第332話 化け物同士の馬鹿しあい

「弟も君も、僕の想像以上に愉快な性質みたいで、楽しかった」


 第二皇子殿下との会談というか密約は、その言葉の示す通り友好的に終わった。

 結局第一皇子殿下はハメられただけだし、素行不良も本当はそんなに問題視はされていないようだ。ただ、試金石として放置されているだけでで、同年代の貴族の子息なんかちょっと素行不良の方が親しみが湧くってなもんらしい。

 そりゃなんでも出来るスーパーマンよりは、欠点があって悩んでる姿を見てる方が親しみは持てるし、中には「この人を助けてあげたい」って思う人も出てくるだろう。

「仕えたい!」と思わせるのも君主の資質であるのなら、「助けてあげたい!」と思わせるのも主君の資質だ。

 その点を言えば第一皇子は私の気持ちは掴んだ訳だよ。だってあの人、なんか支えて上げたいと思っちゃったんだもん。

 あれだよ、レグルスくんに説得されてる時に凄い不安そうだったのが、棄てられた子犬っぽかったんだよぅ!

 その子犬の弟が何であんななのかよく解んないけど、まあ、捕まっちゃったものは仕方ない。

 第二皇子って身分で自爆なんかされたら本当に内乱と粛清の嵐で、帝国が荒廃してもおかしくないし、それは私の望みとは程遠いとこにある。そしてああいうタイプは、脅しでなく口に出したら絶対やるんだ。

 なんで解るかって? 似てるからだよ、ちくしょうめ!


「やられましたね」

「まったくですよ」


 ロマノフ先生の言葉に、頷き返す。

 すると先生が吃驚したような表情で私を見た。


「え? どうしたんです?」

「いや、今のは独りごとのつもりで……」

「ああ、そうなんですか」


 ん? となると、私と先生の「やられた」にかかる人が違うのかな?

 そう思って先生に尋ねると、先生は肩を軽く竦めた。


「私は母にしてやられたと思ったんですよ」

「ソーニャさんに?」

「はい。あの人、役目上皇室とは関りが深いって言ってたでしょう?」

「はい、そうでしたね」

「それで去年の訪問の時、君を陛下が第一皇子殿下の側近に望んでいる事は聞いていたんです。その時には難しいと答えたんですよ」

「え……?」


 驚いて先生を見つめれば、今度は先生が私に頷き返す。

 難しいと言ったのは以前話したように、私の忠誠のあり処は個人ではないから……って言うのが原因だし、私は無理強いすれば神様にも「嫌」と言ってしまえる性質だからってことで、主に無理になろうとすればそれこそ齟齬が生まれて酷い事になる。それよりも今上と同じく臣民に誠実を尽くす皇帝に育て上げて可もなく不可もなくすればいいと、その時は返答したんだって。

 でもソーニャさんは私のそんな難儀とも言える性格を見越した上で「友達にならどうだろう?」って言ったそうだ。


「けれど君の事だから、セッティングされてお友達になるなんてないって思ってたんですよね」

「ああ……それはたしかに」


 そうだ。計算づくなら私もどんなにあの人が捨てられた子犬に見えても拒んだだろう。だって実際は捨てられた子犬じゃないんだし。

 だけど大人の予想を覆して、あの人は私に突撃してきた。そして胸襟を開いて……自身の弱点を私に晒して見せた。

 結果、私はあの人を助けることを選んだのだ。


「それも結果的には母の思惑通りと言えばそうなので、してやられたな、と」

「なるほど」


 でも吃驚したって言うのは本当だろうし、第一皇子殿下が私に会いに来たのも、本当にソーニャさんには計算外だったと思う。

 ソーニャさんは私の「愛情を受け取る器が壊れてる」って言ってたし、それが判ってる人が下手すりゃ自家中毒起こしそうな相手と、あんな突発事故みたいな会わせ方はしないと思うんだよなぁ。

 それよりも私は第二皇子殿下の方だよ。

 あの人、本当にやりにくい。

 マリアさんを毒から助けたことで私に興味はあったそうだけど、自分が接触したら第二皇子殿下派が動き出すから、第一皇子殿下派ってさっさと立場表明してほしかったって笑ってたけど、目が全然笑ってなかった。あれ、「手間取らせやがって」ってことだよね。

