第327話 火のない所で炎上するのが陰謀論
図らずも同病仲間に会ってしまったことで、私は少なくないダメージを負ってしまった。
いや、見て見ぬふりをしていたことを突き付けられたと言うか。
そう、いつか見たレグルスくんが私に剣を振り下ろす場面。あれ。
正直に言えばもう大体解ってる。今のままの私とレグルスくんなら、ああはならない。
それでも「もしかして」と思うのは、私が私を好きになれなくて、その嫌いな私を「好きだ」と思ってくれることを信じられず、受け入れられないからだって。
解ってるけど……その先の一歩ってどうやったら踏み出せるんだろう?
自分を好きになる?
無理。はっきり言って無理。
これはもう理屈じゃないんだ。
とは言え、レグルスくんは「れーがすきだからいい」って言ってくれる。
そしてそれに安心してる自分もいるし、そんな風に甘えている自分にも腹が立って仕方ない。どうしたってやっぱり私は自分が嫌いなんだ。ちくしょう。
物凄くため息がでる。あんまり溜息ばっかりだから、ヴィクトルさんが凄く心配して、落ち着くために色々ピアノを演奏してくれた。
ヒーリング音楽っていうんだろうか。物凄く落ち着いたけど……。
寝落ちたわ。ひよこちゃんと揃って寝落ちてしまった。
お蔭で「気の迷い!」って色々切って捨てられるくらいには回復した。だって今は落ち込んでる場合じゃない。
第一皇子殿下と第二皇子殿下の間に無理に作られた溝の修復は、誰かがやらきゃいけない。そしてそれに動いているのは、今のところマリアさんとゾフィー嬢の二人だけ。大人たちは動けずにいる。
陛下にしたって妃殿下にしたって、今の第一皇子殿下の心にその言葉は届かない。だって原因は殿下の中に潜んでるんだもの。
なら無理にでもそこを突破しないと。少なくてもレグルスくんは突破出来た。だってレグルスくんは弟だもんね。どうあっても兄や姉なるものは弟や妹には多少ガードが甘いんだ。そこから同病の誼(よしみ)でなんとか……ってなると、私だってダメージを受けるんだけど、肉を切らせて骨を断つだ。
人様の心の内を暴くんだから、仕方ない。死ぬこと以外はかすり傷!
それに先生達が私に殿下をぶつけて来たのだって、結局私もこのままではいられないって思っての事だと思うし。
覚悟をしよう。
そんな意気込んだところで、すぐすぐ事態は動かない。
殿下にも心の準備は必要だし、私にもだけど、もっと必要なのはスケジュール調整なんですよ!
いやー、私も伯爵だし、歌劇団のオーナーだし、武闘会での決闘裁判の当事者ですし?
「燃え尽きそうなんですけど……」
「もう少し頑張ってくださいね。この劇場のお披露目ですから」
死んだ魚の目の私に、ロマノフ先生も若干疲れた声で返す。すると隣のヴィクトルさんやユウリさん、エリックさんも頷いた。
帝都の公演は空飛ぶ城のお披露目会でもある。本来なら皇帝陛下に一番先にお運びいただくべきなんだろうけど、陛下は色々行事が多くてやっぱり最終日にしかお出ましになれないとか。
だから先に臣民や来客に訪問を認められたんだけど、そうなると国内外から内部見学希望者がわんさか集まってくるわけで。
正装して、いらっしゃるお客様をお出迎えをしないといけないんだよね。
ロマノフ先生とヴィクトルさんは、正月に宮殿に来ていく、真っ白な肋骨服。ユウリさんとエリックさんはシンプルなフロックコートスタイルだ。
私?
私は────。
レクス・ソムニウム装備着てます。
下に着るブラウスなんかは手持ちだけど、中のベストも上に着る立て襟の肋骨服風の、背中をコルセットのように編み上げた裾の長いジャケット、更にその上にマントのように羽織る、袖が着物のように広がる裾の長い引き摺りそうなコートとシンプルなスラックス、そしてブーツは全てレクス・ソムニウムの衣裳デザイン画から起したやつ。装飾品とかもごってごてやで?
