第367話 着実に埋まるスケジュール

 治安維持に関して会議で決まった事は、二人の皇子殿下が滞在中は初心者冒険者講座の受講条件である、市中の見回りの回数を少し増やす、そして冒険者達にも協力してもらうこと、衛兵の見回り回数と人員をちょっとだけ増やすことの三つ。

 フェーリクスさんのお弟子さんについては特に準備しない事に決めた。

 これはフェーリクスさんからの提案というか、お弟子さんは師匠のフェーリクスさんから見てもちょっと変わってるなって感じの人が多くて、約束した日時に現れないとかあるあるだから、下手に準備するとこちらに迷惑をかけるっていう話で、そういう事なら家を押さえつつお弟子さんが現れるのを待とうって事に。

 私は別に良いんだけど、一瞬ルイさんのこめかみがピクッてなってた。

 うーん、学研都市をつくるなら学校の周りに教員や研究者の家はあった方がいいし、研究者のお家にはその研究を守る仕組みなんかも欲しいよね。

 そこと商業地域は別にした方が良いだろうか?

 なんか夢が広がるよね。

 だけど、それはまだまだ先の事として、直近の事だ。

 行啓の間の予定をある程度決めておいた方がいいだろう。


「普段通りで良いんじゃないです?」

「そうだよ」

「それでいいって向こうも言ってる訳だし」


 これはエルフ三先生の意見。

 でもうちの普通って、それこそツナギ着て首にタオル巻いてスコップとか担いで農作業なんですけど?

 あと、動物のお世話とか?

 それ以外となれば、延び延びになってる初心者冒険者講座を受けないと。

 これをこなさないと、うちの冒険者ギルドでは見習いアプランティから卒業できない。忙しくないうちに私やレグルスくんと奏くん紡くん兄弟、それからアンジェちゃんにラシードさんは、講習を受けに行こうと思ってたんだよね。


「なので、私達のパーティー『フォルティス』とラシードさんとアンジェちゃんの講習をお願いしたいんですけど」


 物のついでと言っちゃなんだけど講座の予約を入れると、ローランさんはちょっと戸惑うような表情になる。


「そりゃ構わんが、するってぇと皇子殿下連中ももしかしたらそれに参加するかもってことかい?」

「あー……日程が重なれば?」

「おう……マジか。いや、うちはいいんだがよ。お国的にはいいのか?」

「え? 寧ろお国的には大丈夫じゃない方が問題なんじゃないですかね?」


 だって帝国ってその成り立ち上、冒険者と縁が深いのに。

 帝国は昔々帝国成立以前にあった国の辺境伯が、圧政に耐えかねて立ち上がって、紆余曲折あって出来た国だ。

 当時の上層部の貴族出身者って、初代皇帝とその親友とほか数人くらいで、後は志に惹かれた冒険者や家も爵位も持たない一般家庭出身者だったそうなんだよね。

 それが論功行賞とかで爵位や土地を賜って、今の貴族のお家が出来上がった訳だ。それだって興亡が色々あって、初代皇帝から続く名門なんて片手の指の数も残って無い。

 因みに菊乃井さんのお家柄は、十代も遡れば何とかいう大公家に行きつく、らしい。この辺はちょっと改竄の後が見え隠れしてるから、追及してはいけない。追及する意味もないしね。

 閑話休題。

 ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんに顔を向けると、三人は少し考えるような素振り。

 ルイさんが眉間を指でとんとんと軽く叩く。


「安全さえ確保されていればよいのでは? 菊乃井が教育に力を入れ、ダンジョンに対する対策に領全体で取り組んでいるというのを、内外に示すことになりましょう」

「それに冒険者は危険な職種であるのに、ある意味軽んじられている。それを知る事は後の政にもつながっていくのでは? いや、冒険者だけでなく、一般庶民の暮らしも学ぶと良いと考えるが……。ダンジョンは菊乃井の弱みでもあるが、強みでもあろうし」


