第333話 永久の眠りを妨げるもの

 奏くんの直感は、彼のステータスをちょくちょく見てる源三さんが言うには、上級を越えてそろそろ違うスキルに変わりそうな気配があるんだそうな。

 その奏くんが「良くない」って言うんだから、本当に良くないモノが出てくるんだろう。

 だいたい当たりはついてるけど、できれば外れててほしい……。

 そう願いつつリンクを見れば、西側からはどこかの騎士と思しき三人組が入って来て、東からは火神教団のシンボルマークである三つ首のドラゴンが描かれた赤い詰襟の長衣にズボン、なんと言うか前世の「功夫(カンフー)映画」とかで着られてそうな服の三人組がやって来た。

 その内一人は服の上からでさえ解る程の筋骨隆々加減、二人はそうでもないけど、その内の一人は威龍さんと同じく緑の髪をおさげにした人で、残りの人は物凄くひ弱そうな感じなんだけど、その手には鞭を握っているし何より背負っているモノがワサワサ動いている。


「若様、あれ……」

「多分魔物使いだね」

「それだけじゃなくて、あの三人……」


 奏くんが言いたくなさそうに目を背ける。

 ロマノフ先生が物凄く険しい顔をして頷いた。


「鳳蝶君の読み通りでしたね」

「そのようですね」


 ぎりっと手を握りしめる。やりやがった、アイツら。

 私は怒りを込めて東側の近くの席に視線を投げる。するとそこには呉三桂とか言う名前の火神教団の司祭と、ローブを頭からすっぽり被ったやつを見つける事が出来た。

 じっと見ている私に気が付いたのか、レグルスくんに袖を引っ張られる。


「にぃに、どうしたの?」

「うぅん、なにも無いよ。それより、レグルスくんどう思う?」

「んっと……あかいふくのひとたちのほうがずっとつよいよ」

「そっか。じゃあ、あっちが勝つ?」

「うん。あのひとたちのかち」


 こくりと小さく頷いて、けれどレグルスくんは何だか悲しそうな顔をする。この子も何かを感じているんだろう。

 リンクを見れば試合開始の銅鑼が叩かれる所で、大きな音とともに言葉もなく鞭を持った人が静かに背負っていた袋を下ろしその口を開けた。


「え?」


 ぞわりと肌を撫でていく不快感に、私は眉を顰める。

 正直に言えば緑の髪のひとと筋骨隆々のひとに比べて、魔物使いの人にはただいるだけなら然程の脅威は感じなかった。しかし、持っていた袋の口を開いた途端にあまり良くない気配を感じて。

 見ていると袋の口が大きく、それこそ魔物使いの人の背丈と同じくらいに縦に広がって、中からのそのそと獅子の顔が現れた。

 しかしその獅子と見える胴体には蝙蝠の羽が付き、尾は蛇という異形に誰もが目を見張り、闘技場が静まり返る。


「キマイラ……」


 ぽつりと誰かが呟くのが聞こえた。

 何処からともなく悲鳴が沸き起こり、そしてそれは津波のように大きく闘技場全体へと波及していく。


「若様、どう思う?」


 奏くんの問いに私が答える前に、レグルスくんが首を横に振る。


「シラノおにいさんと威龍おにいさんのほうがキマイラよりつよいからだいじょうぶ」

「そっか。じゃあ、おっさん三人だな」

「うん。でもその三人が問題なんだよね」


 リンクの上では騎士がキマイラの吐く炎に翻弄されて、うまく戦えないでいる。残りの二人は微動だにせず、騎士たちとキマイラの戦いを見ているだけだ。瞬きもしないその様子に、得体の知れない不気味さを感じているのか、観客はヤジも忘れて唯々悲鳴と息を飲む。


「鳳蝶君、策は?」

「なりました。彼ら自身が絶対悪として裁ける条件を整えてくれましたから」

「なるほど」

「でもただ不安要素が一つ」

「……威龍君ですね」


 彼も情報として、歴代の教主の眠る霊廟が革新派の手に落ちてしまった事は知っている。だけど知っているのと、実際目の当たりにするのとでは大きく違うんだ。

 それに何よりあいつらは先に菊乃井のチームに誰が加わっているか見ているのだ。そしてリンクで戦う人の人選とくれば、何か仕掛けてきている事は疑いないだろう。

 傷みだしたこめかみに手をやると不意に下から視線を感じた。その気配を追うと、微動だにしていなかった筈の緑の髪の人がこちらを見ているのに気付く。

 ……見ている?

