第329話 釣りもしないのに釣れる太公望
銀の髪に榛色の瞳、レンズ越しにも解る瞬きをすれば音がしそうなほど長い睫毛。
しゃなりしゃなりと動く度に、優雅な曲線を描くドレスの裾がひらひらと動く。
美少女。
顔面偏差値のバリ高な人達に囲まれているうえに、面食いの私でも一瞬唖然とするほどの眼鏡美少女だ。
呆気に取られる私とレグルスくんだけど、ロマノフ先生はちょっと反応が違う。
「これはどういうことですか?」
声が珍しく尖ってる先生に驚いていると、ソーニャさんが口を開く前に、銀髪のお嬢さんが話し出した。
「僕が無理を言ったんです」
え?
僕?
着てるドレスの布の質感もそうだけど、刺繍やらふんだんに使われたレースの細かさからして、並のお家のお嬢さんじゃなかろうに、初対面で「私」ではなくて「僕」?
ちょっと違和感あるな……。
そう思ったんだけど、まさか顔に出すわけにはいかない。
疑問を色々感じたけど、それを飲み込んでいると、お嬢さんが私とレグルスくんを視線で撫でた。
「初めまして、菊乃井伯鳳蝶。弟、レグルス。僕はシオン、そう言えば解るかな?」
「────っ!?」
もおおおおおおおおお!! またかよおおおおおおおお!?
心の中は絶叫していた所で、身体は勝手にラーラさん仕込みの礼儀作法を披露すべく、膝を折ろうとする。そんな私の姿を見て、レグルスくんも。
でも、それを手で押し留められた。
「ここに来たのは兄と同じく非公式。形式とかは無視してくれて構わない」
「そうよ。ここはばぁばのお店だもの! 治外法権! 不敬罪とかないからね!」
銀髪の人の言葉に、ソーニャさんが続ける。願ってもない事だけど、それなら連れてくる前に一言言ってほしい。
そんな思いを込めて改めてこちらからも名乗ると、ロマノフ先生が硬い声でソーニャさんに問う。
「これが母上の来てほしい用事、ですか?」
「それも説明するから、奥でお茶にしましょう」
そんな訳で、私達と殿下とソーニャさんは、お店の奥のサンルームへ。
とりあえずこちらからも自己紹介すると、レグルスくんがこてんと首を傾げた。
「だいにおうじでんか……?」
「ああ、そうだよ」
「なんでドレスきてるんですか?」
「可愛いだろう? 僕は可愛いものが好きだし、ドレスは可愛いだろう? 可愛いし好きだから着ているんだ」
にこやかに返されてレグルスくんも納得したのか頷く。
そうですか、趣味ですか。
疑問が一個解消されたお蔭で、混乱が少し解消された。
そうなんだよ、この人の身分と性別と着てるものが中々合致しなかったせいで、ちょっと混乱してたんだけど、解ってしまえばすとんと腑に落ちる。そうなればお茶の香りの効果もあるんだろうけど、冷静になれた。
帝国の第二皇子・シオン殿下が、何故か目の前にいる。それも非公式。それが理解出来たら、渡り合えるはずだ。
リアクション的にロマノフ先生は、今回は私側だろうし。
そのロマノフ先生が目を細めてソーニャさんを窺う。
「アリョーシュカ、お顔が怖いわよぅ」
「用があるとは、この事ですか?」
「それは……関係ないとは言えないわね。統理ちゃんがあっちゃんに会いに行ったの、多分私のせいだし」
眉を八の字にしてソーニャさんが身を縮める。
統理ちゃんというのは第一皇子殿下の事だろうけども、なんでソーニャさんが……?
