第331話 強火過激派、ただし同担拒否ではない

 ともあれ、殿下が大笑いしたお蔭で室内に立ち込めていた緊迫した空気は消えた。

 私はちょっと釈然としないものを感じたけど、レグルスくんはレグルスくんなりに、私を守る方法を色々考えててくれたのを知って胸が熱くなる。

 でもその感動に浸る訳にもいかない。まだ話は終わってないんだよ。

 それは殿下にも解っておられる事だから、一頻(ひとしき)り笑われると、笑顔のまま「それで」と切り出された。


「兄上のお悩みの原因は僕じゃないっていうのはなぜか、教えてもらえるかい?」

「単純な話です。第一皇子殿下はご自分が嫌いで、そのせいで自身に好意を持ってくれる人の言葉すら受け取れない状況にあるんです」

「……どうして、また?」


 どうしてって言われると、本人でないから推測でしかないんだけど。

 第一皇子殿下は第二皇子殿下の優秀さをとても誇らしく思っていたってのは本当にそうなんだと思う。そして自分が皇帝になった時、彼が支えてくれるって事にも安堵してたんだと思うんだよね。だって仲良し兄弟だったって自分でも言ってたくらいだし。

 その優秀な弟に比べて自分は全然出来てないって指摘を受けるのは、普通でも傷つくことだけど、でも使い古された常套手段ではあるんだから「そんな優秀な弟がいて将来安泰だ」って開き直れない事もないんだ。だって権力の座に座る者、その辺の攻撃に対する防御は小さい時から仕込まれる。

 でも二の矢の「出来の悪い兄を守るために遠慮して臣下に降る」ってのは刺さっちゃったんだ。

 優しくて優秀な弟が、出来ない兄の自分を守るために、本当にやりたいことがあるのにそれを諦めてしまっていた……なんて。

 それは正直にショックなんだよ。だって第一皇子殿下は弟の事が可愛くて、好きで、大事で大切なんだから。

 仲が良かったからこそ、弟が思いやりのある優しい子だってのも解っていて、その優しさで兄である自分を守るためならどんなことでもしてしまえそうだってのも予想出来てしまえる。

 結果、優しい弟に未来を諦めさせたかもしれない負い目が湧きだしてきちゃったんだろう。

 その負い目が自己嫌悪に変わって、それが自信を失わせて、結局自分を益々嫌いにさせて、その嫌いな自分を好きだというのは、弟の優しさで本当は……って、自分への呪いにループしちゃってるってとこか。

 根底に、弟程に優秀でない自分への情けなさもあるだろうから、根はきっと深い。

 ただ攻撃が全て弟でなく自分自身に向いてる辺り、第一皇子殿下は内罰的な人なんだろう。

 つらつらと話せば、殿下の眉間にしわが寄った。


「僕がなんでもできるようにしてるのは、全て兄上のお役に立つためで、やりたいことは兄上をお支えすることだ! 優秀? 当たり前だろう! 兄上にはなんの憂いもなく名君としてお過ごしいただくのが僕の望みなんだから。粛清もなにかも、汚れ仕事は僕がする。兄上には誰よりも臣民に愛されて、良き時代を統治した至上の名君として、歴史に名を残していただくんだ。そのために僕がいるんだから」

「……うわぁ……」

「なに? なんか文句ある?」

「いや、熱烈だなって……」


 文句はないけど、若干どころかかなり引いてる。ドン引いてる。

 これ、仲良しどころか相当じゃん!?

 なんで解んないの、第一皇子殿下……?

 表情を作り損ねて頬が引き攣る。これ、この人に任せて置いたら兄弟の間に溝作ったヤツなんか、すぐにどうにでも出来るんじゃ?

 そんな事を思ってソーニャさんを見れば、ソーニャさんは困ったように笑った。ロマノフ先生も眉間を手で押さえてる。

 その様子に、こてんとレグルスくんが首を傾げた。


「でんかはしかえししないの?」

「いや、やろうと思えばできる。でもその前に兄上の真意が知りたいなって思ったんだ」

「真意、ですか?」

「うん。僕は皇帝になった兄上をお支えしたい。それが僕の夢だ。でも、兄上は本当に皇帝の座に就かれたいんだろうか、と。だって皇帝って臣民の全てに責任を負わなきゃならない。それに、権力って言うのは醜くて怖いものだ。それは君も解るだろう? 鳳蝶、弟をそこに近づけたいかい?」

