうか……!?」

「良いんじゃないの? 今の自分の実力を測る指針になるじゃないか」


 それもそうだな。

 因みに近衛兵を菊乃井の砦で鍛える件に関しては、ロマノフ先生にお話したら苦笑を噛み殺しながら、帝都に魔術で飛んくれてる。

 なんだか大事になって来てる気がしないでもないんだけどな、どうしてこうなった?

 思わず殿下方の方を見ると、統理殿下はワクワクしたお顔だ。その表情はレグルスくんのワクワクした時のそれとそっくり。

 その隣のシオン殿下は死んだ魚とそっくりな目をしてる。

 そんなシオン殿下にラーラさんがにっと口の端を上げた。


「どうかしたかい、シオン殿下? 鬼ごっこ前はまんまるちゃんもよくそんな目をしてるよ」


 聞きたくなかったな、それは……。

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