続きを促すとソーニャさんが「実は」と話し出す。
ソーニャさんはエルフの里の大使のようなもので、その役割的に皇室の方々とお付き合いがあるのだそうな。
ロマノフ先生が何代目かの皇帝陛下のカテキョを務めたのも、元々はこの縁があったからなんだって。
それでソーニャさんは勿論
小さな頃からお付き合いがあってそれなりに親しくしている間柄の第一皇子殿下が、つい最近なんだか様子がおかしくて、ソーニャさんはついついお節介かと思いながらも声をかけてしまったんだとか。
そうしたら第一皇子殿下が自分には皇帝になる資格も資質もないと言い出して。
仲の良かった兄弟の間に、勝手に誰かが掘った溝に、そんなに簡単にハマるなんてって叱責するのは簡単だし、その役目は何もソーニャさんが負わなくてもやりたがる人間はいるだろう。何より、第一皇子殿下自身、そう言うものを気にしている自分を情けなく思っているから、資質がないとか言い出した筈だ。
そういう事なら自分がするのは彼に逃げ道を用意することじゃないかと、ソーニャさんは考えた。
そこまでは良い。問題はそこからだ。
「兄弟仲って言ったらあっちゃんとれーちゃんを思い出して……。あっちゃんもれーちゃんも、他所から見たら複雑な兄弟構成でしょ? 統理ちゃんと話があうんじゃないかなぁなんて……。それで統理ちゃんに私が知ってるあっちゃんとれーちゃんの事情をお話したら……その……。ばぁば、昨日、陛下に『会いたいっていうから行かせた』って聞いて、もう吃驚して!」
「吃驚して……は解りましたけど、うちと場合が違うじゃないですか……!?」
「そうなんだけど……そうなんだけど、ばぁばにもあっちゃんやかなちゃんくらいしか思い浮かばなくって。だって皇子の相談相手なんて、普通の子には勤まらないもの」
「え? 私も普通の子どもですが?」
ちょっと伯爵になっちゃっただけの、メンタルは普通の七歳児だってば。
そう言えば、ソーニャさんにもロマノフ先生にも、何故か第二皇子殿下にも怪訝な顔をされる。
「神様に『強制するならクソくらえだ』なんて言える子、ばぁばわりと長く生きてるけれど、あっちゃんしか知らないわよ?」
「言ってませんけど!? って言うか、なんでそれを!?」
「え? 陛下も仰ってたけれど……? アリョーシュカ?」
「私もハイジからそう聞きましたけど?」
「僕は艶陽公主様からロスマリウス様がそう仰ってたと、お聞きしたけれど……?」
皆、特に神様、情報共有が半端ないな!?
内心で白目を剥いていると、レグルスくんがにこっと笑って胸を張る。
「あのね、このまえ、ひめさまに『イシュト様から時間外職務範囲外手当を取り立てて下さい!』っていって、ひめさまも『わかった』っていってた!」
「ちょ!? レグルスくん!?」
慌ててレグルスくんの口を塞いだけど、大人二人と殿下の生暖かい視線がさくっと刺さる。
とにかく、ソーニャさんが第一皇子殿下に必要だと思ったのは、忌憚なく物が言い合える友達だったんだとか。
だけど帝都にいる貴族の子息にそれが出来るかって言うと、彼らはもう皇室から生まれた時に「改名を迫られる」って無形の圧を掛けられ、直にそれを感じた世代だから無理だろうと思ったそうだ。だからって皇子殿下相手に傍若無人に振舞えるというのも問題だ。
そんな諸々を考えると、神様にすら意に添わぬことをされたら否やを言えるような人間、つまり私なら忌憚なく皇子だろうが何だろうが、話が出来るだろうって事だったらしい。
それが第一皇子殿下のなかでどんな化学変化を起こしたのかは分からないが、結果私に突撃する事態になったんだそうな。
「いや、第一皇子殿下が来るのは予測の範囲内だったんですよ」
ロマノフ先生は言う。
しかし、それは彼自身が皇帝になる時の足場を固めるためのもので、本当に単なる挨拶程度の予測だったそうだ。
それがまさか、そんな個人的な事情を抱えて突撃してくるなんて。
皇子の顔色をみて、ヴィクトルさんは異変に気付いてずっとそばにいてくれたというから、先生達にもあれは本当に突発事故だったんだろう。
「よほど追い詰められてたんでしょうね……」
余人から見たらその程度……って思うような事でも、当事者は本当に追い詰められて悩んでるんだ。
そして第一皇子殿下はそれを、複雑さだけは負けないくらいの事情を抱えた私に打ち明けるほどに、孤独だったし弱ってもいたんだろう。
溜息が出る。
「やっぱり、僕のせいだったんだな……」
ぽつりと第二皇子殿下の呟きがサンルームに溶けた。
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