 因みになんと次男坊さんは第一皇子殿下・第二皇子殿下の従兄弟に当たる人で、もう内密に第一皇子殿下派として将来第二皇子殿下派の生家から独立することが決められているらしい。

 今回も帝都には記念祭を見に来ているそうだけど、目だって兄に目を付けられないためにお茶会には不参加だそうな。

 ついでに言うと第二皇子殿下のご趣味に関しては、批難した親と兄とは違って「EffetエフェPapillonパピヨンって知ってる? あそこの小物可愛いぞ」と、うちの商品を売り込んでくれたんだって。

 つまり第二皇子殿下は兄のためにすでに地盤固めに奔走してた訳だ。こわ。

 そして今回の件で私とレグルスくんも第一皇子殿下派に決定。

 そもそも帝国は第一皇子殿下が継ぐのが正当なんだから文句はないんだけど、なんかこのしてやられた感!

 第一皇子殿下は今も弟の真意が見えなくて悩んでるんだろうけど、あの人に第二皇子殿下の素を見せてやりたいよ、本当に。

 貴方のためなら自爆も辞さないって七つの子どもを脅すんだよって。あっちも十歳だけどな!

 なんなんだよ、あれ……。

 大きなため息を吐くと、こてんと私の膝にいたレグルスくんが首を傾げる。


「だいにおうじでんか、れーにブローチくれたよ?」

「ああ、うん。大事にしようね」

「うん!」


 紅葉のような小さいお手々には十字架のような青いブローチがあった。

 第二皇子殿下はレグルスくんの意見を採用して、これから毎日兄君に「好きです」って言うらしい。それは周りへの牽制の意味もだけど、自身を信じてもらいたいってのもあるのだろう。

 世の中、上には上がいる。私は解ってるつもりで忘れてたんだと思う。第二皇子殿下、ちょっと処か凄く怖い。

 あの人、本当に兄君以外はどうでもよくて、兄君に仇なす人間を潰すのになんの呵責も感じないっぽいもん。

 あんなのが敵に回ったらと思うとぞっとする。あれは人の弱点を見つけたら直接的にも間接的にもいたぶって来るタイプだ。

 あのブローチも私が裏切ったら、レグルスくんを狙うぞっていうね……。

 私は積極的に第一皇子殿下と親しくしないといけない理由が出来ちゃった訳だよ。あの弟が暴走した時に、庇ってもらうために。

 つか、本当にあれを次期皇帝に推そうとした奴の目は節穴だ。あれは余人に制御なんか出来ないよ。出来るとしたら、第一皇子殿下だけだ。 

 そこまで考えてハッとする。


「第二皇子殿下って、もしかして自分を制御できるのは兄君しかいないって印象付けようとしてるのかな……」

「君が彼と同じ立場なら、やりますか?」

「……する、かも」


 おうふ。

 ヤバいな、何が起こっても死んでる場合じゃなくなった。

 だって私が死んだらレグルスくんが菊乃井の当主になって、あの怖いのとやり合う事になる。

 あれはアカン。

 嫌われようが憎まれようが、意地でも死ねない。いや、このままならレグルスくんに殺されるって事はないだろうけど、万が一何かあっても絶対死ねない。

 生きてるだけで、アレからレグルスくんを庇う盾やら傘にはなれるんだ。死ぬとかありえない。

 それと同時に再び大きなため息が出る。

 権力とかそれに纏ろうお家には、ああいう血の凝った政の化け物みたいなのが往々に生まれるのだ。

 他人事みたいに言ってるけど、私だって余所から見ればそうな訳で。

 そんなのから見たら、第一皇子殿下とかレグルスくんとか、素直で真っ直ぐな気性って眩しいんだよね。

 ついつい「守ってあげたい」とか思っちゃうくらいには。

 そうとなれば、ウダウダやってる暇はない訳だよ。

 記念祭三日目、とうとう火神教団の奴らが試合に出てくる。

 この日は第二試合目にベルジュラックさんと威龍さんが出場するけど、彼らは昨日勝ったチームと対戦するんだよね。

 その前の試合で火神教団の奴らがどう戦うかを見ることになる。

 さて、鬼がでるか蛇がでるか……。

 観客席にロマノフ先生と並んで奏くんと私とレグルスくんが座る。


「若様、おれ、なんか背中がぞわぞわする。これ……あんまり良くないやつだ」


 選手がいないリンクを睨み、奏くんが険しい顔をした。

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