因みにレグルスくんはそんな私に代わって、ラーラさんとヴァーサさんと一緒に武闘会初戦を迎えるベルジュラックさんと威龍さんのセコンドをしに行ってくれている。
奏くんや紡くんやアンジェちゃんも来たいと言ってくれたんだけど、初日はちょっと抜け出す暇もなさそうだからまたの機会にって菊乃井でお留守番。でも試合自体は役所のルイさんとこにあるスクリーンで観戦するそうだ。ここもパブリック・ビューイングだね。
昨日からこっち、人に会ってばっかりだ。
はふっとため息を吐くと、ヴィクトルさんがそわっとする。
「大丈夫、あーたん? 眩暈とか吐き気とかしたらすぐに言うんだよ?」
「大丈夫です。昨日のはもう一応は昇華しましたから」
「うん……」
多分ヴィクトルさんはあんな風に私と殿下を会わせる気が無くて、でも来ちゃったから早く帰そうとして殿下にそっけなかったんだろうな。そしてそういう荒療治をするのは、大概がロマノフ先生なんだよ。そう思って視線を送ると、先生が首を横に振った。
「いや、私も彼が君に思いをぶちまけに来るとは思わなくて。自己主張が上手くない子というくらいの情報しかなかったもので、素行不良の噂にも上手く立ち回れない程度では、君の心底からの忠誠なんて得られないと、彼の保護者に注意したばかりなんですけどね」
「は?」
きょとんと眼が丸くなる。
え? いや、私、謀反とか考えてないですけど!?
驚いていると、ロマノフ先生が笑った。
「だって君、君がただ一人忠誠を誓うのは姫君であって、その次が領民というか『民』という大きなもの。今上(きんじょう)に対しては積極的に支持もすれば忠誠心もあるでしょうが 、それにしたって一番ではない。民に対して誠実であれば、今上でなくても君は協力するでしょう?」
「え、あ、そう、ですね。次の皇帝陛下が今上と同じように民を安堵してくださるなら、勿論協力しますが……」
「翻って、次の皇帝になろうというのに、権力という物の毒に当てられた人間の策に対応できない人が、このまま帝位を継いで民に対して誠実を尽くせますかね?」
たしかに弱さを見せたら最後、骨の髄までしゃぶられて、食いつくされるのが権力闘争ってやつだ。
だけど殿下はそう言えば、私より五歳年上なだけって聞いたことがある。まだ十二歳やそこらでそんな対処しろっていう方が酷だ。
そう言う不満を込めて、私は声を低くして先生に言い返す。
「……でも、あの方だってまだ幼年学校にも行ってませんし」
「君は七つで伯爵、そして陛下や宰相閣下の覚えもめでたいではありませんか? 比べる対象はなにも兄弟だけとは限らないものです」
「────っ!?」
そんな馬鹿な!?
絶句すると、それまで黙って聞いていたユウリさんが「ああ」と手を打った。
「元いた世界にもそんな芝居があったな。自分より名声も才能もある臣下に嫉妬する王様とか……」
「ユウリ!? それ以上は駄目だよ……!」
慌ててエリックさんがユウリさんの口を塞ぐ。
いや、そんな。だって私と殿下は同病仲間なんだし、そんな事ある?
ある……かもしれない。
でもそれはきっと殿下の本意じゃなく、殿下の周りの人間によって引き起こされる可能性が高い気がする。
私達はたしかにあの時通じ合ったのだから。
やっぱり第一皇子殿下と第二皇子殿下には、私のためにもお嬢さん方のためにも、早急に仲直りしてもらうより他ないな。
でないと私が敵を三つ抱えることになる。一つはそもそも私を敵対視している者達、二つは変な噂に惑わされた第一皇子殿下派、そして私と第一皇子殿下が反目してつぶし合った先に得をするだろう第二皇子殿下派。これは拙い。
結局、どうにかするしかないんだよな……。
それに私のひよこちゃんが第二皇子殿下にぴよぴよ言いたいことがあるって言うし。
山積する色んな問題に、私はただただ溜息しか出なかった。
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