 フェーリクスさんも皇子殿下二人が講座を受けるのには乗り気みたい。モンスター講座が要りそうだったら手伝うって。

 あとはエルフ先生たちだけど、ヴィクトルさんが「魔術の講座は要らないね」と呟いた。


「というか、冒険者の心得と業務、倫理くらいじゃないの? 必須で受けなきゃいけないのって」

「そうですね。フォルティスのメンバーにアンジェちゃんとラシード君は、私達が魔術や戦闘訓練は請け負ってます。皇子殿下方も魔術は宮廷魔術師長である宰相閣下がご担当ですしね」

「他は応急手当や実地訓練をギルドで講座を受けたら、あとは大丈夫じゃない?」


 ヴィクトルさんの言葉を受けて、ロマノフ先生やラーラさんが、ローランさんにそう言えば、ローランさんも「そうだな」と一言。

 ということは、皇子殿下二人は一緒に初心者冒険者講座を受講、だな。

 ロートリンゲン公爵家のゾフィー嬢や、梅渓公爵家の和嬢は立場的に難しいから、彼女たちの訪問日と講座は別日に設定しておこう。

 それで、彼女達がくる日は菊乃井歌劇団の公演を見られるようにしようかな?

 ゾフィー嬢は歌劇団のファンらしいし、和嬢も華やかな舞台はお好きだそうだし。

 これに関してはルイさんも先生達も「そのように」って同意してくれた。

 他にも砦の見学とかダンジョンの見学とかも意見に出たけど、それは二人が行ってみたいと希望した場合で良いだろうって感じ。

 なんでもかんでも明け透けに見せる事は出来ないけど、見せられるものは見せておいた方が今後の菊乃井のためにはなるだろう。

 一週間程度の滞在なら、この程度の予定でいいかな?

 それじゃあ後はこの話をまとめて、宰相閣下に一応「こんなプランで考えています」って連絡しておこうか。

 じゃあ、とりあえず会議はこの辺で終わりって事で。

 解散の声かけをしようとした時だった。ロマノフ先生が「はい」と手を上げた。


「先生? 何かありました?」

「いえね、厩舎を建てている時に鳳蝶君とレグルス君がお話していたのが気になって」

「んん? 私なにか言いました?」

「どこかに遊びに行きたいね、と」


 ああ、そう言えば。

 その時傍に先生がいらしたな。

 思い出していると、ラーラさんがニヤリと笑う。


「いつも頑張ってる良い子たちにはご褒美がなきゃね」

「そうだよね。楽しい夏の思い出を作らないと」


 ヴィクトルさんもなんかワクワクしたような、そんなお顔。

 どういう事だろう?

 ちょっとドキドキしていると、先生達がにこっと柔く笑った。


「去年は海でしたが、今年は山と湖で遊びましょうか」

「昔々だけど、僕達がまだパーティーを組んで世界を巡っていた時の用意が残ってるんだよね」

「それを使って山や湖にいってお泊りしようか。綺麗な景色や見た事ない鳥や動物が見られるところにつれてってあげるよ!」

「え!? 凄い! いいんですか!?」


 それってキャンプってやつじゃん!

 わー! 凄いな! どうしよう!? ワクワクが止まらない!

 嬉しくなって万歳をしようと手を上げると、ふとルイさんがこちらを見ている事に気付く。その視線に一瞬ドキッとしたけど、でもルイさんの目は凄く優しく穏やかに私を映していて。

 私がルイさんを見ていたことに気付いたのか、ルイさんが口の端をあげた。


「どうぞ、英気を養っていらしてください。道のりはまだ遠いのですから、ゆっくり急がず確実に参りましょう。その為にも休養は必要です」

「うん、ありがとう。帰って来たら、また頑張るね」

「はい。どうぞ沢山思い出を御作りください。そして少しずつ焦らずにご成長ください」

「お出かけの間の街の事は任せてくんな。大人だってやるときゃやるんだから」

「うむ、吾輩に出来る事があるなら遠慮なく使ってくれたまえよ」


 ローランさんの言葉もフェーリクスさんの言葉も、凄く暖かくて嬉しい。

 ひよこちゃんも喜ぶだろうなぁ!

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