第334話 張った山が当たったら、次は対策

『なるほど。我がイシュトより聞いた話と合致するな』


 騎士の着るサーコート姿の氷輪様が、ほぅっと大きくため息を吐かれる。

 武闘会を見学したその夜、私はおとなってくださった氷輪様に見たままの報告をすると、凄く頭が痛い感じに顔をしかめられた。

 その様子に、私も眉を顰める。


「やはり。では、彼らは神聖魔術では冥府へはお帰り願えないのですね?」

『ああ。神の加護で死してもなお地上に留まっていた魂に、不完全な蘇りを施したために魂に歪みが生じている。その歪みが神聖魔術による救済を受け付けなくしてしまっているからな』

「ならば、彼の方々に再びお眠りいただくためには……」

『我が教えた方法よりなかろう。お前の術が成功すれば、後はイシュトに任せるがよい』

「承知いたしました。では私は術の成功のみを考えます」

『そうだな。しかし、そう気負う事もあるまいよ。アレとお前の間には、すでに縁は繋がれている』


 少し前の事。

 火神教団の革新派に霊廟を押さえられたと聞いた時、まず浮かんだのは奴らが歴代の教主達にネクロマンシーを使って、彼らの躯(むくろ)を利用しようとしているだろう事だった。

 だから氷輪様に何の気なしにそう言うお話をしたんだけど、その時に氷輪様から火神教団の歴代の教主達の魂は、輪廻の輪に入っていない事を教えられたんだよね。

 火神教団の教主達は皆、地上に強大な敵──神様すら脅かすようなものが現れた時、蘇ってイシュト様と共に戦うために、火神の加護によりその魂を地上の躯に留め置いているはずだ、って。

 そうなると単なる神聖魔術だけでは太刀打ちできない。だって神様の加護に、人間に扱いきれるくらいに薄めた神様の力をお借りして対抗しようとしているみたいなもんだもん。

 じゃあどうするのかって? それはちゃんと対抗策があるとも、氷輪様は教えてくださった。

 でもその前に、イシュト様に事実関係を確認してくださったみたい。

 そしてやっぱり思った通りだったけど、対抗策も教えてくださった方法で大丈夫なようで良かった。

 まあ大丈夫じゃなかったとしても、神聖魔術と火炎系最高最強の魔術を同時にぶつけたら何とかなるらしいから心配はしてなかったけど。

 だけど正当性と二度とこちらに喧嘩を売ろうなんて思わなくさせるためには、インパクトは大事。そのためにレクス・ソムニウム装備も復活させたんだから。


『それで、戦っている間の事はどうするのだ?』

「ベルジュラックさんと威龍さんならばキマイラには対抗できますし、タラちゃんとござる丸もいます。それで間に合わなければプシュケを動かします」

『うむ。装備は万全に整えておけ。それからお前の配下と使い魔に、変若水(おちみず)を大量に飲ませておくがいい。お前も勿論飲むのだぞ』

「解りました。ご心配いただいてありがとうございます」


 わしゃわしゃと、氷輪様の手が私のお辞儀した頭をかき混ぜていく。

 火神教団の方はこれで勝つための準備は整った。

 あとは二人に存分に力を振るって貰えればそれでいい。この話はとりあえず、これでお終いだ。 

 氷輪様の本当に気になる話はこちらじゃなくて、菊乃井歌劇団の方だったみたいで、そっちにシフト。

 劇団の滑り出しは好調で、巷の話題を掻っ攫っているらしい。

 なにせヴィクトルさんの御友達の詩人さんが、凄く素敵な詩で歌劇団を褒めてくれたし、画家さんも素敵なデッサンを発表してくれた。それはまた彩色してから改めて発表してくれるとか。

 天上でも六柱の神様方皆さんで初日はご覧になって、姫君とえんちゃんと氷輪様は毎日ご覧くださってるって。

 好評なようで良かった。

 そうお伝えすると、氷輪様が穏やかに笑われる。


『うむ。まあ、百華はまだまだだと言っていたが、それでも満更ではなさそうだ。艶陽は娘たちの真似をして踊っている。我も毎度変わる役者たちの演技が楽しい』

「それはようございました」

『ああ。最終日にはまた六人で見ることにしている。お前が歌うのならば揃って見ねば』

「へ?」


 意外な言葉に氷輪様を見上げれば、ふっと口の端を上げておられる。

 もしかしてゲネプロの時の話を聞いておられてんだろうか? 

