第328話 それぞれの前哨
武闘会第一試合は、前回の大会でエストレージャとも当たった楼蘭教皇国の衛士団からの選抜チームと、どこかの冒険者チームだったらしく、これは楼蘭教皇国の衛士団の勝利。
第二試合にベルジュラックさんと威龍さんが出場。当たったのはコーサラではバーバリアンの次の実力者って言われてる冒険者パーティーだった。
「ええっとね、シラノおにいさんが『えいっ!』てしたら、まじゅつしのおんなのひとがたおれて、そのすきに威龍おにいさんがスリングのひとを『やぁっ!』ってしてたおして、さいごにけんのひとをシラノおにいさんが『デュクシッ!』てしてかった!」
「楽勝って感じ?」
「うん。あっというまにおわったから、みんなビックリしてた!」
解説のレグルスくんは「えいっ!」のところは袈裟懸け、「やぁっ!」のところは黄金の右ストレート、「デュクシッ!」のところでは逆袈裟をして見せてくれた。とっても可愛い解説に、ちょっと荒れた心が凪いでくる。
滑り出しは菊乃井歌劇団もだけど、武闘会も上々なようだ。
今回も武闘会についてはトトカルチョ的な物があって、次男坊さんにはうちのチームに私の分までかけて貰ってる。
次男坊さんは去年、決勝戦まではエストレージャに賭けて、決勝ではバーバリアンに全額張るという勝負強さを見せて大分稼いだそうな。
そのお金をもとに孤児院にお守り作りの出来る工房を用意したり、レグルスくんの生家をリノベして異母兄弟を匿ったりしているんだとか。
私の賭け分?
内心で拝んでいると、ラーラさんがワインを飲みながら、レグルスくんに話を振った。
「そう言えばひよこちゃんの支払い分はどうする? ボクが預かったままになってるけど」
「んー、あしたもていとにいくんだよね?」
こてんと首を傾げつつ、レグルスくんが私に尋ねる。
初日はマチネとソワレの二回公演だったけど、明日はマチネの一回公演。
因みにマチネとソワレというのは演劇用語で、マチネは昼公演、ソワレは夜公演を指す。
菊乃井歌劇団は昼前からの公演をマチネ、おやつ時の公演をソワレと定義しているので、明日は昼前の一回公演のみだ。
そう伝えれば、レグルスくんは持っていたお箸を箸置きに置いて少し考える。
本日はソワレ公演を見届けて、領地の菊乃井家に戻ってのお夕飯。
白身魚を野菜やレモンで蒸したもの、新玉ねぎの丸ごとロースト、コンソメの具だくさんのスープ、かりっとバターで焼いて、同じく焼いてちょっと蕩けたチーズをかけたパン。
ほっくり柔らかく蒸しあげた白身に、レモンの爽やかな香りがとってもいい感じ。
「じゃあ、あしたはマチネがおわったらぶとうかいにいくのは? いろんなひとのたたかいかたみるの、おもしろいよ?」
「うん。じゃあ、そうしようか」
楽しそうなレグルスくんを見ていると、格闘技には興味ないけど、見に行ってもいいかなって気になるから不思議。
でもスープに舌鼓を打っていたロマノフ先生が、首を横に振った。
「うちの母から連絡がありましてね、明日来てほしいって」
「ソーニャさんが?」
「はい。レグルスくんにも一緒に、と」
「ソーニャばぁば、ご用事?」
「ええ。二人そろって来てほしいそうです」
何だろう?