 気のせいかと思ってもう一度瞬きすると、やはり緑の髪の人はこちらを見ている。

 土気色の生気のない肌に、どんよりと濁った冥(くら)い雰囲気に、虚ろな眼差し。この世の人でないようなありさまに、眉間のしわが深くなるのを感じる。

 と、キマイラが騎士たちの一人を追って、爪を振り上げた。けれどそれは素早く動いた騎士に回避され、よそ見をしていた緑の髪の人へと振り下ろされた。

 ザクっという音が聞こえた刹那、ぼとりと緑の髪の人の腕が落ちる。

 観客が悲鳴を上げるも、異様な事にその人からは呻く声すら上がらない。それどころか血の一滴も流れる事は無くて。


「……ネクロマンシーによる支配、ですね」

「呉三桂と一緒にいるのがそうではないですかね? 実際に戦う人間がネクロマンサーとは限りませんから」


 ざわざわと騒めく闘技場を他所に、落とされた腕の復讐なのか緑の髪の人が騎士の一人の顔面を蹴り飛ばして、リンク外へとたたき出す。筋骨隆々の人も騎士の胸に正拳突きをお見舞いして気絶させると、キマイラは騎士の腕をへし折った。

 一方的な試合の有様に、闘技場内は野次と怒号に包まれる。しかし、三人にはまるで届いていないかのように、粛々とリンクを後にする。

 私達も喧騒に紛れて観客席を立つと、すたすたと闘技場内の控室へ。

 ベルジュラックさんと威龍さんのセコンドにはやっぱりラーラさんが付いている。


「緑の髪の……ですか」


 見たままの事を伝えれば、ベルジュラックさんは鼻白み、思った通り威龍さんが揺れた。

 しかし大きく深呼吸をして、両の手で自身の頬を叩いた後は、もうきちんと強い目をしていて。


「彼の方は某の師父に当たる御方です。思えばあの方が身罷られてから、教団はおかしくなりました。その本道を外れた者達に利用されるなど、さぞやご無念でありましょう。某がこの手で以て安らかな眠りへとお戻しして差し上げねば……! 他の方々も恐らくは廟に眠っていた方々、けじめはこの手にてつけます!」


 ぎゅっと紅い手甲を付けた手を握り込んで、威龍さんは意気込む。けれど私はそれには首を振った。

 ベルジュラックさんも何か感じるものがあったようで、威龍さんの肩に柔く手をおく。その手に威龍さんが軽く目を見張った。


「俺はたしかに奴らに怒りはあるが、利用された死者への追悼の気持ちは持ち合わせているつもりだ。手伝うから、気負うな」

「そうですよ。我々はパーティーなんですから、一人だけで背負わないでください。それに私が聞いた通りなら、貴方やベルジュラックさんだけではどうにもならない」


 厳しいようだけど、死者に物理で勝つのはそう簡単じゃない。

 かと言って魔術も恐らく効きにくいだろう。ネクロマンサーの術が膜のように死者の身体を覆っていて、それが魔術に対して防御壁になってしまうのだ。

 とは言え、勝てない訳じゃない。

 対応するためにレクス・ソムニウム装備を揃えたのだから。


「古の邪教は、その本拠地を流星雨でレクス・ソムニウムに更地にされたそうですよ。その再現と行きましょう」


 くっと唇を上げれば、威龍さんとベルジュラックさんが私に跪く。


「勝つための策は全て私の方で整えます。だから貴方方は全力で立ち塞がるものを倒してください」

「「御意!!」」


 高らかに叫ぶと、二人はすっと立ち上がる。そして次の試合に勝つべく、凛とした表情で控室から出ていった。

 さて、私も最終確認をしなくては。

 ラーラさんに後をお願いすると、私とレグルスくんと奏くんはロマノフ先生に送られて、家路につくのだった。

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