第366話 君主は愛されるより恐怖されろと言うけれど

 クラフト・コーラの炭酸割りは概ね好評だった。

 炭酸が苦手な人も、お水や牛乳で割ると飲めたし、ポムスフレとのセットもいい感じ。でもまあ、苦手な人はやっぱりいるもので、ダンジョン帰りに飲んでもらったラシードさんは、ミルクに入れたのはチャイのようで飲めるんだけど、水割りも炭酸割りも駄目みたいだった。

 もう少し色々研究は必要ってとこかな。

 差し当たりは砂糖の分量をもう少し減らすことかな。虫歯も気になるし、やっぱり脂質と糖分過多は怖い。

 その辺はジャミルさんと、彼から連絡してもらった次男坊さんが協力してくれることになった。

 次男坊さんはジャミルさん経由で受け取ったクラフト・コーラを飲んだ、懐かしさに泣いたそうな。

 私と違って彼は前世の人格と記憶そのままに、この世界に生まれなおした。だから色々馴染めなくて自分の存在があやふやなのだとか。

 私にはその自分があやふやって感覚は解んないけど、やっぱりさみしいんじゃないかと思う。その彼の慰めになれば、クラフト・コーラもこれを作った前世の誰かも喜んでくれるんじゃないかな……。

 って感傷は置いといて、次男坊さんもこのクラフト・コーラに商機はあるとみたそうだ。なので色々と協力してくれるって。良かった!

 丁度厩舎もいい具合に完成したし、いい感じに日々が進んでいく。

 その日々の中で、手紙が皇宮から一つ。

 二週間後にロートリンゲン公爵家に予定通り、二人の皇子殿下がご訪問される。滞在期間は一か月ほど、菊乃井に泊まるのはその内一週間ほどの予定だそうな。

 菊乃井への訪問は完全プライベートだから、随員はかなり減らすって言ってきた。菊乃井の在り方を尊重するので警備の方はよろしくって事みたい。

 これはアレだな。

 私の友人には平民……私、この呼び方本当に嫌い……がいるし、冒険者とも親しく付き合ってるけど、本当に普段通りで構わないのか尋ねた事に対する返答なんだろう。

 菊乃井のありようとして私の普段の暮らしを尊重できない輩がいるから、そう言う近衛の兵はロートリンゲン公爵家にてお留守番させるってことだ。

 それが良いだろう。私は私のやり方を理解できない人間に、無理にそれを求めない。代わりにそちらのやり方を押し付ける事も許さない。

 そういうスタンスだってのは宰相閣下もお分かりだからこそこの返事で、それは皇子殿下がたもそうなんだろう。

 でもだ、こういう問題は私だけではどうにもならない。

 そんなわけで私は会議を開くことにして、先生方とフェーリクスさん、それからルイさんと冒険者ギルドのギルド長・現在働き過ぎのかどで私からしこたま怒られたって噂が立ってるローランさんをお招きした。

 場所は菊乃井家の書斎にて。


「……警備が矢張り一番の問題かと」

「あーたんと一緒にいる分には僕達が何とかするけど、そもそも街中だよね」


 ルイさんの言葉に、ヴィクトルさんが頷く。

 そうだよね、私と一緒にいる分には先生方の何方かが必ずご一緒してくれるから問題はなさげ。

 だけど市中は色んな人が出入りするし、先生方だって予定はあるんだからずっと一緒って訳にもいかないだろう。

 それに最近菊乃井は人の出入りが増えているから、ちょっとこう街中の防犯とかも強化していきたいんだよね。

 そう口にすると、ローランさんが何故か少し遠い目をする。


「言いそびれてたが、実は街には自警団があってな。それが衛兵と協力して治安維持活動をしてくれてるから、まあ、うん。街中は言うほど危なかねぇんだわ」

「自警団? そうだったんですか。それはお礼を言わなきゃですね」


 助けてもらってるなら、労わないと。

 そういうつもりで言ったんだけど、ブンブンと大きくローランさんが手を左右に振った。


「いや! アイツら人見知りだからよ。ご領主に褒められなんかしたら、かえってやりにくくなっちまうんで」

「えぇ……じゃあ、『いつもありがとうございます』とお伝えいただけます? あとで付け届けのワインでも冒険者ギルドに届けるようにするので」

「お、おう、必ず。あ、でも、酒は飲めない連中なんで、菓子か果物で」

「そうなんです? じゃあ、料理長にクッキーを頼んでおきますね」

「ああ、そうしてやってもらえるとアイツらも喜ぶわ」


 何でか、ローランさんがほっとしたように笑う。いや、ローランさんだけじゃなく、ルイさんや先生達も。

 なんなんだろうな? その人たち、滅茶苦茶人見知りなんだろうか?