レグルスくんと顔を見合わせると、首を捻る。
でもまあ、用事はお訪ねすれば解るだろう。
明日はベルジュラックさん達の試合はないし、マチネが終わったらソーニャさんのところに顔をだそうと決めて、ロマノフ先生に返事すると、そういう事になった。
レグルスくんの賭けのお金はラーラさんが預かってくれることに。
元々は去年の夏にコーサラでクラーケン退治で貰ったお金を分けたものだけど、それが今回の賭けの結果で倍ほどになったらしい。
このお金を増やして、レグルスくんにはやりたいことがあるそうだ。
レグルスくんはお金の使い方を、普段私や奏くんから聞いていて、割と慎重なんだけど今回はちょっと大胆に張っているみたい。
でもラーラさんの目から見ると、全額賭けるから大胆に見えるだけであって、それ以外は堅実な方なんだとか。
「ひよこちゃんの目はたしかだからね。一目見ればどっちが強いかだいたい判るから、そっちに賭けてるってだけだね」
「なるほど。となると、ルマーニュ側が出てくる試合は、ぜひレグルスくんに見てもらわないといけませんね」
「そうだね。あーたんが思ってるような手を奴らが使ってくるなら、れーたんの目は凄く頼りになるもんね」
ロマノフ先生とヴィクトルさんに褒められて、レグルスくんが「ふんす!」と得意そうに胸を張った。
ルマーニュ側が出てくるのは三日目、その時にはレグルスくんだけでなく直観に優れる奏くんにも観戦してもらう事になっている。
奴らのこちらに対する策が私が考えた通りならそれはそれでいいし、違うならそれでも構わない。出来れば違っていてくれた方が良いけども、奴らがなりふり構わず勝ちに来るのであれば恐らくは……。
でもまあ、私としては私の考えた通りにやってもらった方が、勝つのは面倒になるけれど、火神教団を踏み躙り、蹂躙し、磨り潰すのはやり易くなるんだよね。
溜息が出る。
「にぃに……、れー、がんばるからね! もっとつよくなって、かしこくなって、にぃにをこまらせるひとは、みんなれーが『いけません!』ってしかってあげる!」
「うん。ありがとう、レグルスくん」
ぐっと握りこぶしを固めて、レグルスくんが凛々しく宣言してくれるのは凄く嬉しい。
でも、できればレグルスくんにはこんな、相手を貶めるために勝たなきゃいけないような事には関わって欲しくない。
もっと言えば、私がやってるような政治闘争とかには、本当に関わって欲しくないんだ。だって嘘を吐き欺くことを是とするような戦いなんて、この真っ直ぐなレグルスくんには似合わないじゃないか。
こんなことを、レグルスくんにはやらせたくない。
二年前の私に言ってやりたいよ。
権力は怖いものだから、レグルスくんに当主なんかやらせようなんて思うなって。
あの時の私は本当に甘かった……。
淹れてもらっていた紅茶を飲み干す。
いつも蜂蜜を入れてもらって甘い筈なのに、今夜の紅茶は口に長く苦みが残った。
翌日も私はレクス・ソムニウム装備でお客様方をお出迎えとお送り。
マチネだけの歌劇団のお嬢さんたちとユウリさん、エリックさんは、ベルジュラックさんや威龍さん、ヴァーサさんと合流して、ラーラさんとヴィクトルさんに引率されて帝都見学に行くそうだ。
そんなお嬢さんたちの背中を見送って、私はロマノフ先生とレグルスくんと一緒にソーニャさんの雑貨店に。
帝都の真ん中、綺麗に整えられた石畳の大通りの両側に、青や茶色、黄色や赤、オレンジに塗られた木造の壁、四角の窓や蔦の這う金属柵のバルコニー。
高さの揃えられた屋根もお洒落な街並みに、ひっそりと、けれども見つけてしまうと目が離せない雰囲気を持つ、白い壁に淡い緑のドアのお店が佇んでいて。
「お邪魔しますよ」
「お邪魔します」
「おじゃましまーす!」
ロマノフ先生が扉を開けるのに続いて、レグルスくんの手を引き、お店の中に入ると豪奢なレースのカーテンや、天井から吊るされたモザイク模様の硝子ランプ、木の鳥かご、金魚鉢、他にも不思議なものが目に入る。
特に金魚鉢のようなものはよく見ると、魚が泳げる空間だけでなく、コケや植物も育てられるテラリウムのようなものもあった。
こういうのってビオトープって言うんだっけ?
目を奪われていると、店の奥からとんとんと足音が二つ。
「いらっしゃい、あっちゃんにれーちゃんにアリョーシュカ」
一つはソーニャさんで、にっこり笑って出迎えてくれる。そしてその後ろから銀の髪のお嬢さんがやって来た。この人がもう一つの足音の正体なんだろう。
誰だろうと思っていると、優雅に微笑まれた。
誰さ?
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