 お尋ねすれば、答えは『是』で。

 というか、神様は加護を与えた人間には興味があるから結構頻繁にみておられそうだ。

 咳払いして氷輪様が教えてくださったけど、そのお顔は少し赤い。


『我はその……お前にしか加護を与えておらぬ故、見るものがお前より他にない』

「え? そうなんですか? じゃあ、もしかして私をずっと見守ってくださるので?」

『我だけでなく、百華もだ。まあ、あやつはお前の弟ともう二人ほどを、よく見ているがな』

「そうですか……」


 なんだろう、ちょっと気恥ずかしい。

 常々見られてるんだろうなって思ってたけど、やっぱりそうなのか。それで困ったら来てくださったりするのかな。だとしたら、結構嬉しい。


「あの、いつもありがとうございます」

『趣味だ。礼には及ばぬ』

「それでも、その……見守られてるって安心するので」

『そうか。ならば良い』


 お礼を申し上げるのに、再度頭を下げるとまた髪を撫でられる。

 神様方はいつだって優しい。

 これはやっぱり、全部諸々のゴタゴタが終わったら、神様方に何かお礼の催し物をした方がいい気がする。

 そう言えばエリックさんやヴァーサさん、ルイさんもそう言うの考えた方が良いって言ってたもんな。

 それで最終的には合同祭祀神殿みたいなものを……。


『それはいらぬ』

「へ?」


 突然かかった声に、驚いて氷輪様を見れば、少しだけ顔をしかめておられる。

 何事? そう思って首を傾げると、氷輪様が眉間を痛そうに押さえた。


『あの合同祭祀神殿は手狭なのだ。何と言うか一つの部屋に六人が押し込められているようでかなわん』

「そうなんですか!?」

『うむ。そもそもロスマリウスにもイゴールにも艶陽にも、拠り所となる大きな神殿が存在する。イシュトの神殿は新たにお前が教主として立てる男が作るだろう。あとは百華だが、あやつは基本的に神殿は要らんという。我も月に宮殿がある故、地上には必要がない。帝都の神殿は本来の居場所より手狭でかなわんのだ』

「ははぁ……」

『そこに押し込められるくらいであれば、小さくとも専用の神殿の方が良い』

「なるほど」


 思わぬことをお聞きしちゃった。

 イゴール様と初めてお会いしたのは帝都の合同祭祀神殿だけど、あれは狭い中を何とか降りてきてくださったってことなのか。それは有難いやら、お手数をおかけしたやら。

 微妙な気持ちになっていると、氷輪様は私と同じくらい微妙なお顔。


「どうなさったんです?」

『いや、拠り所で思い出したが、百華はこの屋敷の庭を自身の縄張りにしていてな。中々他の神が干渉できぬようにしている』

「姫君様が?」

『ああ。だから此処に降りるには百華の許しがなくば降りられん。前はそれほどでもなかったが、最近特にイシュトとロスマリウスが干渉しにくくされているようだ』


「えぇ……なんでだろう?」


 首を捻れば、氷輪様が苦く笑う。

 それから寝る前だから解いている髪を撫で透かしてくださって。


『百華が怒った。いい加減、よく働くからとお前を使うのは止めろ、とな。「離魂症が完全に治ったと言えぬ状況で、倒れたり弱ったりするよう事が何度もあればなんとする!?」とな。凄まじい剣幕だったぞ。よってこの騒ぎが終わって休養を十分とれて、お前の気力が充実するまでは、奴らはお前が招かぬ限りここへは出入り禁止だ』

「そうなんですか!?」


 ひぇぇぇ、この間の取り立てが凄い所に転がってる。

 ちょっとお二人に申し訳なく思っていると、氷輪様が首を横に振った。

 構わないって事みたいだけど……。


『お前がどうしてもというのなら、小さくて良いからそれぞれの好みに合った神殿を作ってやるがいい。が、我は要らぬ』

「いや、でも……」

『要らぬが、お前の空飛ぶ城の地下にある神殿ならば、貰ってやらぬでもない』


 んん?

 瞬きを何度か繰り返して氷輪様を見上げると、そっぽを向いたほっぺと耳がちょっと赤い。

 もしや、氷輪様ってああいうロマンチックなのお好きなんだろうか?

 いや、私も大好きなんだけど。

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