 それとも、もしかして……。


「もしかして私、滅茶苦茶怖がられてる……?」


 そんな、馬鹿な。

 怖がられるような事なんて何も……してなくないな。

 出合い頭にポチの頭を地面にめり込ませたり、それ以前にルマーニュ王都から派遣されてきた冒険者のパーティーをビビらせたしな。あのパーティー、ヴァーサさんが何かの時に話してくれたけど、ルマーニュ王都に戻る時顔面が鼻水や涙でぐちゃぐちゃだったらしい。

 え? もしかして私怖がられてる? それもとても、物凄く、無茶苦茶に。

 さっと血の気が引いて、顔が引き攣るのを自覚していると、ラーラさんが穏やかに「違うよ」と言う。


「まんまるちゃんが怖いとか、そういうのはないから。寧ろ好かれてるよ。菊乃井歌劇団で売ってる絵姿で、一番売れてるのはオーナーの絵姿なんだから」

「は……?」


 絵姿? なんのことよ?

 目を点にしていると、ルイさんが真面目な顔で「売上は全て菊乃井歌劇団の運営に回しております」とか言い出した。

 ちょっと何言われたか、解んない。


「え、絵姿?」

「はい。私やヴィーチャやラーラが幻灯奇術ファンタズマゴリアを応用して作ってるんですけど、よく売れるんですよね」

「は? え? な、なんで?」

「需要が高いからですねぇ」


 驚いて聞き返すと、ロマノフ先生がにこにこと爆弾を落としてくれた。

 需要ってなんだ? って言うか、英雄がそんな内職的な事するんだー……?

 それよりも、変なアングルの売ってないよね?

 先生にはお昼寝してるのも、鶏に追いかけられてるのも、ポニ子さんがに髪の毛食べられたとこも見られてるし。


「へ、変なとこ絵姿にしてませんよね!?」

「大丈夫ですよ。君がスキップし損ねた場面とか、何もない所で転んだところとかじゃなく、ソリストしてる場面とかですから」

「良かったー……って、そうじゃなくて!」


 あまりの事に現実逃避しかけたけど、違う。そういう事でもない。

 なんで私の絵姿なんか売られてるんだ、いつからだよ。ちっとも気づかなかったわ!

 なんか、頭痛が痛いって感じで、視線が思い切り遠くに飛ぶ。

 そんな私を見て、ぽんっとフェーリクスさんが手を打った。


「そうだ、弟子の一人から頼まれごとがあったのだよ。鳳蝶殿にお願いの儀がある、と」

「はい?」

「吾輩の弟子に、化粧と魔術の関係を研究しているものがおってな。身体に害がなく、寧ろ肌や髪に艶や潤いを与えながら、それでいて肌を白くしたり、唇を鮮やかにしたり、眉を書いたりできる化粧品の研究に、そちらの歌劇団のお嬢さん方とござる丸君に協力をお願いできんだろうか、と」

「それは、願ってもない事ですけど。ヴィクトルさん、ラーラさんは?」

「うん? 僕はイイと思うけど。ユウリやエリックくんにも聞かないとね」

「そうだね。肌を傷めない、かえって労わるような品があれば、あの子達もお化粧の研究が捗ると思うよ。だいたい、お給料が結構出るって言っても、化粧品が高い事は変わらないしね」


 なるほど。

 それならば、渡りに船なのかも知れない。でも魔術と化粧っていったっけ?

 どういう事か尋ねると、フェーリクスさんは象牙の塔に伝わる昔話を教えてくれた。

 なんでも、大昔、魔術が少しも使えないせいで追放された王女様に、象牙の塔にいた魔術師が化粧をしてあげたらしい。そのお蔭で王女は魔術を使えるようになり、自身を追い出した親兄弟を攻め滅ぼした、とか。


「言い伝えには何らかの真実が含まれるもの。このお伽噺も全くの作り話ではなく、何かしら含まれるものがある筈だ。吾輩の弟子は化粧と魔術に何らの可能性が含まれていると考えて、それを研究しておるのだよ」

「なるほど。お化粧も奥深いって言いますもんね」


 ちょっと会議が変な方向に行ってる気はする。

 でも研究者たちが来たいって言ってたのも都市計画に関係することだよね。

 そんなこんなで脱線しながらも、会議はもう少し続いたのだった。

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