「それは……」

「もしも兄上が皇帝の座を望まないのであれば、その時は……」


 俯いた殿下に、私は言葉を飲み込む。

 権力っていう物は本当に怖いものなのだ。使い方次第で大勢の人を不幸にしたり、死に追いやったりする。

 強大な力ではあるけれど、それに近づこうとすれば、どうしても人を欺き傷つけ陥れるための方法を考えて実行したりしないといけない。

 そんな恐ろしいものに、私はレグルスくんを関わらせたくはない。

 それは殿下も同じなんだろう。あの真っ直ぐな人は、きっと関わる度に傷つくんじゃないかと思う。今でも十分傷つけられているんだから。

 でも第二皇子殿下の望みは第一皇子殿下を支える事。口に出せば、兄上をその恐ろしいモノへと追いやる事になる。だから言わない、動けないってことか。

 何だっけ、こういうの? 両想いなんだけどすれ違ってるヤツ。

 思い出せない語句に悩んでいると、殿下が真面目な顔で私を見た。


「君、僕のこの格好に違和感はないかい?」

「違和感というか、まあ、好きなんだったら良いかと思いますが……」

「僕の兄上もそう言ってくれた」

「へ?」


 第二皇子殿下は何と言うか、女の子になりたい訳じゃないけれど、女の子の着るドレスや身に着けるアクセサリーが好きな事に、随分小さい時に気が付いたという。

 でもそれを口にすると、乳母やご両親である皇帝陛下・妃殿下は凄く困った顔をしたのだとか。それだけならまだしも、第二皇子殿下の叔父や従兄弟はそれを「男らしくない」と随分と非難したそうだ。しかし、ただ一人、兄である第一皇子殿下だけは「それが好きで誰にも迷惑を掛けないなら胸を張って良いと思う。それに似合うし」と、第二皇子殿下を肯定してくれたのだそうな。


「兄上だけが僕を肯定してくれて、僕の全てを認めてくれた。だからマリーとも出会えたんだ」


 小さかった第二皇子殿下は兄上の「いつか俺以外にもお前を肯定して一緒に楽しみを分かち合ってくれる人が現れるよ」という言葉を胸に、友人を探すことを諦めなかったらしい。でも中々そんな人はいなくて、微妙な顔をされるたびに自分はおかしいんだと兄上に泣き付いたそうな。

 そんな弟を兄はずっと肯定して、そっと可愛いものを渡してくれていたんだという。

 その甲斐あってやっとマリア嬢に巡り合えたのに、当の兄上との仲が拗れだしていたというから切ないことだ。


「僕はね、頭も良いし顔も良いし、それなりに武術も出来る。でも兄上のように人に寄り添って、まずは話を聞いて、自分なりに受け止めて、決して否定しないなんて出来ない。皇帝になる資質があるとするなら、僕は人に寄り添い、その想いを否定せずに受け止められることをこそいうんだと思う。僕は兄上に受け止められて肯定され続けて救われた。だから兄上にこそその器があると信じてる。政務や争いごとなんて、僕やそれ以外の人間がやればいいんだ。そのための臣下だろう? 僕は少なくとも兄上のためにしか動かないしね。兄上とマリーと家族とゾフィー嬢以外、知った事か」

「……臣民のことは一応考えて下さい」

「……兄上の大事なものは守る気ではいるよ? 兄上に変な事吹き込んだ奴らは更地にするけど」

「強火過激派……!」


 同担拒否じゃないだけ、まだましか。

 いや、でも、気持ちは解る。私だってレグルスくんは大事だし、家族や仲間以外はどうだって良いってとこあるし、その大事なものに手を出すなら焼け野原にしたって悔いはない。

 ロマノフ先生が眉間に手を当てたのってようはそう言う事だよね。

 内心で白目になっていると、にこやかに殿下が手を差し出してくる。


「僕と君って似てると思うんだ。でね、僕は兄上を守るためなら、第二皇子派引き連れて自爆も已む無しだなって思うんだけど、僕が自爆するっていうと多分内乱が起こる感じになると思うんだよね? そこで物は相談なんだけど、僕と手を組もうよ?」

「それ、拒否権あるんですか?」

「あると思う?」

「……聞いてみただけです」


 差し出された手を握ると、ソーニャさんから拍手が起こった。

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